32 排球
試合は慎吾のサーブから始まった。慎吾とは教室でよく話すし部活のこともよく聞くが実際にプレイを見るのは初めてだ。
ボールを上げ、高く飛び、その最高到達点を鞭のようにしなる腕が捉える。相手チームの選手は落下地点を予測し素早く回り込むが威力を殺しきれずにボールは飛んで行った。慎吾のチームは先制点を獲得した。
「よっしゃ!」
ガッツポーズとハイタッチをチームメイトと行い士気を上げる。
2回目の慎吾のサーブが始まる。素早く鋭いサーブがコートを突き刺そうとする。ボールを捉えたのはさっきとは別の選手で慎吾よりも1周り体が大きい。確か、山岸とかだった気がする。
威力をきれいに受け止め上にあげる。別の選手がトスを上げ、山岸がスパイクを打つ。直後、重い音が体育館の床から響く。慎吾のチームは誰1人手が出なかった。
序盤は両チーム1点ずつ取り合う展開だったが徐々に点差が開き始める。
「水島、今日は勝たせてもらう」
「勝利を確信するにはまだ早いんじゃないか? まだ中盤だ。試合はこれから」
サーブは再び慎吾に回ってきた。
カメラのレンズを通して景色を見るといつもよりも深く正確に見える。五感が視覚に集中するからだ。
地力は山岸のチームが上。そしてその差があるから点差も広がりつつあり、心にも余裕があるからミスも少ない。
対して慎吾のチームは、慎吾は強いがそれが他の選手との差を作ってしまっている。慎吾が強いゆえにミスをしたときにチームメイトは委縮してしまいさらにミスを招く。悪循環だ。
「この1本取るぞ!」
「おう!」
流れを切り替えるための掛け声にチームメイトが応える。
慎吾はさっきと同じ動作でサーブを打った。しかしスピードは増している。鋭角なサーブが山岸とその隣にいる溝口の間に食い込む。一瞬どちらが受けるか迷いが生じたことで隙が生まれ、ボールはコートに打ちつけられた。
球速もさることながら、完璧なコントロールにより1点取り返した。
「しゃあ!! まだまだいくぞ!」
仲間を鼓舞しながらも自身の最高のパフォーマンスをしている。点差が開き始めていたが、チームメイトの目はまだ死んでいない。
その後も慎吾は自身で点を取りながらも他のチームメイトにもボールを回して全員で攻撃していた。チーム全体が勢いをつけて点差も徐々にち縮まっていった。
追い上げる慎吾のチームに焦る山岸チームはミスも増え始めた。
序盤と同様シーソーゲームになり、ついには互いがマッチポイントとなった。
簡易的な部内試合のためデュースはしない。つまり次がラストプレーになる。
その直前、慎吾はチームメイトそれぞれに耳打ちをした。
「何をこそこそ話していたんだ?」
自分のポジションに戻った水島に山岸が話しかけた。
「この後の打ち上げはどこに行くかって話だよ」
「随分と自信があるみたいだな。個々の実力では不利な水島たちがここまで追い上げてきたんだからあながち過信でもないが」
「そこが団体競技の面白いところだ。もしくはリーダーの山岸の力不足じゃないか?」
「抜かせ。最高の采配だろ」
「ああ、1人1人の弱点をきれいについた試合運びでほれぼれするよ」
「褒めてる余裕も今だけだ。次で決める」
ラストプレーは水島チームの桜井のサーブから始まった。だが、きれいに相手にレシーブされ、チャンスを与えてしまう。山岸に正確なトスが上げられる。高い打点から繰り出される山岸のスパイクは槍を彷彿とさせる。
強烈な速度と重みを伴ったスパイクは試合中最もレシーブをうまくできていなかったプレイヤーの方向に放たれた。当然そのスパイクを受けきることなんてできない。が、威力は殺せなくとも飛ぶ方向をある程度操作することはできる。スパイクの威力を残した低い弾道のレシーブが慎吾に向かう。おかしな方向にレシーブが飛んだ、と誰もが諦めたが慎吾は落ち着いた様子でボールをきれいに打ち上げた。
「決めろ!」
山岸のスパイクに狙われた選手が今度は山岸にスパイクを叩きこんだ。
「そう来なくっちゃ面白くないよな!」
意表を突かれたものの何とかスパイクを受けきり、ギリギリで宙に浮かせる。
水島は悔しさに歯噛みするがすぐに頭を切り替える。
「もう1発くるぞ!」
上げられたトスから山岸がスパイクを打つ。リベンジの意味を込めたスパイクがもう1度コートを貫こうとするが、今度は何とか上にあげる。上げたレシーブを丁寧なトスによって慎吾に運ばれる。
慎吾は高く飛び、弓のように体をしならせ全身のバネと体重と筋肉を乗せたスパイクがコートを抉った。
「「「「「「「「おおおおおおおおおおおーーーーーー!!!!!!!」」」」」」」」
「「「「「「「「きゃあああああああああーーーーーー!!!!!!!」」」」」」」」
大きな歓声が体育館を包み込んだ。バレー部だけでなく他の部活の生徒も声を上げていた。女子の黄色い声援まで響いている。いつの間にか多くの生徒が体育館に集まり試合を見ていた。
「ふーん、やるじゃん」
背の低いキザな顔をした少年がいた。
「データは取れた。水翠高校に勝つ確率は92%。だが侮れない」
ツンツン頭の男が眼鏡のブリッジを中指で支えながら言った。
「水島に山岸、要チェックや!」
メモ帳を持った関西弁の男もいた。
「おい、見ろよ。あいつら」
周りの一般生徒がざわついている。
「ああ、あの制服は間違いない。アオハル学園と陵北高校だ」
なんでテニスとバスケの強豪校がバレー部の試合見に来てるんだよ。
◆◆◆
試合が終わり、チームメイトは慎吾のもとに集まり勝利の喜びを分かち合う。
「慎吾先輩、アドバイスありがとうございます!」
深く頭を下げて礼を言ったのは最後のプレーで山岸からスパイクを打たれていた選手だ。
「あれを成功させられたのは金井の実力だ。誇れ」
「ちなみにどんな悪だくみをしていたんだ?」
敵チームだった山岸が水島に聞いた。
「相手の弱点をつく山岸の性格だと最後に狙うのは確実に点を決められるレシーブが上手くないやつだろ?
だったら対策は簡単。レシーブを確実に受け止められる俺の方向に飛ばしてくれればいい。だからとにかくスパイクが来たら俺に流せと指示をした」
「なら、他のやつらに耳打ちしたのブラフってわけか」
「まあな。1人だけに言ってれば警戒されるからな」
2人は互いに握手をして健闘をたたえ合う。
「叡人、かっこいい写真は撮れたか?」
熱戦を繰り広げた後で僕たちのことも覚えているなんて気配りの天才か?
「撮れたよ。素材がいいからかな」
「素材の良さは保証するぜ」
お互いにふざけて言って笑いながら写真を確認する。
カメラには試合前のコートに立った緊張感ある部員の姿、サーブやスパイクを打つ瞬間、試合の合間に鼓舞し合う様子など試合の局面を切り抜いた様々な写真がある中で2人が1番に選んだ写真は一致した。
「スパイク打ってる写真が迫力があって見応えがあるけど、俺は部員全員で勝利の喜びを分かち合っている写真が好きだな」
「僕も。慎吾はプレーもすごいけど、個人技だけじゃなくてチーム全体を支えててそれが実った瞬間の写真でいいよね」
「なんか改めて言われると恥ずいな」
慎吾は照れくさそうに頭をかきながら答えた。
「大会があるときは教えてよ。もっといい写真が撮れると思う」
「おう、そのときはカメラマンよろしくな!」
「お待ちなさい!」
突然、甲高い声が僕と慎吾の間に割って入った。カツカツとヒールの音を鳴らして近づいてくる女子生徒。なぜ体育館でヒールなのかは突っ込まない。
外国の血が混じった端正な顔立ちだが、吊り上がった碧眼は顔立ちが整っているからこそ相手に圧みたいなものを与えてしまうだろう。
「体育館が盛り上がっていると聞いて、スクープがあるのではと思って来てみればあなたたちがバレー部の取材をするですって? あり得ないわ」
豪奢な縦に巻いた金髪を手で払いながら言った。尊大で芝居がかった物言いが気になる。
「あなたは誰ですか?」
「失礼、申し遅れました。わたくしは新聞部部長、2年の西園寺・フェイルーナ・瑠々ですわ。以後お見知りおきを」
スカートの端をつまみながら丁寧に頭をさげる。僕はその態度に対し、様になっているが逆に慇懃無礼に感じた。
「西園寺ってもしかして西園寺財閥ですか?」
「いかにも。わたくしは跡取りですわ。わたくしは継ぐ気なんてありませんが」
顔を歪めながら吐き捨てるように言った。
西園寺財閥って確か世界に名を轟かせるあの財閥じゃん。総資産が億とか兆とか京とかもしくはそれ以上。とにかくあらゆる業界に強く富宇賀の発展のために資金面で龍守清正と協力したのも西園寺財閥だ。
「そんなお嬢様にバレー部の試合の記録を任せろということですか?」
「ええ。そういうことです」
西園寺さんの言葉の節々に苛立ちを感じる。なんか不機嫌である。元からそういう人なのかもしれないけど。
「別に試合を記録するのが1つの部じゃないといけないというわけではないですよね? 部としてそれぞれが活動していればいいのではないですか?」
「よくありません。わたくしは1番になりたいのです。そのためには競合する相手は戦う前に潰しますわ。注目は新聞部の記事で独占させていただきますわ」
すごい考え方だ。負けず嫌いとは違う。勝負すらさせないで勝負を決める。
「僕たちは写真を撮るだけで記事を書くことはしません」
「言わなかったかしら? 独占するの。注目も記事も写真も」
「なんの権限があってそんなことができるんですか?」
「権限なんてなくてもしますわ、力ずくで」
多分、家の力とか金だろうな。 家を継ぐ気はなくても使えるものはなんでも使うってことか。
「考えておきます」
無視一択だ。
「いいお返事待っていますわ。新聞部の部室にいつでも来て頂戴」
自分の要求だけ一方的に言って、ヒールの音を響かせながら去った。
「変な人だが、あの人は怖いぞ」
慎吾が後ろ姿の西園寺さんに聞こえないように耳打ちしてくる。
「何をしてくるんだ?」
「プライベートを丸裸にされて公開処刑だ。家族関係だけじゃなく全ての人間関係、誰にも言っていないはずの過去、ほくろの数、今までしゃっくりをした回数……あの人に調べられないことはない。情報網は甘く見ないほうがいい」
おそらく目をつけられた時点で僕の過去は知られるだろう。みんなに明かされないようにするには対策をしなければならない。
「ところで葉月先輩とクリスちゃんはどんな写真が撮れましたか?」
慎吾は変な空気になってしまった状況を切り替えるように話題を2人に振った。
話を振られた2人は視線を逸らして黙る。
「2人とも?」
僕が尋ねると申し訳なさそうにする。
「いや~、試合に熱中しすぎて写真撮るの忘れてたよ~」
「右に同じ」
この人たちは何をしに来たのだろう。
「ま、まあまあ、叡人君が素晴らしい写真を撮れているんだからここはオッケーってことで~、いいんじゃない~?」
「それは僕が先輩たちをフォローするために言う言葉で自分から言うことではないですよ?」
「ごめんね、次からはちゃんと撮るから~」
「右に同じ」
1人反省していない奴がいる。
「クリス、お前右に同じって言いたいだけだろ」
「そんなことあります」
「あるのかよ! 反省しろ」
「それよりも時間に限りがあるので他の部活を見に行きませんか?」
「正論だけどお前には言われたくないよ」
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