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27 君の知らない物語

 放課後の部室。今日も先輩と撮った写真の編集をしている。


「先輩はアップした写真の反響どうだったか知ってますか?」


「怖いから見てない~。ボロカスに言われてたら私はもう生きていけないよ~」


「僕も見ていないので一緒に見てみませんか?」


 バズらせるのが目的なのに2人とも怖がって、投稿した写真の評価を全く見ず、自分たちの現状把握をしていないのはまずいのでは?と僕は思っていた。


 ちゃんと見なけらばいけないと思いつつ確認しなかったのは僕も怖いからである。自分の作品は自分の感性や考え、好みなどこれまで培ってきたものが詰まっている。それを不特定多数の人間に否定されるのは人格の否定にほかならない。


「ええ~怖いな~。でも、どんな反応されているのか気になるな~。でも怖いな~。

 叡人君が先に見て、私がその後確認するよ~」


「いいえ、一緒に見ます。僕が投稿したんですからそのくらいはしてください」


 葉月先輩はムッとしながらも承諾して震える指先でスマホを操作する。


 自分たちのアカウントをタップして投稿に対する反応を見る。


「……」


「……」


 特に何もなかった。少し「いいね」がついているだけで、肯定のコメントも否定のコメントもなかった。批判的なことは何も言われていないことに安堵しつつも、関心が向けられていないことにショックを受ける。


「さ、最初はこんなものですよね! 今日も写真を編集して投稿しましょう!

 こういうのは継続して続けて少しずつファンをつけて拡散してもらえるようにするのが大事らしいですよ」


 僕が話していることは正論だが、あと1か月しかない中でどうやったらファンを増やしてバズらせられるのかはまったくわからない。


「だ、だよね。とにかくいっぱい写真を撮って編集して投稿し続けなきゃね~」


 先輩も精一杯の作り笑いで意欲を見せる。


◆◆◆


 僕たちは毎日、写真を撮って編集をして投稿をした。正直、バズは素人が狙ってできるものではないと結論付けて数打ちゃ当たる戦法になった。


 結果としては、いいねの数もフォロワーも若干増えて手応えを感じるものの期限の1か月には間に合いそうにない。


 このままだと葉月先輩と一緒にいれる時間がなくなってしまう。最近の葉月先輩は雰囲気が少し変わった気がして前よりも魅力的だ。そんな先輩との時間が失われてしまうと焦っていると先輩から提案を受けた。


「叡人君、私行きたい場所があるんだよね~」


「どこですか? 地元の場所は大体写真撮り尽くしましたよ?」


「まだ、あるんだよ、穴場が。前にクリスちゃんに教えてもらったんだけどね」


「へー。どこなんですか?」


 クリスか。時々放課後に見かけてクリスのボケにツッコミを入れているだけのくだらない会話をしているが、なんか葉月先輩の態度が少しよそよそしくなっている。単に小さい子が苦手なのか、それともクリスの会話がオタクすぎてついていけないのかわからないが、クリスがおすすめした場所を選ぶということは不仲ではないのだろう。


「場所は秘密~。部活が終わったら案内するね~」


◆◆◆


 日が沈みすっかり夜になった。先輩の案内に従うと、方向的には神社だ。


「神社で肝試しするんですか?」


「違うよ~。神社の裏手にいい場所があるんだよ~」


 すごく楽しそうに歩いている。もしかしたら廃部になるかもしれないのに。約1か月間、毎日のように作品を作り続けた努力が報われなくなるかもしれないのに。


 葉月先輩と他愛ない話をしながら歩いていると地面の感触が固くなっているのを感じた。周囲は暗くて見えにくいが、どうやら岩場の海岸に着いたようだ。


「私が連れて行きたかった場所はここ。空を見て~」


 促されて空を見上げると雲1つない満天の星空が広がっていた。黒い絨毯に様々な宝石を散りばめたように煌めいた夜空は僕の瞳をくぎ付けにした。


 首に掛けたカメラを構え、シャッターに指を置くがやはり押せなかった。最近は慣れてきて落ち込むこともなくなった。その分、このきれいな景色を目と記憶に焼き付けるようにした。空だけじゃなく、海面に反射した星も幻想的だ。どこまでも続く星空と海に心を奪われていると、手に柔らかい感触が当たった。その正体を掴むために視線を下に移すと先輩の手が僕の手を握っていた。


「特等席があるんだよ~」


 僕と先輩はごつごつした足場に気をつけながらゆっくり歩いた。


「ここだよ~」


 人の背丈の2倍くらいある大きさの岩の上に白いベンチがある。座って海と星をゆっくり眺めることができる場所だ。


 岩の斜面は登れないほど急というわけではないが、登りやすいとも言えない。それが逆に登ってみたいという少年心をくすぐる。


 先輩の手を強めに握って岩の斜面に足をかける。


「気をつけてくださいね」


「叡人君もね~」


 急な斜面に足を取られないように慎重に一歩を踏み出す。


 そこまで高さがあるわけではないので少しの時間で登りきることができた。


 劇的に景色が変わる、ことはないがさっきよりも遠くまで海と星空を眺めることができる。


「あれがデネブ、アルタイル、ベガかな~」


 先輩が星空を見上げて指でなぞって三角形を作る。


「多分そうだと思います。星空は好きですけど星座は全然わかりません」


 言葉はそれだけでしばらく無言で空を眺めた。


 岩の上にポツンと1つだけあるベンチに座るという行為がこの景色を1人占めしている気持ちにさせるから感情が高ぶる。正しくは葉月先輩もいるから1人占めではなく、2人占めだ。もっと正確に言えば共有している。2人だけで景色、時間、世界を分かち合っている。奇妙な感覚が僕を支配して、自分でも想像していなかった言葉が口から出た。


「実は僕、写真家として活動していたことがあるんです」


 何でこんなことを話し始めたのかわからない。


「過去形なのは今ではカメラのシャッターを押すことができなくなってしまったからです」


 先輩がどんな気持ちで今の話を聞いているのかはわからない。もしかしたら意味の分からない話をされて困り顔をしているかもしれない。それでもなんとなく自分の話を聞いてほしくなった。


「活動し始めたのはこの町のお祭りがきっかけなんですよ。父親も写真家で僕もその真似をして家族でこのお祭りに参加したときに色々写真を撮ったんです。その時の写真をこの町の写真展に応募したら賞を取れて、嬉しくてその後もずっと続けていました」  


 誰かに話したことはないが、言葉が次々と溢れ出る。聞いてほしかった気持ちだが打ち明ける勇気がなくて栓をしていた反動だ。


「色々な場所を父と巡って行く先々で写真を撮りました。そして僕には写真の才能があったみたいで、好きなように撮った多くの写真が大変高く評価されました」


 楽しい思い出も多く頭の中で想起され僕の口角が上向く。そしてすぐに口元が引き締まり、歯を食いしばる。


「当時中学生だったこともあり写真家や写真が好きな人たちの中では話題になりました。雑誌で何度も特集され、テレビにも出たことがあります。

 自分の作品を見てくれる人が増えて嬉しい反面、作品への期待が高まってプレッシャーを日々感じるようになりました」


 先輩はずっと無言で話を聞いてくれている。相槌を打つことすらせず、ずっと黙っている。


「そんな中で写真集を出してみないかという提案を受けました。自分の写真が本になってより多くの人に届けられると思って。

 その写真集にはこれまでの作品も紹介しながら多くの撮りおろしを掲載する予定でした。プレッシャーに押しつぶされそうな時期でしたが、写真集を出せる喜びには抗えず、出版することを承諾しました」


 僕は下を向いたまま深呼吸をする。これから話すための気持ちを整えるために。


「多くの場所を訪れて写真を撮りました。撮った写真を編集して、出版社の人にも見せてみましたが、反応は芳しくありませんでした。

 写真を撮って編集して、見せて、没をもらう。そんな日が続いていくうちに編集者に言われました。『多くの人は写真の正しい評価なんてできない。天才中学生写真家が撮ったと謳っていれば勝手に高評価をする』と言い、締め切りも近いこともあって全部編集者に任してしまいました」


「僕の写真集が出版されると話題になりました。悪い意味で。パクリだとも言われました。どうやら編集者が別の写真家の構図やら風景やらを真似した写真を勝手に僕の写真集に載せていたようです。

 学校でもSNSでもひどい言われようでした」


 記憶がフラッシュバックする。


『お前が撮った写真全部目の前で燃やしてやるよ。首に掛けてるカメラもな』


『中学生写真家乙、低レベルな自由研究』


『パクリとか信じられない。そこまでして人気者になりたかったの?』


『景色がきれいなだけでこいつの実力関係ない。オレのスマホで同じのがとれる撮れる』


『真剣にやってる人に謝れよ』


『死ね』


『自称写真家(笑)』


『この写真私写ってるんだけどー、盗撮じゃん。写真家よりも盗撮魔のほうが向いてるよ』


『この恥さらしが。俺の顔にまで泥を塗る気か!』


 誹謗中傷が頭の中を駆け巡り、ひどい過呼吸に襲われる。


 先輩に背中を擦られているが一向に止まる気配がない。


 それでもいつの間にか僕の呼吸は穏やかになっていた。


 さっきまで僕は前傾姿勢で下を向いていたから地面しか見えていなかった。今では海が見えている。


 さっきまで潮の匂いしかしなかった。今では花束に包まれているような柔らかい匂いが鼻孔をくすぐっている。


 さっきまでとは違い体が軽い。何かに支えられている。


「1人で頑張って耐えたんだね。偉いよ、叡人君」


 僕は葉月先輩の腕に包まれていた。


 誰にも知られたくなくて、自分のことを知っている人がいない田舎町に来たけど、本当は誰かに知ってほしかった、理解してほしかった。


 僕の過呼吸は止まったが代わりに頬を伝う涙は止まらなかった。


 自分の奥底にある願いに気づき、それが叶えられた。これまで飲み込んできた苦難を吐き出せた。心の枷を外すことができた。自分がようよく前に進むことができる。色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざって自分でもどうしたらいいかわからず、ひたすら先輩にすがっていた。


◆◆◆


 どれだけ時間が経ったかわからないが僕は平常心に戻ることができ、そしてさっきまでの行動が思い出すだけで顔が火を噴くように熱くなる。


「すいません、先輩。そしてありがとうございます」


「叡人君が抱えていたものを下ろせたみたいでよかったよ~」


 先輩はベンチから立ち上がり大きく伸びをする。


「星がきれいだね」


 何気なくそう言って笑った先輩の顔が今まで見た中で一番眩しく見えてどの星よりも輝いていた。


 自然と僕の手はカメラに伸び、葉月先輩の姿を切り取っていた。


◆◆◆


 家に帰るとすぐに葉月先輩の写真を編集した。そのままでも魅力的なのは承知しているが素晴らしい写真をさらに昇華させていくのがプロだ。全体的な写真の明るさを変える。夜に撮った写真だから表情が見えにくい。が、明るすぎると星空をバックにしている意味がなくなる。ある程度の暗さを維持しながらも表情がわかるようにする。


 コントラスト、明瞭度、ミキサー、粒子など様々な要素を微調整する。時には全体を、時には一部分を編集してバランスを見ながら完成度を確認する。


 編集と確認を延々と繰り返して完成するころには夜が明けていた。


 HIGHになった頭の状態で何も考えることなく写真部に先輩の写真をアップした。


読んでいただきありがとうございます!


作品が面白いと思った方は☆5、つまらないと思った方は☆1の評価をお願いします!


評価やブックマーク、作者の他作品を読んでいただけると大変うれしいです!


『あれが高評価、いいね、ブックマーク

 君は指さす夏の大三角』



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