29 打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか? 関係者席から見るか?
残ったのは僕と先輩。帰ってもいいが、せっかく部の存続が認められたから祝勝会みたいなことをしたい。
「叡人君、実は少し話したいことがあるの」
浮かれ気分の僕とは対照的な緊張をはらんでいた。
「なんですか?」
「クリスちゃんのことなんだけど」
「クリス? あいつがどうかしたんですか?」
「どうかしたというか~……」
歯切れの悪い言い方が気になる。
「実は前にクリスちゃんと2人で会ったことがあるんだけどその時に……」
僕は先輩からクリスと何があったかを聞いた。
クリスが父親を憎んでいること、警戒すべきと言ったこと、いさなちゃんが言うには双子の妹はおろか兄弟姉妹がいないこと、龍守家の娘で綾辻という苗字は偽名であること、二重人格かもしれないこと。
「馬鹿なことを言っている自覚はあるんだけど、色々おかしなことが多くて~」
クリスはアニメが好きな不思議ちゃんくらいにしか思っていなかったが先輩から話を聞くと何か隠していることがあるように思える。だが、それについてこちらから聞いていいのかはわからない。
「何か事情があるのは間違いないですよね。双子の妹がいるっていうのが本当かどうかも怪しくなりましたし」
二重人格だと仮定したらも元はいさなではないだろうか。葉月先輩と神社に行った帰り際、僕がクリスだと思って話していたら、おばあちゃんは「いさな」と声を掛けていた。もし双子の姉としてクリスがいるのであれば、おばあちゃんは「その子はクリスの妹のいさなです」と教えてもいいはず。
つまり、クリスはいさなのことを知っているが、いさなとおばあちゃんはクリスのことを知らない。
「本人が隠しているということは言いたくないことなのでしょう。二重人格であるかは置いといて今まで通り接してあげるのがベストで本人が何か言えばちゃんと聞いてあげましょう」
ありきたりすぎる結論で今日の部活はお開きとなった。
◆◆◆
「今日は白石先生部活来れないから紅茶はいらないそうです」
部活の存続が決まったからといって安心できるわけじゃない。今後もしっかり活動していかないとまた生徒会に廃部を宣告されてしまう。
「おっけ~、じゃあ2人で今後の活動内容について話し合おうか~」
「はい」
着席すると同時に目の前にコーヒーが用意される。なんて贅沢なんだ。
「なんでこんな完璧なタイミングで出せるんですか?」
「叡人君の足音は完璧に聞き分けられるからだよ~。今教室出た、友達と雑談してる、トイレに向かった、歩きスマホ……全部分かっちゃうんだよ」
この人、怖い。心眼使えるの? 実は隙があればいつでも殺していいという条件付きで写真部にいるのかな?
「冗談だよ~、真に受けないで~。そんな異常聴覚してないから~。叡人君のスマホにGP……なんでもないよ」
「今異常聴覚よりも怖い言葉が聞こえた気がするんですけど」
最近スマホの電池の減りが早いのはそういうことなのか?
先輩は聞こえないものと扱い話を進める。
「今後の活動だけど、お祭りの写真を撮りに行くのはどう~?」
「この町の一大イベントですからね。是非撮りに行きましょう。なんてたって、こちらにはスーパーインフルエンサーがいますからね」
「からかわないでよ~」
とりあえず方針は決まった。そもそも地元のイベントが控えているのだから頭を抱えて悩むものでもない。
「話は聞かせてもらいましたよ」
ランドセルを背負った少女が外から窓辺に腰掛けている。
「クリス!」
「クリスちゃん!」
昨日話題になった謎多きjsが現れた。急な来訪に僕と先輩は驚き立ち上がって話しかけに行く。
「なんで学校に入れて写真部の部室の場所まで知ってるんだよ」
「この学校の抜け道なんて探検気分ですぐに発見できます。昔来たこともありますし、建物の構造なんてすぐに変わるわけではありませんからすぐにわかります」
不法侵入者が堂々と手口を明かしてくれたよ。
「何の用できたの?」
「本当に七森さんが写真部に入ったのかなーって思いまして。本当に彩音さんと契約して写真部に入ったんですね。ソウルジェムの管理は気をつけてください」
「葉月先輩をキュウべえ扱いしないでください。
用はそれだけ?」
「いいえ。
お祭りで写真を撮りに行くそうですね」
「うん。この辺の景色って撮り尽くしたイベントがあるならそれにあやかろうと思って」
「私も連れていってください」
さっきまでとは雰囲気ががらりと変わった。覚悟や決意を秘めた真剣な表情で僕に訴えてくる。高校の部活に同席するだけなのに真面目すぎるだろ。
「頼むなら僕じゃなくて葉月先輩だろ」
クリスは窓から離れて葉月先輩の前に出る。
「あ、確かにです。彩音さん、私も一緒に行っていいですか?」
「いいよ~」
軽っ。二重人格なんじゃないかって言ってたのに。
「ありがとうございます!」
クリスは先輩の腰に腕を回して抱きついた。先輩も少し驚いていたが頭を撫でている。
「そうだ、クリスちゃんにお祭りの見どころを教えてもらおうよ~」
先輩は僕のほうを見た。これをきっかけにクリスに本当の隠していることを話すよう促してほしいと目が語っている。僕は短く頷いた。
「そうですね、神社の巫女さんのクリスに聞けば間違いないですよね」
「いいでしょう。龍守神社きっての美少女巫女巫女ナースの私が色々教えて差し上げましょう。って言いたいところなんですけど、そこまで詳しくないんですよね」
「そうなの~?」
「はい、手伝いに駆り出される日々だったのでちゃんと参加したことってないんですよ。サボろうと思ったら神社から出ないと見つかる可能性高いですし」
この話題はあまり広げられなさそうだ。先輩も思ったような反応を得られなかったから苦笑いである。僕としてはあまり込み入った話をして嫌われるのが怖いから気が進まなかったのでよかった。
「そもそもお祭りっていつなんですか?」
「8月7日と8月8日だよ~」
「7日に大漁と海上安全を祈願するためのお神輿とか舞をやって、2日目は花火大会みたいなものです。
7日の舞は私も出るので舞が始まるまでしか参加できませんがそれまでは楽しみます」
「さっきまで手伝いがあるとか、神社にいると見つかるとか言ってなかったか?」
「そこは交渉してみます」
「あの厳しそうなおばあちゃんを?」
クリスは「うっ」と言葉を詰まらせた。
交渉で何とかなるような相手であれば今まで逃げるのではなく話し合いで解決できているだろう。
「ま、任せてください。いざとなればギアスを使います」
不安だ。まあ、僕としてはクリスがいても楽しいし、いなくても先輩と2人きりでお祭りに行ける……クリスいないほうがいいな。
「そうだ花火あるんだった~。写真部としては映えるから写真に収めたいんだけど、人でぎゅうぎゅうだから場所取りがうまくいかなかったらあんまりいい写真撮れないよね~」
そこが1番の問題だが、最悪先生に場所取りをお願いすれかもしれない。部室でお茶飲んでいるだけの顧問だから今回くらいは協力してもらってもいいだろう。
「心配ないですよ。私が関係者席を取っておきます」
クリスの一言が懸念を拭い去った。
「そんなことできるのか、クリス?」
さっきまでサボりの話をしていて、今回は交渉をして遊ぶ許可をもらう上に関係者席まで確保してもらうなんてお願いするのは図々しくはないだろうか。
「花火大会は大丈夫だと思いますよ。打ち上げている間は職人さんの仕事なので神社が何かするわけではないですから」
事も無げにそういわれると、確かにそうかもなと納得した。
「関係者席っていい響き~。クリスちゃんありがとう~。お祭りの日はりんご飴とか綿あめいっぱい買ってあげるね~」
親戚の小さい子のように甘やかし愛でている。
「次の活動内容がお祭りで写真を撮るっていうのはいいと思うんですけど、まだ少し先ですよね? その間は何をするか決めているんですか?」
「うーん、夏だし海?はいっぱい写真撮ったし~……夏の大会に向けて色んな部活が練習に力入れてると思うから練習風景の写真とかどう~? 卒アルとかにも使ってくれそうじゃない~?」
「活動報告にもしやすいですし、生徒会受けもよさそうですね」
「ふっふっふ~、今までは叡人君に写真のことを任せっきりで頼りなかったかもだけど、今回は私が活躍するからね~」
大きな胸を張って意欲を見せる先輩とは対照的にクリスはムスッとしている。
「私もそれ参加したいー。2人だけで盛り上がっててずるいー」
クリスは椅子に腰を下ろして足をジタバタしている。
「小学生が学校の中うろついてたらまずいだろ」
「見た目は子どもでも頭脳は大人だから問題ないです」
「見た目が子どもだからアウトなんだよ。それに学校と関係ない大人がいてもアウトだから」
「そうだ!」
何かを閃いた先輩が掌に拳を打った。
「生徒会長にお願いしようよ~。あの人が認めれば学校の先生も何も言わないんじゃない?」
その手があったか。でもどうやって認めさせるんだ? あの生徒会長は下手したら教師よりも厳しい可能性があるぞ。
「任せてください。高校の生徒会長の1人くらい丸め込んでやります」
「クリス、何をする気だ?」
「見ていてください。戦略と戦術の違いを教えてあげます」
今から舞踏会に参加するかのような軽やかな足取りでクリスは部室から出た。
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