18 アカネが来る
「いい写真がいっぱい撮れたね~」
「ですね、先輩センスいいですよ」
僕たちは浜辺と桟橋で写真を撮り終えて海を出るところだ。
「師匠の教えの賜物です~。ありがとう」
満面の笑みでお礼を言われて少し照れくさい。
「僕は大したことしてないですよ」
「またまたご謙遜を~。お礼にお昼ご飯おごってあげちゃうよ。近くにおいしい海鮮丼のお店があるんだ~」
「気使わなくていいですって。少し写真の撮り方を教えただけで大袈裟ですよ」
「少しは先輩にかっこつけさせない」
ぽふっと胸に拳をおいて先輩は言った。
「でも、先輩の財布に優しい注文をするようにね~」
格好いいところを見せたいのか見せたくないのかよくわからない。
「わかりました。1番高いものを頼みます」
「ちょっと~、話聞いてた~?
高すぎず、先輩がおごってあげた感が出るもの選んでね~」
店にすら入ってないのに注文多いな。
◆◆◆
クーラーが効いたお店に入って生き返る。
「いらっしゃいませー!」
奥から聞こえた若い女の店員さんの声が僕たちを出迎えた。
「何名様で……すか? って叡人くん⁉」
現れたのは赤茶色の和風な制服に身を包んだ茜だった。
茜は目をぱちくりしていて、口が半開きである。
「茜のバイト先ってここだったんだ」
「うん、慎吾に聞いたの?」
「たまたま来ただけだよ」
「そう、恥ずかしい……」
茜は手に持ったお盆で顔を半分隠している。
「別に恥ずかしくないだろ。制服似合っていると思うよ」
「うう~」
お盆で顔を全部隠してしまった。
「なになに~、知り合い~?」
先輩が話に入り込んできた。
「クラスメイトです」
「雨宮茜です」
「私は葉月彩音です~。よろしく~」
「茜ちゃーん、ヘルプ!」 茜は店の奥から他の店員さんから呼び出された。
「は、はーい!
では、席にご案内します」
顔付きが変わり仕事モードに変わった。
◆◆◆
内装は木を中心で落ち着いた雰囲気でありながらも、家族連れも多く活気づいている。
「こちらにお掛けください。
ご注文がお決まりになりましたら、ベルでお呼びください」
二人掛けのテーブル席に案内され、茜は完璧な営業スマイルで僕たちの前から去った。
「店内に生け簀や畳があって、こだわりを感じるいいお店ですね」
「そだね~」
棒読みである。
「どうかしたんですか?」
「別に」
沢尻えりか?
先輩がメニューを広げて二人で見れるようにする。
色とりどりの海鮮丼がのほか、定食や単品、デザートなど品ぞろえが豊富である。
「先輩はどれにするんですか?」
「ふっふっふ、私はもう決めるてるんだよね~」
おいしいものを見て機嫌を取り戻したのか、ビシっと指をさした。
「サーモンといくらの親子丼ですか、おいしそうですね」
大ぶりに切られたサーモン、炙りサーモン、ルイベ漬け、その上からいくらがかけられた丼だ。
「叡人君も遠慮せず好きなものを食べていいからね~」
色々あって悩みそうなところだが、結局1番最初に気になったものを選んだ。
ベルを押して店員さんを呼ぶ。
「お待たせしました」
茜が来た。アカメが斬る、みたいな語感。
「サーモンといくらの親子丼と三種の海鮮丼ください」
「かしこまりましたー。
ところで叡人くん」
「何?」
「転校早々彼女とでデートなんて君も隅に置けないなー」
肘でつんつんしながらからかってきた。
耳元でささやかれているのもあってぞくぞくする。
「そういうのじゃないよ」
「またまた~、あんなにオシャレしてる女の子を見てそれ言う?」
僕が恥ずかしそうにしているのを見て茜が追撃してきた。きっとさっき辱めを受けた(僕はそのつもりはなかった)ことの仕返しだろう。
「2人で何話してるの? 雨宮さんは仕事に戻ったら~?」
葉月先輩から黒いオーラが出ている。張り付けた笑顔の裏にある感情は読み取れない。
「ひっ。何でもないですよー。お似合いのカップルだなーって思って。ははは」
茜は一瞬で僕との距離を取った。葉月先輩のオーラを感じて逃げたのだろう。
だが、茜の発言で葉月先輩の雰囲気が180度変わる。
「か、カップル~? うそー、私たち全然そんなのじゃないのにー。
今日はデートじゃなくて部活で海に行ってただけだよ~」
葉月先輩は両手を頬に当てて体をくねらせている。なんか機嫌良くなっている。
「茜、もう行っていいぞ」
「う、うん」
先輩の態度の豹変っぷりに驚いているようだ。僕も驚いている。
「雨宮さんっていい子ね~」
茜がいなくなってから先輩が満面の笑みで言う。
「そうですね。転校してから僕のことを気にかけてくれてた優しい人です」
「ふーん、好きなの?」
「友達としては好きですよ。感謝もしてます」
「よかった~。転校した叡人君はクラスで孤立しているんじゃないかと思ったけど、あんな子がいたら問題ないね~」
先輩はほっとしたような表情を浮かべていた。
「そんなこと心配していたんですか?」
「だってさ、普通部員が私しかいない写真部みたいな地味部活選ばないでしょ~。
選ぶとしたらクラスに居場所が作れなくて、かといって大人数の部活もなじめない、そういう消去法でこの部活に来たのかなって思ってた~」
先輩が目当てで入ったんだよなー。会って数日でデートまでできたけど脈ありなのかな? 単に後輩を可愛がっているだけな気もする。
「クラスで孤立してないですよ。みんな優しいので、楽しく学校に通えています。もちろん、部活も楽しいです」
「嬉しいような、申し訳ないような~」
困ったような笑顔を見せながら髪をくるくるいじり始めた。
「なんで申し訳ないんですか?」
「私の不手際で廃部の危機に陥ってしまったからね~」
「気にしないでください。廃部の危機があるからこうして先輩と外で部活ができるんですから」
「叡人君……君はなんて優しい後輩なんだ」
先輩は感極まって涙目になり口元を手で押さえている。
「言い過ぎですよ。それに写真を撮る部活なんですから外に出ることが基本のはずなんで部室はなくても何とかなりますよね。
放課後は屋上とかで会うのもいいかもしれないですね」
「そうだね~。写真撮るなら外で活動がメインだね。お茶会ばかりしてたから気づかなかったよ」
「屋上でお茶会するのもいいんじゃないですか?」
「残念ながらうちの学校は屋上に入れないんだよね~」
「ええーーーー!」
「ちょ、驚きすぎだよ~。最近の学校はそういうところ多いでしょ~」
いやいやいやいやいやいや。地味な主人公がなぜか美少女と仲良くしている、生徒会の権力の強さ、唐突な廃部の危機。ここまで学園ものあるあるが揃ってて屋上には入れないだと……。
僕が衝撃の事実に愕然としていると注文した料理がきた。
「お待たせしましたー。サーモンといくらの親子丼と三種の海鮮丼です。ごゆっくりどうぞ」
また茜が来た。アカメが斬るみたいな語感。大事なことじゃないけど繰り返しました。
「うわ~、おいしそう~」
「写真よりも大きくて迫力がありますね」
はみ出るほど大ぶりに切られた大トロと宝石のように輝くいくら、圧倒的な黄色で存在感を主張するうにが1つの丼に収まり僕の目の前にある。
ゴクリと喉が鳴る。
「いただきます」
「いただきます~」
真っ先に箸を入れたのは大トロ。柔らかくて脂の乗った身が口に入れた瞬間に溶けて甘味が広がる。
次にいくら。小粒だが弾力があり、プチっと弾ける食感がたまらない。口の中に広がる塩気が大トロの脂を中和してくれる。
最後にうに。濃厚な苦みと鼻に抜ける磯の香りが絶品。単体で食べても美味しいが、大トロと合わせれば大トロの脂の甘さを引き立て、いくらと食べれば塩気を引き立てる。丼の最大の功労者である。
「叡人君、すごく美味しそうに食べるね~」
はっ。海鮮丼のうまさに気を取られて葉月先輩と食事に来ていることを忘れていた。慌てて咀嚼してお茶を飲む。
「ご、ごめんなさい。めちゃくちゃ美味しくて」
「気にしなくていいよ~。ここの料理って値段は少し高いけど味もボリュームも抜群だもんね~」
「先輩はサーモンが好きなんですか?」
鮮やかなオレンジ色のサーモンが白飯を覆い、その上からいくらがかけられている。
「うん、大好き~。古来より、マグロとサーモンどっちが美味しいか論争は起こっているけど私は断然サーモン派だね~」
サーモンでいくらを包んでご飯と一緒に食べる。なんて贅沢な……。甘さ、しょっぱさ、食感すべてを同時に楽しんでいる。
「ちなみにルイベ漬けってどんな味なんですか?」
「うーん、鮭醤油っていうのに漬け込まれているから基本は醬油味。でも下に舌に絡みつくようなねっとりした食感と魚の甘さが加わるから独特な味としか表現できないかな~」
「お酒に合いそうな珍味って感じですね」
「そう! すっごく相性がいいんだよ!! 本当に止まらなくなるよ~……」
先輩がテンション高めに同意してきた。
なんか今、聞いてはいけない話を聞いている気がする。
「って親が言ってたんだよ~。未成年だからお酒の良さなんてわかりませ~ん。鮭は好きだけどね~。なんつって、はっははは」
慌てようからしてガチ感が出てる。
「叡人君、ルイベ漬けは説明するよりも食べてみたほうが早いから。はい、あ~ん」
誤魔化すようにルイベ漬けをつまんだ箸を口元に持ってくる。
味は気になるけどこれは恋人どうしがやることなのでは? それに周りにも人がいる中でするのは恥ずかしすぎる。
「どうしたの~、食べないの?」
先輩は小首をかしげて尋ねた。あざとい。
先輩があ~んしてるのに日和ってるやついる?
「……」
僕は無言で先輩の箸を無視して自分でルイベ漬けを取って食べた。日和ってるやついます。
「む~、おいしい?」
スルーされて頬を膨らませている。
「はい」
「だよね~。この独特な味って癖になるよね~」
味わったことがない塩気と食感と粘り気が口の中に広がった。個性的な味で好みは分かれそうだが嫌いではない。
「先輩はこういう癖のあるものが好きなんですか?」
「うん、結構好みかも~。最初はあんまりおいしさが分からなくても食べていく間にその良さに気づく感覚がいいね~」
華の女子高生が持つような趣向じゃない。酒呑みのそれだ。
「お冷お注ぎしまーす」
「はーい」
来たのはまた茜だった。
お冷を入れ終わると僕にだけ聞こえるように言った。
「こんな公衆の面前であ~んするなんてアツアツだねー」
「いや、してないから」
「あのみんな見てる状況でよく拒否できたよね」
「みんな見てたの?」
「うん。熱々なカップルがいるなーっていう生暖かい視線で見てたよ」
まじかよ。恥ずかしすぎる。あ~んを拒否した僕の印象結構悪くなってるんじゃない?
「心配無用。初心な少年っぷりを見せた君の態度は評価されているよ。よっラブコメ主人公!」
心の声を聞いたのかよ。
うざいからどっか行ってもらおう。
「すいません、店員さんが仕事サボってます!」
「ちょ、おま、卑怯だぞ」
捨て台詞とともに逃げて行った。
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