46 だから今1秒ごとに
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ……」
目を開けると、いさなの部屋ではなく私が清正と最近生まれたいさなと住んでいたアパートの部屋だ。いさなが生まれたから家族みんなでいさなの面倒を見ることになり実家に戻ることになっている。この部屋とももうじきお別れだ。
戻ってきた。
元の時代だと認識して過呼吸が落ち着くとさっきの映像がフラッシュバックする。
思わず口を押えて洗面所に向かう。
酸っぱくて苦い液体が口から出てくる。熱く焼けるような酸が食道を通る感覚で自分の意識が覚醒する。
水で口をゆすぎ口内の粘り気を洗い流す。
洗面所の鏡を見ると齢30くらい、手入れをしていればきれいだと思えるぼさぼさの黒のボブの髪、表情の暗さは見るまでもないが、くっきりした目鼻立ちによりアンニュイな雰囲気の美人に見える。
「戻ってきたのか、何にもできなかった。ははは」
嘲笑を浮かべる口元から八重歯が光る。
「くそ!」
鏡を思い切り殴ったが、ひびの1つも入らない。
「私が二重の極みを会得していたら今頃粉々だったな。命拾いしたな」
鏡に向かって呟く。殴った右手をだらりと下げ、力なくその場に座り込む。
最近目覚めた私の能力は未来の誰かに乗り移るみたいなものだった。実際は能力が最近目覚めたのかも怪しいが。というのも、きっかけは娘のいさなが生まれて何となくいさなの10年後の未来を想像したらいつの間にか自分が10歳のいさなになっていたからだ。
乗り移った瞬間は何が何だかわからなかった。目線が低いし体の動きも鈍い。自分のいる場所を見たら龍守神社にある自分の住む家だった。カレンダーは2024年だった。鏡を見ると小学生くらいの自分を思い出す見た目だった。違うのは髪の長さ。鏡に映る少女はロングヘアーだったが、私は髪を伸ばしたことがない。
自分がいさなであることに気づいたのはお母さんに呼ばれたからだ。いさなからしたらおばあちゃんだけど。
今は朝で学校に行かなければならないようだ。どこの小学校?って思ったけど体操服には水上小学校の校章があったから私が通っていたところと同じだ。
学校でいさながどんな人間関係を構築しているかわからないのが不安だ。下手なことを言って友達がいなくなったりしたらどうしよう。
その不安は杞憂だった。自分に声をかけてくる子はいなかった。いさなはぼっちだった。比企谷八幡は好きだけどあんな風には育ってほしくないからコミュ力の教育を頑張ろうと決意した。
授業は午前中で終わる日のようで、周囲を散歩して街並みがどうなったかを見てみよう。
学校までの通学路で察していたけど風景はあまり変化がない。10年経ってるのに変わらないというこの田舎ぶりにため息が出る。
私のお気に入りスポットの桟橋で海を眺めながら浮ついた気分を抑える。そう、私はテンションがかなり上がっていた。いきなり変なことになったことへの不安よりも自分にも能力があったことへのワクワクが止まらない。それに30のおばさんに比べれば10歳の体はみずみずしい。能力の開花への感情を整理していると後ろから視線を感じた。
ん?
よく見ると高校生くらいの男の子が自分にカメラを向けている。
レンズ越しではあるが、明らかに目は合っているはず。それでも逃げもしないしカメラを構えるのもやめない。
10年後でも変態はいるんだね。しかもあんなに若い。将来が危ないから1つ説教してやらないと。
「どうしたの、撮らないの?」
「……」
返事がない。ただの屍のようだ。
聞こえているはずだが無視されている。
「それとも気づいた? 撮っていいのは撮られる覚悟があるやつだけだって」
右手で顔の左半分を隠しながら不敵に言った。渾身のルルーシュである。
「なんで現代の小学生がコードギアス知ってるんだよ」
ぶっきらぼうなツッコミだったが2024年の高校生がコードギアスを知っていることに胸が高鳴った―
七森さんの顔を思い出した途端、血だまりに沈む七森さんを思い出して、また洗面台に顔をうずめる。
「おえええええええ」
胃液すらほとんで出ないが、体の奥から込み上げてくる何かを吐き出そうとする。
吐き気が収まって口をゆすぎまたその場にへたり込む。
今のまま2024年を迎えたら七森さんが死ぬ。それを解決するために2024年に私の能力で飛んで七森さんの死を回避する。ここで疑問なのは2014年の時点で私が未来に飛んで2024年を変えて、また2014年に戻ったとき私が変えた未来通りになるのだろうか。乗り移っているときのいさなの記憶はどうなっているのだろうか。
神社に能力者の資料があるはずだから調べてみよう。
他にも気になったことがある。お母さんだ。10年後も怖かったことに変わりはなかったが触れる度に私は元の時代に戻された。おそらくお母さんは能力を無効化する能力者だ。
ふう。
現実ではありえないことが起こっているのに冷静に分析できている自分が怖い。もちろん、七森さんの死を思い出さないよう他の事を考えているのだが。色々なアニメを見たことでこういうことに勝手に慣れてしまったのかもしれない。
そうと決まれば即行動。うじうじしていても変わらない。前向きさと明るさだけが私の取柄だ。
七森さんとの会話が楽しくて何回か能力を使用して分かったことだが、日付を認識できるものを見れば自分の望む未来に行きやすい。カレンダーを用意して意識を日付に向けて集中する。飛ぶのは調べものもしたいからお祭りの日の近くがいい。お祭りでバタついているときなら書庫に侵入しやすい。お祭りの1週間前に飛ぶ。
能力は発動しなかった。
あ、そうだ。私の能力って1回使うとしばらく使えないんだった。一応クールタイムがあるということを経験上知った。
能力が使えないなら休もう。今日は疲れたからこのまま寝よう。
◆◆◆
瞼を閉じると七森さんの最後の光景が脳裏によみがえる。布団に入って数分のはずなのにシーツがびっしょり。
嫌なことを思い出さないようにさっきまでは別のことで頭をいっぱいにしてすぐに行動に移して考える暇をなくそうと思っていたがそうもいかないようだ。
目が覚めてようやく、吐いてばっかで何も口にしていないことに気が付いた。吐き出した水分を補ってもあまりあるくらいの水を体内に流し込んだ。
悲惨な出来事があったせいで食欲はまったくわいてこなかった。水を飲める健康状態であるだけましだ。
口元を拭いながらリビングに戻り、濡れたシーツを洗濯機に入れた。疲れはあるが眠気はない。眠らないと脳が正常に動かないし、また過去に戻って能力のことを調べなけらばならないから頭はクリアにしたい。
生徒会役員共でも垂れ流そう。テレビをつけて円盤を入れる。疲れたときには日常系のアニメを浴びるに限る。何も考える必要がないしバカな下ネタはこれまでの辛かったことを一時でも忘れさせてくれる。
ソファの上で流れる映像を眺め、キャラクターのセリフを聞き流しているうちに視界は暗くなった。
◆◆◆
日の光が差し込み、目を覚ました。生徒会役員共のDVD1巻はとっくに最後まで再生されていた。
ソファで寝ていたから体が痛い。立ち上がって伸びをすると体のあちこちからボキボキ音が鳴る。キッチンに向かい水を飲み、顔も洗う。冷たい水を外側と内側から摂取して意識を完全に覚醒させた。
冴えた頭で最初に考えたことはシャワーを浴びたい、だった。昨日は汗でびっしょりになったがシャワーを浴びる心の余裕がなかった。心が酷く荒れていた中で、落ち着いて眠るための手段にシャワーやお風呂よりも先にアニメを見ることを思いついてしまうあたり、自分はもう末期のオタクだ。
睡眠をとり、シャワーも浴びて心身ともにさっぱりした私はもう1度未来に飛ぶ。この能力は日付を指定できるようになったがどの時間で乗り移れるかどうかまでは制御できない。いさなが1人でいる時や寝ている時がベスト。誰かと話している途中だったりすると困る。
それに乗り移れる相手も龍守家の血筋に限定されている。
清正に乗り移って計画を阻止するのが1番だが婿養子だからできない。龍守家を仕切っているお母さんに乗り移れば色々なことが簡単にできる。清正を追い出すことだって可能だ。だが、お母さんは能力を無効化する能力だから乗り移ることができない。
家の人間は他にも多くいるがいさなが最も長時間乗り移ることができた。家の他の人間なら10分くらいが限界だった場合もあったがいさなはお母さんに触れられるまでいつまでも乗り移っていられると思う。
詳しいことは龍守家の書庫で調べられるかもしれない。
私は昨日と同じようにカレンダーを用意して意識を集中して、能力を発動させる。
「飛ぉべぇよおおおおおおおおお!」
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