34 クリスのチェス
「私さっき気になっていた部活があったんですよ」
「何部?」
「ボードゲーム部です」
「遊ぶ気満々じゃねえか」
やっぱり釘は刺さってなかった。
「ボードゲームって私はあんまりやったことないな~」
「先輩にも言いますけど遊びに行くわけじゃないですからね?」
「わ、わかってるよ~! 部長としてちゃんと頑張ります!」
部室の前に到着してクリスがノックしたが、返事はなかった。
「誰ですか?」
いきなり扉が空き、猫背気味の男子生徒が姿を見せた。
「写真部の活動に同行している綾辻クリスです」
お前が挨拶すな。ややこしくなるだろ。
「ここは子どもが遊ぶ場所じゃないですよ」
ごもっとも。
「あっれ~、これもう君詰んでなーい? ボードゲーム部なのに普通の生徒より弱いとかありえなくなーい?」
「ほんとじゃん、キョースケの圧勝じゃん。てか君、ざっこ」
黒髪眼鏡男子が揃う部室には異質な金髪のチャラそうな男女が奥にいる。
「奥では何をやってるんですか?」
クリスが質問すると男子生徒は気まずそうに視線を逸らした。
「何をやってるんですか? 好き放題にされてそうですけど」
答えないからもう1度聞き直した。
「実は……」
いきなり知らない生徒が現れて「お前らみたいなスクールカースト底辺に部屋を使う権利はないからオレたちに寄越せ」と言われて断ったが聞き入れてもらえず、無理矢理勝負を吹っ掛けられて、勝ったほうが部室を使うという話になったらしい。
「それで今、あなたたちが負けているってわけね」
「はい……」
「私に任せなさい」
「君みたいな子どもには無理だ!」
「私を誰だと思っているの? 見た目は子どもだけど頭脳は悪逆皇帝よ」
「イエスユアマイロード」
話が通じてるよ。クリスも大変満足そうだ。
「私が勝ったら君にはナイト・オブ・ゼロの称号をあげます」
クリスは薄暗い部室の奥まで入っていった。
◆◆◆
ピッ、ピッ、ピッ 。
チェスクロックの音が鳴った。
「持ち時間は切れたぜ。ここからは1手20秒で頼むよ」
「くっ」
室内がざわつく。勝負が劣勢になったからではない。ここに部外者が来たからだ。
「代理人の到着か?」
下卑た表情でこちらを見るチャラ男。
「そんなものは呼んでいない! 君たちは誰だ!」
「写真部です。卒アルの写真とか撮影の練習で来ました」
僕のいつも通りのつまらない挨拶。
「そんなことをされる余裕は今ないんだよ!」
チェスの相手をしているボードゲーム部の男は焦りと悔しさで食って掛かってきた。
「へー、無様に負けるボードゲーム部の姿を撮ろうってわけね。へへっ、いい趣味してるじゃん」
下品な顔がさらに下品に歪む。
「負けるのはあなたたちですよ」
クリスはチャラ男の眼前で言い放つ。
「は? 何言ってんだお前? ここはガキが来る場所じゃねーぞ」
「そーよそーよ。キョースケが今から勝つんだから勝負に油差さないでよ!」
差すなら水だろ。
「本来なら頭の悪いギャルに正しいことわざを教えてあげるけど、今はそっちのほうがあってるかも。今からもっと熱い勝負にできるから」
クリスは嗜虐的な笑みで挑発する売り言葉をかける。
「バカにしてんの? この負け確の状況で、そこのカメラ男かおっぱい女がオレに勝てるって言うのか?」
先輩のことをおっぱい女とか言うな。ちょっと傷ついてるぞ。
「その2人じゃ勝てませんね。だから私がやります」
「なんだ、ガキじゃないか」
がっかりしたようにチャラ男は言った。
それにクリスも言葉を被せた。
「ふっ。なんだ、学生ですか」
チャラ男は取ったチェスの駒を静かに机に打ちつけた。
「若者はいいな。時間がたっぷりあるから。後悔する時間が。
名は?」
「綾辻クリス。
私はあなたのことをムカつく奴だと思っていましたけどそのテンプレな感じが今は好ましく思います」
「チッ」
チャラ男は舌打ちだけ返事をする。
「おいおい、これはいくら何でも勝てないんじゃないか?」
僕は盤面の悲惨な状況を見て青ざめる。
「彩音さん、お菓子の焼き上がりに間に合うには何分後にここを出ればいいですか?」
「20分くらい~?」
「なら優雅にお茶会に参加できますね」
「は?」
こいつ勝つ算段があるってことか?
チャラ男がチェスの駒をコツコツ打って始めるように急かす。
「9分で済みます」
クリスは手で男子生徒を払いのけてゆっくりと着席する。
「9分? 1手20秒だぞ」
「充分」
クリスは1手目の駒を手に持った。
「キング? ふはははははは」
「ダイブ!」
キングの駒を盤面に置いた後クリスは尋常じゃない集中力で盤上没我に至る。
クリスが何をしようとしているのかはわからないが僕も盤面を見てどうしたら勝てるかを考えてみる。
こうこうこうこうこうこうこうこう……まるで将棋だな。
◆◆◆
チャラ男は信じられないものを見たような血走った形相でチェックメイトされた盤面を見ている。
「くっっっっそが! 覚えてやがれ!」
盤上をぐしゃぐしゃにし、大きな足音をたてて部室を出た。
「キョースケ待ってよー」
一緒にいたギャルも後を追って出て行った。
「君、すごいじゃないか! あの状況をひっくり返すなんて!」
クリスの前に対局していた部員が詰め寄った。
「それほどのことでもないですよ。自分が絶対に勝てると思っている奴ほど倒しやすい相手はいませんから」
謙遜してクールな女を演じようとしているがドヤ顔が隠しきれていない。
他の部員もクリスの元に集まり褒めたり対局について聞いたりしている。オタサーの姫になってやがる。
「クリスちゃんそろそろ時間が~」
「そうですね。ではみなさん、ありがとうございました」
クリスは一礼してから出口に向かう。
出る直前、助けた部員が最後に質問をした。
「君、チェスを始めて何年になる?」
クリスは振り向いてサムズアップした。
「千年!!」
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