1 DKとJSが交差するとき、物語は始まる
結論だけ、言う。
失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した私は失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗
って、バイト戦士になってる場合じゃない。
今、何回目だっけ?
もう覚えてない。
でも、やらなきゃ。未来を変えたいから。
◆◆◆
青すぎるくらい青く、それでいて爽やかに澄み切った空。
鳥の鳴き声と頬を撫でる風と風に乗せられた潮の匂いが心地いい。
味覚以外の感覚が街の空気に包まれて学生なのに平日の昼間に出歩く罪悪感はいつの間にか消えていた。
こんなに豊かな海の町であれば味覚が満たされるのも時間の問題だろう。
照りつける初夏の太陽に目を細めながら、港に近い海沿いの歩道を僕は歩いていた。
海に突き出るように設置された木の桟橋の先端にランドセルを背負った白いワンピースを着た女の子がいた。
海に落ちそうなぎりぎりな所に立っているのに「危ない」とは声をかけなかった。
小学生がこの時間に出かけていることへの疑問もぶつけなかった。
代わりに僕は首にかけていたカメラを構えていた。
ピントを合わせて、あとはシャッターを切るだけという状態で僕の手は動かなくなった。
やっぱりだめか。地元から離れた場所に引っ越しても変わらなかった。写真を撮ることができなかった。
カメラを構えたままの僕に気づいて女の子が振り向いた。
ファインダー越しにだが、目が合った。
「どうしたの、撮らないの?」
少し距離は離れていたが、確実に僕に話しかけている。
桟橋の先端にいると小さい女の子が海の真ん中に立っているように見えた。
そんな姿が絵になると思ってカメラを構えてしまった。どうせ撮ることなんてできないのに。
僕がまだ撮れていないことを知っているかのように女の子は続けた。
「それとも気づいた? 撮っていいのは撮られる覚悟があるやつだけだって」
女の子は右手で顔の左半分を隠しながら不敵に言った。
「なんで現代の小学生がコードギアス知ってるんだよ」
令和6年にコードギアスを知る小学生に会った興奮から、同級生にツッコミを入れるような感じで声をかけてしまった。
かけられた声に怖がっていないだろうか。
気になってカメラを下げて桟橋の方に向かった。
「名作に年齢なんて関係ない。それぞれのキャラクターの正義、信念、理想が絡み合う人間の物語。それがぶつかり合うナイトメアの戦い。毎話毎話予想の斜め上を行く予測不可能で手に汗握る展開。1話ごとに感想を書き込んで仲間と語り合ったこともあった。そしてなんといっても最終回。これまでのすべての物語がこの展開のためにあったと思わせるくらいのきれいな終わり方!
これ見てない人間は人生損しているよ」
初対面の高校生の男にかなりの早口でまくし立ててきた。多分、こいつは厄介な古のオタクだ。自分の得意分野になれば周りが見えなるタイプだ。僕もコードギアスは好きだが、関わるのはやめておこう。
「小学生でそこまではっきり自分の感想を言えるなんてすばらしいね。じゃあ、僕はもう行くから君も気をつけてね」
もう少し桟橋から見える海の景色を堪能したかったが、すぐに踵を返した。広大な海の中に自分もいるような壮大な景色だったから、今度ゆっくり見に行こう。
「ちょっと待って」
少し大人びたアルトの声に呼び止められた。
「何?」
「女子小学生を盗撮しておいてこのまま帰れると思った?」
「いや、撮ってない」
周りに誰もいない空間に小学生がポツンと1人海の中にいるように見えた光景は幻想的だった。実際に近くに来て女の子を見ても可愛らしいと思った。
闇に溶けるような濡れ羽色の長い黒髪、きれいに切り揃えられた前髪。海の町で育ったようには見えない色白で華奢な体。大きな黒目は海の底のように暗い。俗に言う「お人形さんみたい」を体現した見た目である。
「そんな高性能そうなカメラをクビに提げて、最高の被写体がいて、撮っていないなんておかしいでしょ。
小学生は最高だぜ!って感想の一言くらい言えないの?」
「いや、本当に撮ってないんだよ。
カメラの履歴見せてあげるよ」
僕はカメラを操作してこれまで撮った写真を見せて女の子が写っていないことを説明した。カメラを女の子にも渡して自分で確認もさせた。
「ホントに撮ってないじゃん」
「だからずっとそう言ってるだろ」
「疑ってゴメソゴメソ」
全く謝罪の意など感じさせない謝罪をされた。
「それよりもさ、お兄さん写真撮るの上手だね!
この世界のどこかにある風景のはずなのに、現実離れした神秘的な写真たちを見ると異世界に冒険したような気分になるね」
女の子は僕の撮ったこれまでの写真を食い入るように見ながら目を輝かせてそう言った。
今でこそ写真は撮れなくなってしまったが、自分の作品を褒められるとやっぱり嬉しい。小学生に褒められて嬉しくなっていることが照れくさくて僕の口調は少しぶっきらぼうになった。
「あ、ありがとな」
目線を合わせずに目を合わせずに言うと、女の子はニヤニヤし始めた。
「照れるなよ~、コノコノ~」
肘で小突いてくるこの小学生が生意気でムカつく。
だが、急に真顔になる。さっきまでのふざけた雰囲気もなくなった。
「景色って変わっていないようで変わるんだよ」
「え?」
「空気、温度、湿度、匂い、光、風……色々な要素が一瞬一瞬で変わるから、景色も少しずつ変わる。お兄さんの写真はそれらの要素がピッタリ重なったその景色の最高到達点を一生残る形にしてる」
「そうか」
僕は感情が出ないように無機質な声で短く答えた。露骨に照れるとさっきの二の舞だ。
「仮に景色が変わらなくても自分が変わって見え方が変わってくる。昔はこの海を見てただ大きくてきれいな海だと思ってた。
でも、今は違う。この海は多分何百年何千年と同じ姿のまま。それを思うと自分がどう足掻いたって無駄なんじゃないかって思えてくる」
僕のことをからかっていた子どものような表情は消え、年齢に似合わない憂いを帯びた顔をしている。
何に対して今の発言をしたのかわからなかったから僕は彼女の独り言だということにした。
しばらくお互いに何も言わず海を眺めていた。
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