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20 デイズ

 木の隙間を縫って入れば意外と通りやすかった。地面も踏み慣らされていたから人の出入りがあるのだろう。


 外観を正面から見た印象は「何か出そう」だ。実は肝試しのスポットに使われた施設なのではないかと思うくらい怪しげな雰囲気をしている。


「先輩はホラーとかは大丈夫ですか?」


「あんまり得意じゃないけど、この建物は気になるな~。お昼だからお化けは出ないよね?」


「どうでしょう。とりあえず人がいるかだけ確認しましょう」


 僕は扉を軽くノックする。


 が、反応はない。返事がない、ただの屍のようだ。


 錆びたドアノブを握り、ゆっくり押すと、ギイィと不気味な音を立てた。


「鍵、開いてますね。入ってみますか?」


「入っちゃだめそうな雰囲気があるけど、それが逆に入りたくなる気持ちを掻き立てる~」


 激しく同意。倫理観よりも好奇心が勝ってしまう。


「すいませ~ん」


 遠慮がちな声で顔だけを部屋の中に入れる。古い外観とは裏腹に中は暗いが埃っぽさはない。もしかしたら日常的に使われている場所で幽霊とかはいないかもしれない。


「中に誰もいませんよ」


「「ナイスボーーーーート!!!!!!!」」


 僕と先輩は同時に叫んでいた。


「うわっ。びっくりしたー」


 身長180cmを超える筋肉質な体を持つその人はあまり神主には見えないが、袴を着ているから神社の人なんだろう。


「こんなところで何をしているんだい?」


 その人は不法侵入と言えることをしている僕らを咎めるような口調ではなく、柔和な、自然と人を惹きつけるような笑顔で問いかけた。


「えーと、ちょっと道に迷ちゃって」


 こんな見つけにくい場所だから苦しい言い訳だ。


「なるほどー、ここの神社って広いもんね。でも勝手に中に入ろうとするのはよくないよ」


「すいません」


 あれ? 怒られないのか?


「でも、関係者以外立ち入り禁止の場所に入ったから少し罰を与えよう」


 その人の優しい笑顔に影が差した。


「罰……?」


「そんなに怖がらなくていいよ。大したことじゃない。ここの神社のプロモーション動画を撮ったんだけど、イマドキの子の意見も参考にしたくてね。それを見て感想を教えてくれればいいから」


「そんなことでいいなら大丈夫です。

 先輩はどうですか?」


「私もいいよ~」


「ありがとう、場所を移そうか」


◆◆◆


 道すがら少し雑談をした。神主って素朴な雰囲気があると思ったがこの人はとても華やかな存在感がある。大柄で焼けた肌はスポーツ経験者って感じがするし、年齢はわからないが、明るい茶髪と甘いマスクは垢ぬけた大学生を思わせる。


「今日はデートだったの?」


 いきなりぶっこんできた。


「で、デートじゃないですっ」


 葉月先輩がちゃんと否定した。否定されないがほうが嬉しかった泣。


「照れなくていいって」


「照れてません~! 部活です!」


「何部? デート部?」


「だから違いますって~。写真部です。からかわないでください~」


 打ち解けるの早いな。コミュ力お化けだ。


「いいカメラ持ってるもんねー」


「これは叡人君から借りたものなんですよ~」


「へー、カメラが好きなのか?」


 僕にも自然に話を振ってきた。


「はい。昔からよく撮っていました」


「なら、この神社もかっこよく撮ってくれよ。ついでにオレも」


 きれいな白い歯を見せてニカっと笑う姿が眩しすぎて別の世界の人間に見える。


「着いた。ここだよ」


 案内されたのは神社の別館のような場所だった。


 靴を脱いで部屋に入るとプロジェクターと大きなスクリーンがあった。


 部屋は薄暗く窓やカーテンは完全に閉められている。エアコンも効いていて少し寒い。


「今からスクリーンに動画を写すね。時間は10分くらい。そこに座って楽にしてていいよ」


 流れ始めた動画から、まずは龍守神社の説明から始まった。歴史や祀っている神様、ご利益について簡単な解説があった。


 だが、ところどころ変な映像や音声が混じっている。


 ビビッドな色で構成された幾何学模様が万華鏡のように動く映像。


 人々が殺し合う白黒の戦争の映像。


 仮面を被った何かが不安を煽ってくる。


 音楽は体がぞわっとする、背中に蜘蛛が這っているような不快さで、怖くて気持ち悪くて頭がグラグラする。


 だが、慣れると今度は快感に変わっていく。さっきまでの不快感が嘘のように体中からこれまで味わったことない快感に包まれていく。


 バタンッ

 勢いよく扉が開かれた音がした。


「何してるの⁉」


 突然、女の子の声が部屋に響いた。映像と音声はすでに切られていた。


「ちっ。いさな、急にどうした?

 今は神社にいた若者にここのPVを見てもらっていたんだよ」


「そう……。七森さん?」


 意識ははっきりとしていないが自分が呼ばれた気がする。


「七森さん!」


 自分の前まで女の子が駆け寄り、肩を揺さぶっている。


 闇に溶けるような濡れ羽色の長い黒髪、きれいに切り揃えられた前髪。大きな黒目は海の底のように暗い。紅白の巫女服を着ているが間違いなくこの町で最初に知りった子だ。


「ああ、クリスか。なんでこんなところにいるんだ?」


 微睡(まどろ)んでいた意識は覚めた。


「それはこっちのセリフですよ!」


「僕は写真部の活動でここの神社の写真を撮りに来ていたんだよ。で、少し探検してたらこの人に神社のプロモーション動画の感想を聞きたいって言われて……」


 そういえば、動画ってどんな内容だったけ? あまり覚えていない。


「神社は私が案内してあげます。とにかく早くあの人から離れてください。何を見せられたかはわからないけど動画は見ちゃだめです」


 僕にしか聞こえないひそひそ声だが、身の危険を案じているような張り詰めた声と焦りが伝わる目で忠告した。クリスの動揺をすごく感じる。


「こんなところで何をしているの?」


 冷たく咎めるような声が響いた。


「げ、おばあちゃん」


 クリスにおばあちゃんと呼ばれた女性は、年老いているが背筋は曲がっておらず、折り目正しく着ている和服も相まって凛とした立ち姿である。顔に刻まれた皺と白髪、射殺すような鋭い目つきが一目で厳しい性格だと思わせる。


「油売ってないで稽古に戻りなさい」


「え、でも」


「いいから戻りなさい。清正(きよまさ)さんの邪魔をするんじゃありません。罰として境内の掃除もしなさい」


 クリスの祖母?はクリスの手を引っ張って消えていった。


「なんかごちゃごちゃしてごめんねー。俺も怒られたら怖いから仕事に戻るよ。鍵閉めたいから先に出て」


「わかりました」


「先輩、行きましょう」


「……」


 目がうつろで反応がない。


「先輩!」


「はっ。ごめん、ちょっとぼーっとしてたよ~」


 大きめに声をかけて先輩の意識は戻った。


「ここを早く出なきゃいけないので、行きますよ」


「え? あ、うん」


 僕もよくわからないが、クリスが早く離れたほうがいいと言っていたし、清正と呼ばれた人も戸締りをしたいらしいから外に出る。


◆◆◆


「叡人君って動画の内容覚えてる? 私、途中からぼーっとして、ふわふわした気分になっちゃってて何も覚えてないんだよね~」


 神社から出る途中、動画について2人で話した。


「僕もあまり覚えてないんですよね。奇妙な映像と音楽で先輩と同じような気分になったと思うんですけど。それに感想も聞かれなかったですし」


「変だよね~」


「ですね」


 変と言えばクリスだ。巫女服だったからここの神社で働いているのだろうか。いや、小学生だ。あの老婆をおばあちゃんと言っていたからここはクリスの家なのかもしれない。稽古と言っていたから単に習い事をしているだけだろうか。


 クリスのあの男の人に対する警戒心も気になる。あんなに慌てる様子は異常だ。


「どうしたの~、顔怖いよ?」


「なんでもないですよ」


 考え事をしていたことを誤魔化すために笑って受け流す。


 鳥居の前まで来ると巫女服を着た黒髪の少女がいた。ほうきで掃き掃除をしている。


「クリス」


 声を掛けたが気づいた様子がない。


「クリス!」


 少し大きめの声を出したが、こちらを振り向かない。人違いだったのだろうか。


「知ってる子なの~?」


「ええ、まあ」


 さっきもクリスはいたが先輩やっぱり覚えていないようだ。


「クリスー!」


 ようやくこちらを振り向いたが、周りを見渡して他に人がいないか確認している。


「君だよ」


 目が合ってもきょとんとしている。


「私?」


 聞き馴染みがあるアルトの声だが、雰囲気が少し違う。


「そう」


 僕は頷いて答えた。


「……………

 ……………

 ……………

 ……………

 何が何だかわからない

 ……………」


 Lかよ。細かすぎて伝わらないモノマネだ。俺でなきゃ見逃しちゃうね。


「おまえが今目の前にしているのは七森叡人だが新世界の神だ」


 自分の邪悪さを認めながらも自らに正義があることを確信しているサイコパスぶりを見事に表現している。


「誰、ですか?」


 伝わっていない……だと。


 そもそもネタが伝わる伝わらない以前に僕のことを知らない態度である。少女の目は見開かれて揺れている。目尻には涙がたまっている。


「いさな、どうしたの?」


 さっきの老婆が姿を見せた。いさなと呼ばれた少女は真っ直ぐ駆け寄り、背中に隠れるだけで何も言わない。


 姿形はクリスそっくりだがまるで違う。クリスは明るく元気で男子高校生の僕にも話しかけられる物怖じしない子だった。年の離れた人間と会話ができるという意味では大人びていた。


 しかし、目の前のいさなと呼ばれた少女は違う。年相応に幼いのである。男子高校生を怖がっている。


「私の孫に用があるのかしら?」


 警戒心と威嚇たっぷりの視線を全身に浴びる。氷の剣を首筋に当てられている気分だ。


「いや……」


 辛うじて振り絞れたのはたったの2文字。


「そう、行くわよ」


 いさなと呼ばれた少女は老婆の和服の袖をつまんでついていく。


「綾辻クリスさん、君は綾辻クリスさんだよね?」


 なぜか呼び止めてしまい、届くはずもないのに手が伸びる。


「……」


 一瞬だけ振り向いたがそれだけだった。


「ごめん、人違いでした」


 伸ばした手は何も掴むことなく元の位置に戻る。


 少女と老婆は立ち去った。


 本当に人違いなのだろうか。クリスがふざけて僕のことを知らないふりをしているのか。あの怯えようは演技だとは思えない。だとしたら別人ということになる。


「叡人君、小さい女の子をナンパするのは犯罪だと思うよ~。

 ああいう子が好みなの? 男ってやっぱり若い女がいいの?」


 2人の姿が完全に見えなくなってから先輩が言った。前半はふざけ半分で言っていると思うが後半は真に迫った気迫というか恐怖を感じた。


「小学生にナンパなんてしないですし、年下が好みというわけでもないです。会ったことがあるから話しかけたんですよ」


「前世で~?」


「僕は中二病じゃないです。最初にこの町に来た時に声を掛けられたんですよ」


「じゃー、逆ナンか~。なるほどね。あの年くらいの女の子って高校生がすごく大人に見えるから声かけちゃう気持ちわかるかも~」 


 先輩が1人で「うんうん」と腕を組んで首を縦に振って勝手に納得して、勘違いしている。この世界のどこにナンパの一言目をコードギアスの名言にする人間がいるのだろうか。絶対に頭がおかしい人間だと思って近づかない。僕は近づいてしまったわけだが。


「逆ナンでもないです。同じアニメが好きでそれがきっかけで話しただけですよ」


「同じアニメが好き、そういうちょっとした共通点で運命を感じちゃう年頃なんだよ~」


 葉月先輩は恋愛脳なのかもしれない。季堂鋭太の爪の垢を煎じて飲ませたい。


「でもそのうち悟るんだよね~。年の差恋愛もいいけど、やっぱり価値観が合いにくかったりして、同い年かプラマイ1歳か2歳がいいって思うようになるんだよね~」


 両手で顔を覆って体をくねらせている。恋愛脳スイッチが入ったようで自分の世界に入り込んでいる。「きゃ~」とか「わ~」とか言って1人ではしゃいでいる。


「その相手って叡人君だよね。あの女の子が狙っているのは叡人君。叡人君は年下は好みではないと言っていたけど、あんなに大和撫子してる可愛い女の子に言い寄られたらどうなるかわからない。愛があれば年齢差なんて関係ないってよく言うし。だから小学生でも愛さえあれば関係ないって言って叡人君と結ばれちゃうかも。ハライチの岩井は結婚までしてる。ていうことはあの子とそこまで行く可能性も……」


 ものすごい早口で何かをしゃべったかと思うと、顔を覆っていた指の隙間から目だけ出して、ぐぎぎぎぎと音がするくらいゆっくりと首を動かして僕の方を見た。虚ろな目が僕を捉えた。


「結婚したの? 私以外のやつと」


 この人は何を言っているんだ。一体先輩の中でどんな思考の結果、この結論に帰結したのか知りたい。僕、気になります!


「落ち着いてください。僕はまだ結婚できる年齢じゃないです」


「ってことは18歳になったらするってこと?

 あえて言おう、ロリコンであると」


 本当に頭どうなってるんだ? 君の脳みそを食べたい。


「戻ってきてくださーい」


 ぺちぺち頬を叩く。すべすべな肌を叩いていることに罪悪感を抱きつつも、元に戻るまで徐々に力を強くする。


「はっ。私は何をしていたの?」


 往復ビンタをしていたと言っていいくらいの強さで叩き始めたあたりで目を覚ました。虚ろな目は光を取り戻した。


「よくわかりませんが、よくわからない発言していました」


「そう」


 よくわからない僕の説明に納得したのかよくわからないが、先輩は元に戻った。


「熱い」


「え?」


「なんか私の頬が熱い~」


 ビンタしてたからね。


「なんかうなされていたようなので悪い夢でも見て少し興奮しているんじゃないですか?」


「夢……、そう言われると悪い夢を見ていた気がする~。ありがとう、助けてくれて」


「いえいえ」


 ビンタしてだけだから。


「なーんかお腹空いちゃった~。ご飯食べに行こうよ~」


 夕日を見ながら先輩は大きく伸びをした。


「歩き回って疲れたんで丁度いいですね」


読んでいただきありがとうございます!


作品が面白いと思った方は☆5、つまらないと思った方は☆1の評価をお願いします!


評価やブックマーク、作者の他作品を読んでいただけると大変うれしいです!


『悲しみの向こうへと

 たどり着けるなら

 僕はもう要らないよ

 ぬくもりも明日も


 でも高評価といいねとブックマークは要る』



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