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23 双丘のファスナー

 週が明けて月曜日の放課後、先輩が来る前に僕は写真の編集ソフトを立ち上げた。


 昨夜、確認したところ、写真の編集はすることができた。自分にできないのはシャッターを押すだけ。その時だけ嫌な思い出がフラッシュバックするみたいだ。


 写真を撮るのは先輩に任せて僕は編集に徹するやり方がいいかもしれない。


「叡人君、来るの早いね~」


 いつも通りのゆったりした癒しボイスが部室に響く。今はなぜかジャージ姿だ。


「なんでジャージなんですか?」


「さっきまで体育だったんだけど、片付け時間かかっちゃってさ~、帰りのHRに間に合わなそうで着替えは後回しにしたんだよね~。

 着替えようと思ったけど、ジャージのほうが動きやすくて今に至る~」


「この季節だとジャージのほうがすごしやすいですしね」


 ジャージ姿の先輩も見れて新鮮! 勝手な想像だけど先輩は運動が苦手でバスケやサッカーの試合中はコート上でおろおろしてそう。 


「ところで今何してるの~?」


 僕の傍によって身をかがめてパソコンをのぞき込む。真横にジャージのファスナーを押し上げるほどの立派な双丘があり、視線が吸い込まれる。ブラックホール以上の吸引力。 


 さらに耳に髪をかき上げる仕草+体育の後の汗の匂いまでするから色気が爆発している。


「き、昨日撮った写真を編集するために編集ソフトを立ち上げたところです」


 先輩とはだいぶ馴染めてきたと思うけど、先輩の持つ女性的な魅力に慣れるのには時間がまだかかりそうだ。世の中の彼女持ちの男は好きな女子の魅力に耐えているのが信じられない。僕は緊張しすぎて会話にならないぞ。


「それってどうやって使うの~?」


「使い方教えるので座ってください」


 僕は立ち上がって席を譲る。そして隣に別の椅子を持ってきてそこに座る。


「ありがとう~」


「じゃあ、まずこの海の写真を使ってソフトの使い方を覚えましょう」


 僕は光が強く、海の青さを写しきれていない写真を選んだ。


「この写真でいいの? もっとうまく撮れてる写真あるよ~?」


「下手っぴな写真のほうが編集の効果がわかりやすいのでこれでやってみます」


「ほほ~、お手並み拝見といこうか~」


「覚えるのは先輩ですからね?

 光の反射で白飛びしてる部分が多いのでそこを直しましょう」


 ハイライトや白レベルを調整して白飛びをなくす。


「少し見やすい写真にはなったけど、あんまり変わらないね~」


「白飛びの部分しかいじってませんからね。こういう小さな調整を積み重ねていくことで最終的な出来栄えが変わるんです」


「地道な作業だね~」


「実際に写真を撮りに行くために色んな場所に行ったり、撮り方を吟味したりすることに比べたら地味ですね。でも上手く撮れた写真をさらによくしたり、失敗した写真でも編集で化けることもあって僕は面白いと思います」


 その後も明瞭度でパキっと感を増したり、ミキサーで海の青を鮮やかにしたりして写真の編集を続けた。


 最初は退屈な作業だと思っていた先輩も色々な要素を変えていくことで徐々に写真の印象が変わっていくことに面白さを感じたのか、無言で編集に没頭している。


「できた~!」


 達成感たっぷりの顔で声を吐き出した。作業を始めて1時間経過していた。


「お疲れ様です」


「叡人君こそ教えながらだから大変だったでしょ~」


「いえ、後半は先輩がのめり込んでいたので僕はほとんど何もしてないですよ」


「いやいや、叡人君が教えてくれなかったら途中で挫折してたよ~。項目多すぎるし、それぞれが何を調整するためのものかもわからないし~。

 でも、知れて良かったよ~。失敗だと思った写真がすごく良くなってるから~」


 編集前と後の写真を見比べて感嘆の声を漏らす。劇的ビフォーアフターをしているから驚くのも無理はない。


 それしても初心者とは思えない編集の技術である。もともと絵とかデザインの才能があるのかもしれない。


「編集の楽しさを理解していただいたみたいで何よりです。

 よくできているのでこの写真アップしてみましょう。SNSのアカウントって作ってありますか?」


「Zのアカウント作ってあるよ~」


 アカウント名はsuisen photo club。


「今編集した写真をスマホにアップロードして投稿しましょう」


 葉月先輩が今の写真を自分のスマホに保存して、SNSに投稿する直前。


「いいんだね~? 本当にアップして」


 緊張しているのか念押しが入る。


「はい」


「ファイナルアンサー?」


「ファイナルアンサー」


「すーーーー、はーーーーー」


 大きく深呼吸をして気持ちを整えている。SNSにアップするなんて今時珍しいことじゃないのにそこまで勇気がいるのだろうか。


「この写真で炎上しないよね~?」


「風景の写真1つで炎上なんてしないですよ」


「でも、今はどこの誰が何を言うかわからない時代だよ~?」


 どこまでも不安そうな先輩である。大体、知名度がないアカウントの投稿なんて見る人が少ないから炎上のしようがないだろう。


「目的は学校を有名にすることです。炎上したとしてもそれはそれで条件をクリアできます」


「そう言うなら叡人君が投稿してよ~」


 ずいっとスマホをこちらに差し出す。受け取った僕は投稿ボタンを押そうとする。


 本当に投稿していいのだろうか。さっきは炎上すれば有名になるという条件はクリアできると言ったが、それを生徒会長が許すとは思えない。この1枚で炎上したら1か月という期限を待たずに廃部にされるかもしれない。


「どうしたの~? 早く投稿しなよ~。炎上しても大丈夫なんでしょう~?」


 僕が逡巡しているのを面白がって急かしてくる。なんかムカついたからこの人に押し付けよう。


「やっぱり初投稿は部長である葉月先輩がやるべきですよ。この写真を撮ったのも編集をしたのも先輩ですし。悩んでいたのは本当に自分が投稿していいものか考えていただけですから。別に僕は責任について考えて躊躇していたわけではないんですからねっ!」


「なんでちょっとツンデレ?

 ここは折衷案として一緒に投稿しよう~」


「わかりました」


「せーの、で投稿するからね~」


「はい」


 お互いが画面に向かい合い人差し指を準備する。そこはかとない緊迫感が漂っている。額から鼻筋に汗が落ちる。時間の流れが遅く感じる。10秒か1分か、はたまた1時間かわからないが静寂は破られた。


「せーの」




「……」




「先輩押してくださいよ!」


「叡人君押してよ~!」


 どちらも片方が押すのを待つという結果になった。


「もう1回やるよ~。今度はちゃんと押してね~」


「先輩が言えることじゃないですよ」


 またお互いに画面に向き合う。さっきよりも緊迫感が増している。お互いが裏切られるかもしれないという別の緊張が増えたからだ。何となく様子を見ると先輩も同じタイミングで僕を見た。少し顔が熱くなるのを感じる。先輩も照れたように微笑む。今ので通じ合えたはず。


「せーの」


 掛け声と同時に先輩は僕の腕を強く掴み、指を画面に触れさせた。


「よし」


 投稿できているのを確認すると可愛くつぶやいた。


「なんで僕に無理矢理投稿させてるんですかー!

 裏切りましたね? 目が合ったとき信じられると思ったのに!」


「裏切ってなんかないよ~。私と叡人君で押したんだから~。何か問題が起きても10分の1くらいは私が責任とってあげるから~」


「ほとんど僕の責任じゃないですか!」


「そうかもね~。何かあったら責任取ってね☆

 ささ、もう下校時間近いし帰るよ~」


 先輩はウインクして帰り支度を始めた。


「は~。まあ、こんな普通の海の写真で炎上なんてしないと思うんですけどね」


「それフラグだよ~」


読んでいただきありがとうございます!


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『それが高評価の痛みだ! いいねすることの苦しみだ! ブックマークすることへの恐怖だ! 読者!』

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