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人外たちの日常  作者: 甘夏 みかん
第一部
9/66

9.敵に泣かされる話

 いつも通り囮役を買って出た兎舞がわざと捕まって数分後。彼女に持たせた盗聴器から啜り泣きが聞こえてきて、水綺の制止も待たずパソコンで既に特定した拠点に乗り込んだ白雪と希威。腑が煮え繰り返りそうなほど憤然している二人は、きっと拠点を全損させてしまうだろう。今回の依頼内容は研究員だけの排除だ。水綺は慌てて二人の後を追い掛けた。すぐに追いついて三人で拠点に乗り込むと、先頭の希威が扉を蹴り開ける。


「兎舞! 無事か!?」


「はぁ、は、ぁ……に、にいさぁん……」


「なっ!?」


 薄暗い研究施設内の実験室、扉の奥に広がっていたのは、頭上でまとめた両手を鎖で拘束された涙目の兎舞だった。それも、気息奄々な状態で、ぐったりするほど泣いたらしい。掠れた声で名前を呼ばれて絶句した希威の隣、静かに巨大な鋏を召喚した白雪が、怒りの炎を燃やした冷ややかな双眸で周囲の研究員を睨み、低い声で尋ねた。


「お前等、兎舞ちゃんに何したん?」


「ちょ、ちょっと待て! これは拷問で……ッ」


 焦燥に駆られた表情で保身に走った一人の研究員が、両手を振りつつうっかり口を滑らせて地雷を踏み抜く。二人を落ち着かせる為に来たはずの水綺も、流石に感情を制御できず瞳に敵意を装填した。殺気を込めた憤怒の炎を背負う目で静かに訊く。


「兎舞に拷問するなんて死刑に値するわよ?」


「自分たちの欲望をぶつけたんなら尚更な」


「味わった幸福感を地獄に塗り替えてやるよ」


 容赦のない咎める視線を突き刺す白雪と、こめかみに青い癇癪筋を走らせた希威も続き、実験室に居る数十人の研究員達を一斉に怯ませた。だだっ広い研究施設と無駄に整った設備により、依頼人から聞いた研究員の数はこれで全員じゃないと分かる。水綺は一箇所に集まっていないことに厭わしく思い、チッと遠慮なく舌打ちをした。


「お、おい、落ち着け! 誤解してるぞ! 俺達はただ、見せただけ……」


「兎舞ちゃんに触ってなくても重罪やわ!」


「ぐはっ!」


 森閑とした室内に響いた舌打ちに、大袈裟なほど肩を跳ねさせた一人の男が弁明を試みるも、またしても地雷を踏み抜く。結果、白雪に蹴り飛ばされた挙げ句、寿命を根こそぎ切り取られた。身の丈ほどの巨大な鋏に戦慄した周囲の生き残りが、青褪めた顔で一斉に走り出し白雪から距離を取る。


「何をしている! 早く鬼を捕まえた時に使ったガスを撒き散らせ!」


「無駄よ。兎舞は俺達に拠点を教える為に、わざと捕まったんだから」


「そうそう。人間用のガスなんて、妖怪の俺達に聞く訳ねぇじゃん」


「もしも、妖怪に効くようなガスやったとしても、死神の俺にはどっちみち効果ないけどな」


 所長らしき眼鏡を掛けた男が部下に叫喚して鼓舞するが、超能力で逃げ惑う研究員達を捕まえて気絶させていく水綺と、生かすも殺すも自由故、遠慮なく捕まえた男を燃やす希威と、同じく躊躇せず寿命を奪う白雪が敵の希望に冷水を浴びせた。

 「ば、化け物……ッ」「ひいいっ!」と、逃げる気力も失ったらしい研究員達が、歯をガチガチと鳴らして絶望に陥っている。次々と倒れていく仲間を見て失禁している者も居た。と、兎舞の近くで腰を抜かしていた一人の男が、未だにポロポロと泣いている彼女に助けを求める。


「ちょっ、鬼! お前の仲間達に弁解しろ!」


「ふ、うぅ。む、無理ぃ……」


「兎舞が泣くまで酷いことをしておいてまだ何か無理をさせるつもり?」


「おぐっ」


 可哀想なほど瞳を赤く腫らして泣き続ける兎舞に、首を横に振られた男が更に縋ろうとするのを止め、超能力で地べたに這いつくばらせて圧をかける水綺。重力に押し潰される寸前までめり込んだ男の悲鳴を無視し、仄淡い炎の如く儚げな兎舞の前に屈む。一応、水綺は全員生かしておいている為、とっくに気を失った男も圧死させる気はない。「あ、う……ずっきぃ……」と嗚咽混じりに名前を呼ぶ兎舞に柔和に微笑んだ。


「兎舞、大丈夫? もう少し待っててね」


「やだ、そばに居て……」


 立ち上がろうと片膝を突いた水綺に後ろから抱きつき、兎舞が大きくて頼りになる背中に顔を埋めて甘えてくる。捨てられた子犬みたいな儚くてか細い声と、腰に回した手で控えめに服を掴む手に庇護欲を駆られ、水綺から参戦するという選択肢をなくした。

 どこにも行かないよと伝える為に、お腹付近にある兎舞の手に己の手を重ねる。と、怒髪衝天といった具合で無双していた白雪が、目敏く兎舞に甘えられている水綺を見つけ、唇を尖らせてそばに駆け寄ってきた。


「ああっ、水綺ちゃんだけ狡い! うちも兎舞ちゃんのそばに居る!」


「待て待て、俺一人に始末を任せんな!」


「白雪先輩、もう此奴らで怒りは静めなくていいんですか?」


「そうやった。静めてからでも遅くないし発散してくる!」


 兎舞の元に到着する前に希威に襟首を掴まれた白雪は、水綺からの掛け声にハッと我に返って男達を睨んだ。既にほとんど死屍累々な施設内だが、巧みに拠点を隠す技術を持つだけあって、研究員の数がなかなかに多くまだ残っている。研究内容的に女人禁制なのか、男しか居ない生き残り達が慄き、蜘蛛の子を散らしたみたいに逃げて行った。白雪と希威がそれを好戦的な瞳で追い掛ける。


「いってらっしゃーい」


「シロさん、何で怒ってんです?」


「兎舞は知らなくて良いことよ。ほら、そばに居るだけでいいの?」


「えっ?」


 手を振って見送った白雪の背を不思議そうに見つめ、怒っている原因を探る兎舞に誤魔化して話を変える水綺。身体を方向転換してキョトンとする兎舞と向き合い、補足する。本当に分かっていない様子の兎舞は無意識だったようだが、先程からもっと甘えたいのに甘えられずそわそわしていたのだ。


「此処であったことなんて全部忘れるぐらい、兎舞のお願いを全部叶えてあげるわ。何をしてほしいのか言って?」


「あ、頭を撫でて、ギュッてしてほしいです」


「いいわよ」


 顔を綻ばせて頭を撫でながら優しく目を細めて微笑む水綺に、兎舞が脳天に乗った手を両手で掴み面映そうに願望を吐露した。逃がさないと言わんばかりに掴まれた自分の手に落とした目を、身長差で上目遣いになっている兎舞の涙で潤んだ瞳にかち合わせ、水綺は我が子を見守る親のような慈愛に満ち溢れた眼差しで肯く。ちなみに後で兎舞から聞いた泣いていた理由は、拷問として感動系の動物映画を観せられたからだった。

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