11 しゃしん!
「ボクと契約して写真部に入ってよ」
葉月先輩は入部届の用紙を机の上に置いた。
「願いを叶える代わりに代償を支払わなけばならなそうですね」
上に縁がない眼鏡のブリッジを上げながら厳かな声を出して先輩が答える。
「そうだね。契約すればお前は人の世に生きながら人とは違う理で生きることになる。異なる摂理。異なる時間。異なる命。王の力はお前を孤独にする。その覚悟あるのなら…」
「いいだろう。結ぶぞ、その契約!」
ここにもオタクがいたよ。海で知り合ったJSもだが、コードギアスってそんなに流行ってるの?
大袈裟なやり取りだが、入部届に自分の名前とクラスを書いただけである。
「先輩、コードギアス好きなんですね」
「コーギー? 犬は可愛いよね~」
初めて聞いた言葉に対する反応であり、うまく聞き取れていなかった。コードギアスとコーギーは間違えないと思うけど。ま、ブリタニアの犬が多く登場するという意味では間違いじゃない。
「コードギアスっていうアニメです。知らないなら忘れてください」
アニメネタだと思ってツッコミを入れたら全然違ってて草。
『草』とか言って他人事にしたけどやっぱ恥ずかしい。
「今のと何か関係があるの~?」
ここで会話を終わらせたかったのに掘り下げてきた。お願い、これ以上の辱めを受けさせないで。アニメに関心がない人にアニメを解説すると相手の反応が微妙になってお互いが気まずくなるから絶対にやめてほしい。こっちの熱量が高かったときは特に。
「実はこの部活って10数年前からできてるんだけど、その時から勧誘するときはさっきの言葉を使うようになってるらしいんだよね~。
初代部長から続く伝統みたい」
僕に屈辱を与えたのはそいつか。
「なんで先輩はそのよくわからない伝統を守ってるんですか?」
「どうやって勧誘したらいいかわからないから慣習に従ってるだけかな~。実際に叡人君は入ってくれるから効果あるみたいだし~」
オタクを晒上げてるだけだろ。
「じゃあこれは私が咲ちゃん先生に渡しとくね~」
書き終わった用紙を葉月先輩が回収しようとする。
「咲って白石先生ですか?」
「そうだよ~。
あ、叡人君の担任だったね」
「ですね。クラスでいつも会うので自分で渡します
僕は入部届の用紙を掴む。が、葉月先輩は入部届を離さなかった。
「先輩?」
「私が渡すよ~」
「いえ、先輩の手を煩わせるわけには」
「わ た し が わ た す」
「あ、はい」
黒いオーラというか有無を言わせない圧みたいなものを感じて僕はすぐに手を引っ込めた。
「咲ちゃん先生と話す口実ができた~」
さっきの怖い雰囲気は消えて体を揺らしながら頬を緩めている。
「白石先生と仲いいんですか?」
「仲もいいんだけど、私の恩人だよ~」
「へぇ、何があったんですか?」
白石先生は学生から慕われているけど、恩人とまで言わせるほどの人だとは思わなかった。
「私が元カレに浮気されたかもしれなくて不安だって相談したことがあるの~」
先輩の彼氏がいた話に若干へこむ。そりゃあ、こんだけ美人でおっとりしてて少し抜けてるところがある人を男が狙わないわけないよなー。
でも、裏を返せば今は彼氏がいないという重要情報!
「先生に相談したんですね。そういうのって友達に言うイメージありますけど」
「友達に言ったってどうせ「大丈夫だよ」とか「とりあえず話してみたら」みたいなことしか言われないだろうし、あとでバカにされそうだからしなかったんだよね」
「なるほど。先生はどんなアドバイスをしてくれたんですか?」
「先生はね、『不安っていう感情は状況がはっきりしていないから起こるものなの。だからまずは事実の確認をしないとね』って言ってこのカメラをくれたの」
葉月先輩はさっきの超小型カメラを撫でた。
「ストーカーを生み出した原因はあの先生か」
生徒に慕われるいい先生だと思っていたけどろくでもないアドバイスをしていた。
「先生はこのカメラで証拠を記録して揺るがない事実を見つめるように言ったの~。その事実を受け止めたとき、自分が悲しみか怒りかそれとも別の感情を抱くか…。またその時に相談してって言われた~」
「先輩はどうしたんですか?」
「気持ち的には意外と前向きだったよ。次は浮気しないような一途な彼氏を見つけたいって思った。そのために自分磨きして元カレが羨ましがるような女になってやろうとか思った。
でも、やっぱり何か仕返しもしたかったから、元カレの家のドアと壁に女性ものの下着を大量に張り付けてめっちゃ悪目立ちするようにしたよ」
「嫌がらせの仕方が斜め上すぎます」
葉月先輩が頬杖をつきながら上を向いた。
「これがカメラにハマったきっかけかもね~。
この後から浮気だけじゃなくて麻薬とか人身売買の現場の写真を撮るようにもなったから。人が隠している何かを暴くのって快感……」
恍惚とした表情で自分の性癖を語る顔は女子高生の顔ではなくなく、1人の変態だった。
「危険すぎる部活内容! やっていることは探偵ですよ!」
「カメラを扱うプロであるカメラマンだって被災地とか戦場に赴いて写真を撮る人がいるんだから活動に危険を伴うのはしょうがないことだよ~」
「言っていることは違っていないですけど、頑張るところってそこなんですか?」
「部員は私1人だったから活動内容は私が自由に決められるからいいんだよ~。
ちなみに叡人君はなんでこの中途半端なタイミングで写真部に入ろうと思ったの?」
この部活に入った理由は葉月先輩が気になったからだが、会っていきなり告白みたいなことをするのはただのセクハラだ。
普通にカメラを始めた理由を話そう。
「時期に関しては僕が転校してきたばかりだからです。
カメラを始めたのは父の影響で、昔から色々な場所で写真を撮っていてそれで僕も始めました」
「じゃあ、今までいろ色々写真撮ってきたの?」
「ええ、まあ、そうですね」
写真を撮ることは好きだけど、写真を撮れなくなってしまっているから答え方に迷う。
「今までどんな写真を撮ったの?」
葉月先輩が興味ありげにしている。ここは写真を見せてアピールするチャンスかもしれない。
自分のスマホにアップロードした写真を先輩に見せた。
先輩は食い入るように僕の写真を見ている。
「専門的なことはわからないけど、思っていた以上に本格的だね~。君が写真を撮ることが好きってことが伝わってくるよ。
すごく練習したでしょ?」
「そうですね。でも良い写真を撮るには練習よりも大切なことがあるんですよ」
「へえ、何かな~?」
「観察することです。人を撮るにしろ風景を撮るにしろ観察すること、知ることが1番大事です。観察して観察して観察してその人や風景が1番輝く瞬間を見抜くんです。その瞬間がわかれば自然と写真は素晴らしいものになります」
「……」
先輩が固まっている。
やばい、つい語りすぎてしまった。少し気持ち悪かったかもしれない。イキっているように見えたかもしれない。
「叡人君みたいな写真が撮りたい。ちょっと感動しちゃったかも~。
私でも撮れるようになれるかな?」
「なれますよ。がんばりましょう」
正直、先輩は写真を撮るより取られる被写体のほうがいいんじゃないかと思う。
「嬉しいこと言ってくれるじゃな~い。彩音ちゃんお外走ってくる~!」
先輩は急に教室から出て行った。
◆◆◆
「おまたせ~」
先輩がニコニコした顔で扉を開けて戻ってきた。
「何してたんですか?」
「乙女に野暮なことを聞いちゃだめよ~」
「突然、教室から出て行ったら気になります」
「叡人君の入部届を咲ちゃん先生に出しに行ってたんだよ~」
全然野暮なことじゃないし、普通に部活の仕事をしてくれていた。
「ありがとうございます。先生何か言ってましたか?」
「明日、自分のクラスの生徒だけど、新入部員が入ったなら挨拶に行くだって。明日の予定は空いてる?」
「空いてます。ちなみに部活っていつ活動してるんですか?」
「私1人だけだったから特に活動日とか決めてなかったかな~。
最近は毎日ティータイムするために部室に来てたけど」
こういうゆるすぎる部活って実在するんだ。屋上に入れるとか生徒会の権力が強いとかくらいレアなんじゃないかな。
「なら、活動日や活動内容は明日先生と相談しましょう」
「真面目だね~。咲ちゃん先生も部活にすごく熱量があるタイプじゃないからそんなこと考えなくて大丈夫だよ~」
先輩は紅茶のおかわりを入れながらそう言った。
「じゃあ、白石先生は今の活動内容に何も口出ししてないんですね」
「ううん。少し注意されたことがあるんだよね~」
「何を言われたんですか?」
SASUGANI顧問としてこの緩すぎる状況を注意したのだろう。
「ダージリンのほうが好きだからそれを用意しろって言われた~」
いや、紅茶の話かよ。
「私はアールグレイしか飲まないのに~。
叡人君はどっちが好き?」
「僕は紅茶飲まないですねー。コーヒーが飲みたいです」
「まさかの第三勢力~」
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