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39 葉月彩音をデートしてデレさせろ

 待ち合わせ時間よりも15分早くついた。すでにお祭りは賑わっていて楽しそうな声や食べ物の匂いで溢れている。


 葉月先輩の浴衣姿を想像するだけでドキドキして早く来ないかと周囲を何度も見まわしてしまう。


 葉月先輩からレインが来た。


『準備できたから鳥居で待ってるね~』


 そうだ、2人は神社で着付けしてもらっているんだった。それなら先に来ていて当然だ。先輩の浴衣姿に胸を弾ませながら僕は入り口の長い階段を軽い足取りで駆け上がった。


「叡人君~」


 階段を上り終わって膝に手をついて切れていた息を整える。自分の名前が呼ばれた。


 顔を声がするほうへ顔を向けて視界に入ったのは精霊か女神かはたまた天使か。


 普段と違いすぎて一瞬誰だかわ分らなかった。


 葉月先輩は薄い桜色の生地にオレンジや黄色、赤など暖色系の花柄が淡く描かれた浴衣を着ている。幼く見える浴衣かもしれないが紫紺の帯が大人っぽさを演出している。


 いつもは着けている眼鏡を今日は外しているから、すぐに葉月先輩と気づけなかった。


「黙って見ていられると恥ずかしい……」


 先輩がうつむくと白い睡蓮の(かんざし)が存在感を露わにする。


 巾着袋のひもを何度も持ち替えながらもじもじ体を揺らしている。提灯の照らす明かりも相まって顔が朱に染まる。


「す、すごく似合っていると思います……」


 言葉が出ない。周りは喧騒に包まれているはずなのに今は自分の心臓の音しか聞こえない。さっき整えたはずの息はまた乱れている。


 何か言わなければ。


 顔を上げると先輩と視線が交錯する。そして弾かれたように僕の視線はあさっての方向に向く。


「2人とも私のことを忘れていませんか?」


 クールなアルトの声が僕の意識を現実に引き戻した。


「クリス、久しぶり」


「何か言うことはないんですか?」


 若干不機嫌というか拗ねている。


「似合っているぞ。馬子にも衣裳って言葉がお似合いだ」


「まったく褒めてないですね。ホビロン!」


 クリスは持っていた水色の巾着袋を僕に叩きつけた。


 プリプリ怒らせてしまったがクリスの浴衣も似合っている。


 青や紫の朝顔があしらわれた藍色の浴衣は小学生が着るには背伸びしているデザインだが、クリスの大和撫子然とした落ち着いた雰囲気に合っている。今日の趣旨が一応部活ということでインスタントカメラを首に掛けている。


 いつも下ろしている髪は黒いリボンで2つ結びにしている。


 クリスが近づいて僕にだけ聞こえる声で言う。


「私たちの戦争(デート)を始めましょう」


◆◆◆


 見渡す限り人、人、人。歩くスペースなんてないくらい人が詰まっている。屋台の出す煙とも合わさって熱気がすごい。


「全然前に進めないね~」


「ですね。ここまで人が多いとは思いませんでした」


「漁業の神が祀られている龍守神社のお祭りは結構有名なんですよ? 近隣の都道府県から観光客は来ますし、地元民も田舎だと他に楽しめるイベントも少ないのでみんな来ますし」


 クリスの解説を聞いて納得していると右耳から声が聞こえる。


『七森さん、聞こえていますか? 聞こえていたら(あご)を触ってください』


 言われた通りに僕は顎を触る。


 最後に会った日に渡されたものはインカムである。どうやらここから指示を出してデートを成功させるらしい。


『今日の目標は彩音さんをデートしてデレさせることです。準備はできていますね?』


『一緒にいるんだから普通にアシストしてくれればよくないか?』


『雰囲気作りです』


『まずはどうする?』


『そうですね……』


◆◆◆


 私の目の前に選択肢が現れた。


 私の脳内ラタトスクで投票が始まる。


1暗がりに連れ込む。


2スーパーボールすくいならぬスーパーぼいーんすくいをする。


3チ〇コバナナを食べさせる。


 クリス「総員選択開始!」


 脳内に無数にいるクリスがそれぞれ選択肢を選ぶ。


 結果が表示される。


1 40%


2 15%


3 45%


 








クリス     「なるほど、意見を聞かせて」


インテリクリス 「私は2を選びました。理由はユーモ   

        アにあふれているから。女性は面白

        い男性に惹かれる傾向がある。顔が    

        イマイチでも芸人の妻に美人が多い

        のが裏付け」


肉食系クリス  「面白いだけの男なんて友達どまりの

        典型だ! ここは攻めの選択肢の1 

        番一択だ!」


金持ちクリス  「そんな選択しかできないから成功者

        になれないザマス。ユーモアと攻め 

        の姿勢両方の性質を併せ持つ3が最 

        良ザマス」


クリス     「ふむふむ」


 クリスが熟考している間も脳内の様々なクリスが意見を交わし合い、時に怒号が飛び交うほど議論が白熱している。


クリス     「静粛に!」


 その一言で場が水を打ったように鎮まる。


クリス     「3のチ〇コバナナを食べさせるにす

        る!」


 この結論が出るまでの時間、約2秒。


◆◆◆


『七森さん、ここはチ〇コバナナを食べさせましょう』


 インカムからはとんでもない言葉が飛び出し、思わず吹きだした。


『ぶふーーっ。お前、伏字が出るような言葉を使うな! 先輩にそんなこと言えるわけないだろ!』


 先輩に聞こえないように小声でインカムに向かって抗議する。やっぱこのインカムいらない。


『ラタトスクが出した答えは完璧です。絶対にうまくいきます。ずっと黙っていると気まずくなりますよ』


 まだデートは始まったばかり。あとで挽回できるチャンスもあるだろうし、クリスの遊びにも1度くらいは付き合ってあげよう。


「せ、先輩」


「なに?」


 つぶらな瞳で僕を見る先輩に申し訳ない。今からあなたの耳を汚します。


「えっとー、チ〇コバナナ食べさせてくれませんか?」


「え?」


 やばい部分は小声にしたけどどうだろうか。冷や汗が止まらない。


 言った瞬間に時間が凍った。


「あー、チョコバナナ? いいね~、食べよっか~」


「え?」


「なんで叡人君が驚いてるの~? 自分で言ったじゃ~ん」


 そういうことかよ~!紛らわしく伏字にするなよ。クリスのほうを睨むと、いたずらが成功したガキのようなムカつく笑いを浮かべている。


 このクソガキ。あとで覚えてろ。


 僕はインカムを外してポケットにしまった。


◆◆◆


「すっごい甘いね~」


「ですね。バナナにかかってるチョコの量がすさまじいです」


 買ったチョコバナナはバナナに割り箸を突き刺した典型的なものだが、チョコの量がえぐい。バナナ全体にチョコがコーティングされていて、それが何重にも重なっていることがわかるくらいチョコがぶ厚い。


「私はこれ、すごい好きです! この味付けがお祭りって感じがします!」


 僕と先輩は少し胸やけ気味だがクリスはこってりした甘さに満足しているようだ。


「ここまで甘い物を食べるとしょっぱいものも食べたいですね」


「名案~、焼きそば食べよ~」


 チョコバナナの屋台の近くに並ぶ焼きそば屋に立ち寄った。目の前の鉄板で焼かれる焼きそばの存在感と香るソースの匂いに胃袋を刺激される。


「はい、お待ち! 焼きそば3つ!」


「ありがとうございます」


 3つの焼きそばが入った袋を提げながら戻るとさっきいた場所に2人はいなかった?


「先輩たちどこにいった?」


 不意にひんやりした感触が首を撫でた。


「ひょっ」


「叡人君、変な声~」


 背後にはラムネを持った葉月先輩が無邪気な笑顔で立っていた。


「びっくりしましたよー。それラムネですか?」


「うん、のども乾いたから焼きそばに並んでくれてる間に買いに行ったんだ~。ベンチあったから行こ~」


「七森さん、遅いです。いちゃついてたんですか?」


「いちゃついてないよ。やっぱり人気だから客が多かっただけだよ」


「ふーん。ラムネで首を冷やすみたいなベタなことをやっていると思ったんですけどね」


「なんで知ってるんだよ」


「やってたんですね」


「鎌をかけるようなことするなよ」


「素直に言えばいいんですよ」


 告るように言ってきたときと言い、この小学生はどこでそんな話術を身につけたんだよ。


「冷めちゃう前に焼きそば食べよ~」


「はい! 七森さんもしょうもない話してないで早く食べますよ!」


「クリスが言ってきたんだろ」


 そう言いつつ箸を焼きそばに通す。


 味は想像通りだ。もったりした油気が絡む柔らかい細麺、異様にシャキシャキしたキャベツ、片手で持つと安定しないプラスチックの容器と、欠点をあげればきりがない。さっぱりした酸味のある紅しょうがだけが救いの定番のお祭りの焼きそばだ。


「クオリティはそんなに高くないのにおいしく感じる焼きそば、お祭りって感じがする~」


 葉月先輩の言葉に同意だ。お祭りの焼きそばはたくさんの欠点があるのにお祭りというだけですべての欠点を補ってしまう。


「私は毎年お祭りの焼きそばを食べているのになぜか飽きないんですよね」


「クリスちゃんは毎年お手伝いしてるもんねー。友達とお祭り回りたいとか思わないの~?」


「思いますよー。いつも今日みたいに抜け出してるんですけど、面倒なので普通に遊びたいです。演舞の時間にはさすがに戻らないといけないですし」


 足をぶらぶらしながら唇を尖らせてクリスは言った。


「時間はまだ大丈夫なの~?」


「あと1件くらいなら大丈夫です。私射的やりたいです!」


「いいね~。食べ終わったら行こう~」


「ところで2人は写真は撮らなくていいんですか?」


「「あ」」


 僕と先輩の声が重なった。完全に忘れていた。


「ま、まあ、すごく人が多くて立ち止まると迷惑になるから撮っていなかっただけで忘れていたわけではないからな!」


「そうそうそう! 周りの人に配慮しているっていうだけで忘れていんじゃないんだよ~」


「別に責めているわけではないですよ。学生なんですから普通にデートするだけでもいいと思いますよ」


「「……」」


 赤面して互いに黙る。


 クリスが大きなため息をつきながら首を横に振った。


 何も言っていないけど呆れられているのはわかった。


「射的に行きましょう」


読んでいただきありがとうございます!


作品が面白いと思った方は☆5、つまらないと思った方は☆1の評価をお願いします!


評価やブックマーク、作者の他作品を読んでいただけると大変うれしいです!


『人間の少女の姿をしながらも、人間とは異なる存在―― 精霊。

強大な能力をもち、隣界から顕現する際に〈空間震〉と呼ばれる災害を発生させる彼女たちは、人類の天敵とさえ呼ばれている。

そんな精霊の脅威に対して人類がとりうる手段は、武力をもって殲滅する、もしくは――


 高評価して、デレさせる!』


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