22 男は心に固ゆで卵
食事を終えて今日撮った写真を一緒に確認する。
「叡人君に教えてもらう前と後では写真を撮る楽しさが変わったよ~。
今まで写真を撮るときなんてとりあえず思い出を形にしようとしか思ってなかったから、構図とか気にしたことないし、F値なんて聞いたこともなかった~」
カメラの履歴を1つ1つ見ながら先輩が言った。
「先輩はどの写真がお気に入りですか?」
「う~ん」
撮った写真をまた振り返って考えこんでいる。1枚撮るごとに上達していたから、今日撮った写真はすべてに感動が詰まっていそうである。
「これかな」
先輩が選んだのは大きく躍動的な入道雲と青い海を撮った写真だった。
「入道雲が海から湧きがっているみたいでこれから夏が始まるぞっていう狼煙を上げてるように見えて私は好きかな~」
「僕もその写真が良いと思います」
「叡人君のお墨付きもらっちゃった。このカメラの写真ってスマホにアップロードできないの~?」
嬉しそうにガッツポーズをした。
「専用のアプリとつなげればスマホに写真を送れますよ」
「じゃあ、早速インストールしよう~」
先輩がアプリをインストールして写真をアップロードしている中、僕は考えた。どうしたらバズらせることができるのかを。今回の写真をもしアップしてバズるかと言われたら否だ。きれいな風景写真だと思うがそれだけ。インパクトがもっと必要なのではないだろうか。
「写真部のアカウントは作ってあるんだけど、もうアップしてみてもいい?」
バズらないからアップする意味がないというわけではない。写真は撮ったら終わりではなく、撮ってから編集して作品として仕上げることも大切な作業だ。
「写真はまだアップしません。明日学校に行って編集しましょう」
「編集するの? きれいに撮れてるのに~」
「よりきれいにしたり、色味を変えたりして調整します。被写体の魅力をより引き出すための作業なので盛るって表現にしたほうがわかりやすいですね」
「なるほど~。叡人君はプロのJKだね~」
編集をする意味については納得してもらえたようだけど、なぜかプロJKの称号を獲得した。
「プロJKってなんですか?」
「だって、自撮り写真に金箔を肌に付けたり、プリクラで目を大きくしたりすることの上位互換が写真の編集でしょ~?
つまり、JKを超えたJK、プロJKだよ~」
理解はしてくれているみたいだからいいや。
問題は僕のほうにある。カメラに対してトラウマがあってシャッターを押せなかったけど、編集はできるのだろうか。写真を撮らなくなったから当然編集のソフトだって使わなくなった。もしかしたら今日みたいに先輩に教えるだけで自分は何もしない不自然な状態になる。
「男子にその称号を与えるのかは置いといて、ありがたく頂戴いたします。
詳しいソフトの使い方は明日教えます。今日はもう遅くなりましたし、帰りましょうか」
「だね~、あ、ちょっと待って」
先輩は席から立ちあがり僕の隣に腰掛けた。
「うんっしょ」
1度座ったかと思えばさらにお尻を浮かせて腰と腰、肩と肩が触れ合う距離まで近づいた。急な出来事に僕の心臓は暴れまくっている。落ち着け、深呼吸だ。先輩に気づかれない静かに鼻から息を吸う。先輩の甘い匂いが体の中を駆け巡る。逆効果だった。息を止めよう。
「それじゃあ、撮るよ~」
先輩は自分のスマホを持った腕を伸ばしている。
満面の笑みをカメラに向けている先輩の横顔を見ている僕は今、どんな顔をしているかわからないが、みっともない顔に違いない。
「はい、ち~ず」
パシャっという音と同時に先輩の腕が下ろされる。
「はーーーーー」
止めていた息を解放。想像以上のでかさの息だった。
先輩は撮った写真を確認して笑い出す。
「叡人君、変な顔~。真っ赤だよ? どうしたの~?」
本当だ。写真の僕は羞恥心と息を止めていたことが原因でタコのうように赤い。天使のような先輩の隣にいることで僕の気持ち悪さが強調されている。消しゴムマジックで消そう。
「急にカメラ向けられて緊張しちゃったんですよ」
「そうなんだ~。写真撮るのは得意だったけど、写るのは苦手~?」
「あんまり経験ないですね。そういう先輩は写真写りいいですね」
「現役JKの必須スキル~。後々写真が出回って陰でバカにされないように身に着けておくものなんだよ~」
思い出のために写真を撮っているはずなのに後でネタにされるとか怖すぎる。先輩は元がいいからあまり気にしなくてもいいと思うが、世の女子はカメラを向けられると表情を準備しながら熾烈なポジショニング争いが勃発しているのだろう。
「冗談だよ~。うちの学校にそういのはないよ~。単にせっかく形に残すなら可愛いほうがいいと思ってるだけ~」
僕の女子に対する黒い妄想を知られたのかフォローする。うちの学校になくても他の学校にはあると言っている言い方だからあまり意味はない。
形に残すなら可愛く、か。確かにカメラの目線や自分の魅せ方をわかっている写り方をしている。これは使える。今から先輩が写真を撮る技術を身に着けるより先輩をモデルにしたほうがいい写真が撮れるかもしれない。そうなると、カメラマンが必要になる。つまり、僕次第だ。
こんなに可愛い先輩がいたら何枚でも撮りたいし、何回もそう思ったけど手は動かなかった。僕が何とかして乗り越えなければならない。
「叡人君~どうした~? さっきまでは赤い顔してたのに、今度は怖い顔してるよ~」
心配そうに僕の顔を見つめる先輩も可愛い。写真に残したい。自分で撮れたらきっとカメラのフォルダが先輩の写真でいっぱいになるだろう。
……。
突如、僕の脳に天啓の如くアイデアが閃いた。
「先輩さっきの写真僕も思い出として欲しいので送ってくれませんか?あ、でもまだ連絡先交換していませんでしたねなので交換しましょう」
スマートに言えた。
「っ急にしゃべり出したと思ったらすごい早口だね~。まあいいや」
僕のスマートな誘いに先輩は目を丸くしつつも快諾し、QRコードを見せてくれた。
「ありがとうございます」
先輩のQRコードを読み取り、さっきの写真も送ってもらえた。家宝にする。何枚もでデータをコピーしてパソコンにも保存する。プリントアウトもしてリビング、トイレ、お風呂家中に張り付けていつでも見れるようにする。
「あ、帰る前にトイレ行ってきますね」
「いってらっしゃ~い」
◆◆◆
トイレから戻るとレジの前に立ち先輩が先輩がいた。
「先輩ありがとうございます。でもお昼は先輩に払わせちゃったんでここは僕が払いますよ」
「あ~り~が~と~う~」
両腕を掴まれて涙目で感謝された。
店員さんが引いている。レジにいるのは最初に料理を届けてサザエジュースにドン引きしていた人。目立ちすぎてこの店にはもう来れないかもしれない。
「泣くほどのことですか? 店員さんも見てますよ」
「叡人君が戻る前にさっと会計を済ませるスマートな先輩をやりたかったんだよ~。でもお金なくて叡人君が戻るまで気まずい時間が続いちゃったよ~」
『スマートな先輩』を演じられなかった先輩は地団駄を踏んで悔しがる。個人的にはこういう抜けてるところがある先輩のほうが好きだが、本人にそれを言っても納得しないだろう。
足りない分のお金を僕が支払って店を出る。
「これで所持金が底をついたので草を食べて生きていきます」
写真部からバンドマンになったのか?
「それよりも帰れるんですか?」
心外だな、と笑いながら否定をする。
「そこまで私はだらしなくないよ。電車はICカードだからそっちにお金は入っているよ」
ところが、先輩が改札を通ると、無慈悲にも警告音と『チャージしてください』という音声が流れる。
「あくまでも私を通す気がないと。ふっ、面白い。だが、その抵抗がいつまでも続くと思ったら大間違いだ」
ゆっくりと引き返し不敵に言う。
まるで裏切ると思っていなかった味方に邪魔され、その事実を確認しているかのうようだ。
先輩はもう一度改札にICカードをかざす。
『チャージしてください』
道は閉ざされた。
「なかなか頑固で骨があるようだ。それでも甘いよ。人生っていうのは幾重にも道が分かれている。歩き方は人それぞれ。真っ直ぐ行ってもいい、蛇行してもいい、寄り道してもいい。つまり、道は1つじゃない」
先輩は隣の改札にICカードをかざす。
『チャージしてください』
道は閉ざされた。
「ふー」
大きく息を吐いて夜の星空を眺める先輩。この姿だけを切り取ればアンニュイな雰囲気を醸し出す美少女なのだが、さっきからやっていることがアホすぎる。キャラが違いすぎる。
学校だとおっとりした年上のお姉さんって感じがするのに、今日1日会って印象が変わった。おっとりしているのではなく、何も考えていないだけなのではないかと。
「電車も変わっちまったな。落ちたもんだよ。いや、鉄道だから錆びたと言うべきか」
全然うまくない。
「お金のあるなしで人を選ぶなんて。昔はそんなんじゃなかっただろ」
昔からお金を払って乗ります。
「叡人君」
一人芝居が終わり、声をかけてきた。
「お金貸して」
一筋の涙が頬を濡らした。
ハードボイルドを装っているが、ただの文無しだ。
それでも僕はこの先輩の雰囲気と夜の空気に流されたのだろう。
「俺ぁ、女に金は貸さねぇ主義だ。だが泣いている女を見過ごすような甲斐性のない男でもねぇ。だからこれでその涙を拭け」
僕は千円札を取り出した。
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