43 エンドレスエイトⅠ 前編
「クリスちゃん遅いね~」
花火開始直前になってもクリスが戻ってない
「トイレ込んでるんですかね」
何か危険な状況にあるのか、それとも迷子になったのだろうか。いや、自分の家だし迷子になるとは考えにくい。
それか、意図的に僕と葉月先輩を2人きりにしたかったのかもしれない。
「ちょっとクリスちゃんに電話してみる~」
葉月先輩はレインを開いてクリスに電話をかけた。
「出ない。メッセージの既読もつかない~」
ちょっと心配だな。もし2人きりにするつもりだとしたら何かメッセージを残していてもいいはず。それを忘れていたとしてもこちらからの呼びかけに答えないのもおかしい。
「ちょっと探してきます」
「私も行くよ~」
先輩も腰を浮かせたが、僕はそれを止めた。
「先輩はここで待っててください。クリスが戻ってきたら僕に連絡ください」
「了解~」
僕は先輩を残してクリスを探しに近くのトイレに向かった。
◆◆◆
女性用のトイレまで来ると、長蛇の列ができていた。
ここまで列が長いとやっぱり単にまだ入れていないだけか?
列に並ぶ人を1人ずつ確認する。小さい子は基本的には両親や友達と並ぶはずで1人ではいないから、1人で並ぶクリスは見つけやすいと思う。
前と後ろから往復して探したがクリスの姿はなかった。
もうトイレに入ったのかもしれない。葉月先輩にもう1度クリスからレインが来ていないか聞いたが、返事はないとのことだった。
女性用のトイレの近くでうろついていると怪しまれそうなので一旦離れようとしたところで、クリスが持っていたと思われる水色の巾着袋が道から外れた林の中にあった。
「やっぱりクリスが持っていたものだ。なんでこんなところに落としてるんだ?」
ここで落としたってことはこの近くにいるのかもしれない。でも手に持っていたものを落としたら普通は気づく。
気づけないような事態が起こったか気づいても拾うことができなかったか。
クリスを探すために林の奥に進むと男の声が聞こえた。
◆◆◆
「俺の計画を邪魔するな」
七森さんと彩音さんの元を離れて、トイレに行く途中で私は突然さらわれた。そして、その犯人は清正だった。
「それがいきなり話すことなの? 親子なんだから強引に人がいないところに連れ込むんじゃなくて普通に声かけてよ」
「普通に声をかけてもおとなしく話に応じてくれるとは思っていなくてね。いさなは僕に対する警戒心が高いから」
今、清正は私のことをいさなだと思っている。自分の話し相手が小学生だと思ってくれていたほうが油断しやすく話を聞き出すことがしやすい。いさなの日記だけでは情報が足りない。
ただ、悲しくもある。自分の娘の中身の人格が入れ替わっているのに清正は全く気付いていない。しかも入れ替わっているのはいさなの母親であり、清正の妻でもある私、龍守豊姫であるのに。もちろん、清正に自分の能力については伝えていない。それでも毎日接していれば何か違和感を感じるはずだ。何も気づかないということはつまり、妻にも子どもにも興味がないということだ。
「計画ってなんなの?」
自分の中から込み上げてくる何かに拳を握りしめて耐えながら質問をする。こんなところで泣いている場合じゃない。自分が人生で1番愛した人間が自分にも子どもにも愛が一切なかった事実に挫けている場合じゃない。
「とぼけるなよ。いさなの能力で未来予知したんだろ? 俺が自分の宗教を作っている未来を見たんだろ?」
いさなが未来予知で見た光景は清正が作った宗教の集まりということか。
「そんな計画は初めて知った。なんで私を巻き込むの?」
「白を切るつもりか。まあ、いい。
宗教には心が脆い人間が集まってきやすい。現実が辛くて救いを求めているやつらさ。そいつらにいさなが持つ未来予知なんて超常的な力を見せつければ1発で信者にできる」
「なるほど、カルト宗教の教祖にでもなってちやほやされたいの?」
そう言うと、清正は大きく笑いながら否定した。
「違う違う。宗教なんて道具だよ。宗教を使って人員とお金を稼ぐ。信者から金を巻き上げるのは簡単だし、天国に行くためだよとか天罰が下るぞとか言えば無償で手足となって動いてくれるからコスパがいいんだよ」
とんでもない最低野郎だ。自分がこんな奴と結婚していたのかと思うと寒気が止まらない。
崩れ落ちそうになる膝を気持ちで落ち着けて次の質問をする。
「宗教が道具ってことは他に目的があるんでしょ?」
「みんなが幸せになれる世界を作ることだ」
堂々とした態度であり、曇り1つない眼で言い放った。
絶対に嘘をついていないと確信できる。
それに清正なら可能かもしれないとすら思える。
人の目を引く容姿、人に耳を傾けさせる声、人を惹きつける表情や仕草が備わっている。天性のカリスマ性を持つ清正なら宗教を作って自分に従う人間を組織化することだってできるだろう。
「みんなが幸せって言ってるけど、騙されてお金や時間を奪われている信者の人たちは幸せって言えるの?」
さっきまで自信にあふれた様子だった清正の表情が一瞬だけ陰る。
「あちゃー、痛いところを突かれちゃったね。
でもそんな小さな犠牲なんて考えてもしょうがない。考えてごらん。
今この国は平和な世の中と言えるよね? もちろん、犯罪がなくなったわけではないけどそれでも平和と言えるはずだ。その平和を作るために多くの人が血を流し、命を落とした。でも現代に生きる俺たちは教科書でその事実を認識するだけで、普段は考えもしない。
それと一緒。実際にそうなればそれまでの犠牲なんてみんな考えなくなるから気にしなくていいんだよ」
「っ―」
何かを言おうと口を開きかけたが言葉が出ない。即座に反論ができなくて歯嚙みする。
清正の言っていることは間違っていないけど間違っている。否定したいけど否定できない。
口論になったら清正に勝てるわけない。こいつはむかつくくらい頭もいい。とりあえず話を変えてより多くの情報を引き出す。
「みんなが幸せな世界って言っているけど具体的にはどんな世界を作るの?」
清正の口角が上がり、これまでよりも明るい声が出る。
「ノブレスオブリージュ」
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