21 エイエイの注文別性格診断
「いらっしゃいませー、何名様ですか?」
「2名です」
「ご案内いたしまーす」
茜がWORKINGしているのでは?と思ったがさすがにいなかった。まあ、ファミレスと掛け持ちでアルバイトしないよな。
「とりあえずドリンクバーとポテト頼むね~」
「お願いします」
ボックス席に案内された後、先輩は慣れた手つきでタッチパネルを操作する。
ファミレスはメニューが多様で何を選ぶかで悩む。が、そこにそれぞれの個性が見えて面白いとも思う。
特にここのファミレス「ワグナリア」はメニュー数には定評がある。
突然だがここで独断と偏見に満ちたファミレス性格診断を行う。
友人や恋人とファミレスに行ったとき頻繁に注文するものを以下から選んでくれ(友達も恋人もいない人は1人カラオケのセットリストでも考えておけ)。
①ポテトやドリンクバー
②ご飯もの
③パスタ
④パン類
⑤肉系
⑥サラダ
①ポテトやドリンクバー
これを選んだあなたは気配りが得意な優しい人です。みんなが頼みそうなもの、みんなで食べられそうなものを率先して注文できるのは美徳です。最初に誰が注文をするかというあの空気を破れる救世主。ただ、から揚げにレモンをかけると怒る人みたいな厄介者もいるので要注意。
②ご飯もの
これを選んだあなたは合理的な人です。安くて腹持ちがよくて食べやすい、非の打ち所がない食べ物です。定番メニューであることから誰からも非難されません。ただ、食べやすいがゆえにみんなよりも早く食事が終わりがちで手持ち無沙汰になるかもしれないので、食べる速度は要注意。
③パスタ
これを選んだあなたはオシャレな人です。ペペロンチーノやカルボナーラ、普通のメニューなのに他よりも名前がかっこいいです。注文するときにメニュー名を言うだけで一目置かれます。ただ、スプーンとフォークを使って食べるのは意外と難しく、食べ方が汚いと見栄っ張りに見えるので要注意。
④パン類
これを選んだあなたは対応力がある人です。ピザやサンドイッチは主食として食べることもみんなで共有することもできる二刀流。どんな人が集まっても馴染むことができます。ただ、トレードがしやすい食べ物であることから、トレード目的だと見透かされた場合、卑しい人だと思われるので要注意。
⑤肉系
これを選んだあなたは純粋で素直な人です。ハンバーグやステーキはみんな大好きですが、子どもっぽいと思われそうで頼みにくい。そんな中でもハンバーグやステーキを頼めるのは自分を持っていると言えます。ただ、自分の好みを押し通している点では、あなたは空気が読めない人の可能性があるので要注意。
⑥サラダ
これを選んだあなたは意識が高い人です。サラダは他のメニューにわざわざプラスで頼むので健康に気を使っている証拠です。みんなで食べられるサイズの大きめのサラダを頼む人は優しさで溢れています。ただ、量と腹持ちの割には値段が高く、お金の無駄遣いかもしれないので要注意。
◆◆◆
それぞれが自分の食べたいものを打ち込み終わった。
「飲み物取ってきますけど、何がいいですか?」
「サザエジュース~」
何それ初耳。どこに需要があるの? 高級食材の使いどころを絶対に間違えている。
「そんなのがあるんですか?」
「あるよ~。珍しよね~」
「どんな味なんですか?」
「サザエの味。おいしいとは言えないけど凝縮されたサザエのコクと苦みがクセになる一品」
美味しくないのかよ。珍味みたいなものだろう。
愛媛県だと蛇口からみかんジュースが出てくるらしいから、この土地の名産品である魚介をジュースにしてドリンクバーから出てきてもおかしくないかもしれない。いや、おかしいよ。出汁を取ってスープにするならまだしもなぜジュース?
ドリンクバーの前に立ちラベルを見ると本当にサザエジュースがあった。コーラ、オレンジ、リンゴと続いてサザエ。サザエの存在感たるや。
コップを1つドリンクサーバーに置き、サザエのボタンを押す。流れてくる濁った水と磯の香り。
「磯臭っ」
思わず声が出てしまった。
先輩の分を入れ終わって、僕はりんごジュースを入れようと思ったが指が止まる。そしていつの間にか指はサザエのボタンを押しており、コップの8分目まで入ったところで指が離れる。好奇心に負けた。
「お待たせしましたー」
「ありがとう~。叡人君もサザエジュースにしたんだね~」
「好奇心という怪物には抗えませんでした」
「よいよい。まあ、コーヒーを想像してよ。コーヒーって初めて飲んだ時は苦いとしか思わなかったでしょ? でも今ではその苦みや香りを楽しめている。サザエジュースにも同じことが言えるよ~」
絶対に違う、と言い切れなかった。確かに最初にコーヒーを飲んだ時はこんな黒くて苦い液体を飲んでいる人間がいることが信じられなかったが、今ではおいしく飲めている。サザエジュースにもその時がやってくる可能性があるということか。
「お待たせしております。フライドポテ、うっ」
店員さんが完全に引いている。「サザエジュース飲む人間いるのかよ」って顔に書いてある。
「ごほん、残りのご注文、ただいまお持ちします」
咳払いをして厨房に戻った。戻ったというより逃げたに近い。
「うっ。チーズハンバーグのライス&スープセットのお客様」
別の店員さんが来たが同じく引いている。僕の注文の品だ。片手をあげて自分の注文であることを伝え提供してもらう。
子どもっぽい? 空気が読めない?
そう思ったそこのお前、あんな診断気にするなんて馬鹿だぞ。心理テストを真に受けていいのは女子小学生だけ。
「生ハムときのこの温泉たまご乗せピザのお客様」
ピザは先輩に提供される。
「ごゆっくりどうぞ」
店員さん足早にいなくなった。
「料理も揃ったところで乾杯するよ~」
先輩がコップを掲げたので僕もテーブルに置いていたコップを掲げる。下から漂った磯の香りは顔の前に移動した。
「それでは、写真部の廃部危機回避に1歩前進ということで、かんぱ~い!」
「かんぱーい!」
2つのコップがこつんと音を鳴らす。
サザエジュースをごくごく飲む先輩に背中を押されて僕も口をつける。
これは……!
まっず。
「げほっ、げほっ、ごほ」
苦っ。臭っ。これが癖になるなんて嘘だ。
口に入れる前に鼻を通る磯の塩気のある香りがコップの中に凝縮されていて生臭いどころではない。舌の上に広がるのはサザエ独特の苦みと塩気。
本来サザエは磯の香りと苦みが特徴的だが、それがサザエの身の歯ごたえと噛めば出てくる甘さの良さを引き出している。
サザエジュースには歯ごたえや甘味が一切なく、サザエの悪い部分を抽出した飲み物である。
「これ、毒です」
僕のひとりごとを無視して葉月先輩は悶えている姿を昔を懐かしむような優しい笑顔で眺めている。
「ふふふっ。私が初めて飲んだときを思いだす~」
こんなゲテモノを飲ませた先輩を1度睨んでから僕はドリンクバーに水を入れに行った。
コップに満タンに注いだ水を一息に呷る。口の端から垂れているが全く気にならない。
「うめ~」
マラソン大会の後の水くらいうまい。なんだか甘みすら感じる。空いたコップにまた水を入れてから席に戻った。
「大丈夫~?」
絶対に心配なんてしていない、面白がっている顔で問われる。普段なら茶目っ気のあるこの笑顔に毒気を抜かれていたところだが、今の僕には効果はいまひとつ。
「大丈夫じゃないですよ。なんで先輩は普通に飲めるんですか?」
「毒効かない体質なんだよね~。小さいころから飲んでるから体に耐性ができてるんだ~」
多分ゾルディック家で生まれている人だ。本名はアヤネ=ゾルディック。
「僕は2度とこんな飲み物飲まないですよ」
塩と油でコーティングされたポテトをつまんで口の中を上書きする。噛むとほぐれるほろほろのジャガイモが口の中の水分と一緒にサザエ成分を吸い取ってくれる。
思わぬトラブルで少し時間が経ってしまったが食事を再開する。
「「いただきます」」
やはりチーズとデミグラスソースとハンバーグの相性は最強。
「叡人君のハンバーグ、おいしそうだね~」
葉月先輩が物欲しそうな目で見ている。
やはり来たか。先輩がピザを頼んだということはトレード狙いの可能性があると予想していた。が、僕には通じない。なぜならトレードとは対等な価値で成立するもの。小麦と肉では等価交換の法則は成立しえない。さらにさっきは煮え湯を飲まされる、いやサザエジュースを飲まされる結果になったから感情的にも先輩の申し出は断りたい。トレード不成立の条件はクリアされた。あとはイレギュラーさえ起きなければ。
「叡人君、はい、あ~ん」
馬鹿な!「あ~ん」だと……。普通なら成立しえない小麦と肉の交換だが、そこに「美人な先輩のあ~ん」という付加価値をつけることで小麦の交換価値を一気に引き上げた。さらにお昼では拒否していて2回目も拒否するのは少しハードルが高い。
認めよう、あなたは強者だ。だが、断……れない。
「いただきます」
先輩の指を舐めないように最大限の注意を払い、ピザを食べる。僕が食べ終わると同時に切り分けられたハンバーグを先輩が食べる。
「ん~、ハンバーグも美味しいね~」
やはりピザを頼む人間は卑しいのか。いや先輩の場合はあざといと言ったほうがいい。
「ごめんね、叡人君のハンバーグを見ているとどうしても食べたくなっちゃって~」
謝るなら可愛くてごめんと言うべきだ。
「気にしないでください。僕も先輩のピザ、気になっていたんで」
正確には先輩があ~んしていたピザ。
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