3 ロリ物語
走って息が上がったから少し休憩をすることにした。
カラカラだった喉にぬるい麦茶を流し込む。
まだ家には段ボールが山積みで冷蔵庫の設置はしていない。だから家に飲み物はあっても冷えていない。
「なんで僕の家に行く必要があったの?」
クリスも麦茶をゴクゴク飲んで「ふー」と一息ついてから答えた。
「自転車がないと移動が大変だから、貸してもらおうかと」
「僕しか住んでないから1台しかない」
「乗せてください♡」
「嫌だ、重い」
その回答待っていました、とばかりに反論する。
「私は体重5キロですよ」
「おもし蟹なんてフィクションに決まっているだろ」
僕のツッコミに我が意を得たりとうなずきながら、クリスは次の一手を繰り出した。
「乗せてくれないならお巡りさんに通報しようかな、誘拐されましたって」
「この状況なら否定できないかもな。ひげを剃る。そして女子小学生を拾う、みたいな展開だし」
上手いこと言ってやったと、どや顔をしてクリスのツッコミを待つ。
「その通り。コンプラ違反してるんだからおとなしく私の言うことを聞いた方がいい」
俺のボケをまたスルーされた。最近の作品は見ないのだろうか。古い作品ばかり評価する懐古厨か。いや、あんなにアニメに熱量を持ってればタイトルくらいは知ってそうなものだが。
「おい、黙ってないでパパのいうことを聞きなさい!」
俺の思考はそこで遮られた。
「また、古いチョイスだなー。だから通報はしないでくれ」
「わかればいい。それと、パパ聞きは古くありません」
「はいはい」
そう言って引っ越し業者から届いた荷物の中にある自転車を出す。
◆◆◆
「ヒュー、気持ちいいねー。この町にはいい風が吹くでしょー?」
クリスの明るい声が背中から聞こえる。
「まあね。海風は悪くない。もっとスピードが出せればよかったんだけどね」
自称5キロの小学生を後ろに乗せているせいで思ったよりもスピードが出ない。
それでも堤防沿いの道を海を眺めながらサイクリングするのは楽しい。引っ越す前に住んでいた都会では味わえない感覚だ。
「それで、どこを案内してくれるんだ?」
「まずはこの道を真っ直ぐ進んだら交差点があるのて、そこを右に曲がってください」
「了解」
行先は教えてくれなかった。まあ、それはそれで楽しめそう。
少し期待が高まり、強くペダルを踏みこんだ。
◆◆◆
「どうでした? 10年住んでいる私の案内は完璧だったですよね。七森さんはこの町で生きていく力を身に着けました」
最初に向かったのスーパーだった。色んな食材があったし、人もいっぱいいた。地元の人はここで買い物をしているのだろう。
そして薬局。親元を離れて1人暮らしをしている僕にとって体調を崩したときのために薬を用意しておくのは大切なことだ。
次は図書館。僕は読書が好きだし、静かで涼しい場所は勉強にもぴったり。
そしてカフェをを紹介された。本当に紹介されただけで中には入らなかった。「私みたいな小学には値段が高すぎる」ということだった。
「ああ、すごく生活に根差した案内で助かったよ」
案内と聞いていたから観光名所でも行くのかと思っていたから、スーパーに案内されたときは驚いたけど、これはこれで有益だった。
「うん……ふあぁ」
クリスは目をこすりながらあくびをした。
「もうここまでにするか。クリスの家まで送っていくよ」
「大丈夫です」
「そうか。ところでここは神社?」
クリスは神社の入り口の木に囲まれた階段を眠そうに見上げた。
「うん」
「クリスは眠そうだから、僕1人でちょっと見てみるよ」
自転車を止めて階段を登ろうとする。
「ストップ!」
「うわっ」
さっきの眠気はどこに行ったのかと思うほどの大きな声に肩がびくっと上がった。
「また今度しっかり紹介します。今日は疲れただろうからゆっくり休んでください」
クリスは僕の背中をグイグイ押して自転車に乗せようとする。
僕たちは神社の前にいるが、鳥居まで行くには石の階段を上りきらなければならない。1日町を走り回っていた僕にはもうそんな体力は残っていない。クリスも眠そうで体力は残っていない。
「場所はわかったからまた今度来てみるよ。日も暮れたし今日は帰ろう」
「神社なんてどこも同じだから来てもあんまり意味はないと思いますけど。
七森さんの家とは方向違うからここでお別れですね」
「そうか、また縁があれば会おう」
「はい、会いますよ、絶対」
クリスの声は静かだけど確信が込められた声だった。
言葉遣いに違和感を覚えながらも、田舎だと狭い世界で人も少ないから知り合いに会うことも多いのだろうと考えた。
「またな」
「ばいばい」
クリスが手を振ったのに合わせて僕は背を向けて自転車をこぎ出した。
ふと、気になって後ろを振り向くと、クリスの姿はどこにもなかった。
突然、冷たい風が吹き、生い茂った神社の木々を揺らす。
向日葵のような明るい少女がいなくなってからこの町を見ると、とても暗く感じた。
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