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人外たちの日常  作者: 甘夏 みかん
第一部
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8.睡眠薬を盛られる話

 スヤスヤと寝息を立てて眠っている兎舞を横抱きして焼き肉店の個室から連れ出し、駐車場に停めていたトラックの荷台にそっと寝かせる。鬼の姿で居るところを捕まえた為、和装姿で頭から二本の角を生やしていた。隣に乗り込んだ男が、口元に弧を描いて兎舞の頭を撫でる。薬で眠らせて誘拐したと思えないほど、瞳に慈愛の色を浮かべており完全に絆されていた。


「まさか、こうもあっさり睡眠薬を振った肉を食ってくれるとはな」


「強い割には警戒心がないみたいだな」


「綺麗な顔をしてる自覚がないのかねぇ」


「細い身体も実にそそるってのに」


 荷台に腰を落ち着けた他の男達も続々と集まってきて、無防備に熟睡している兎舞を撮影したり髪に触れたりして、様々な感情を宿した顔立ちで若くて美人な鬼を取り囲む。着物の上から華奢な身体を撫でて細さを確かめる手もあるのに、妖怪用の睡眠薬をたらふく体内に取り込んだ兎舞は起きる気配を見せない。また、男達の小声の中に撮影音が響いた。


「食ってるときの顔を見ただろ? 焼肉に夢中でそれどころじゃなかったんじゃねぇか?」


「あの顔、可愛かったな」


「目がキラキラしてたよな」


「情報を聞き出したら拠点でたらふく肉を食わせてやりましょうよ、リーダー」


 運転席に座ってハンドルを操作している男の話を起点に、太陽みたく明るい笑顔を咲かせていた兎舞の話で盛り上がる。捕虜である鬼が寝やすいように膝枕をした部下の提案に、リーダーと呼ばれた運転手の男もニヤリと口角を上げて肯いた。


「何でも屋の仲間について吐かせた後、殺すつもりも帰すつもりも毛頭ない。こんなに若くて綺麗な鬼、今後手に入るか分からねぇんだ。飼い慣らしてやる」


「ん、ぅ……えっ、あれ……?」


 リーダーから今後の予定を聞いた男達が声を潜めて歓声を上げる。すると、不穏な気配を感じたのか騒がしかったのか、兎舞が何度か瞬きをした後、大輪の花が咲き綻ぶようにゆっくりと目を開いた。まだ寝ぼけた顔で身体を仰向けに倒したまま、小首を傾けている。


「おっ、起きたか」


「ようこそ、我らの仲間へ」


「今日からお前は此処の一員だ、覚悟しな」


 邪悪な笑みや下品な笑み、明らかに情欲や劣情を含んだにやけ面で、まだ覚醒しきっていない兎舞に次々と声をかける男達。鬼の両手首は熟睡中に頑丈な手錠で縛り、戦闘中に活躍する棍棒も取り上げている。トラックの荷台に居る人数は、運転手を合わせて十人。流石に百戦錬磨と言われている鬼でも、この人数に太刀打ちすることはできないだろう。

 まだ体内に睡眠薬が残っているのか、再び眠ってしまいそうな兎舞を起こし、座らせて二度寝できないように指示するリーダー。膝枕をしていた男が従って細い体躯を座らせ、船を漕ぐ鬼に何も盛っていないペットボトルの水を渡す。身体の前で繋がれた手でペットボトルを持ち、兎舞が寝ぼけ眼でコクコクと飲み始めたところで、車が拠点に到着した。


「拠点に着いたぞ、車から下りろ」


「きょてん……」


「そうだ。巧妙に隠している場所だから助けが来るとは思わないことだな」


「さて、それじゃあ早速、壁に繋いで情報を売ってもらおうか」


 水を飲んで少しだけ目を覚ましたらしく、兎舞がポツリと呟いて眼前の建物を見上げる。このグループの拠点は、森の奥にひっそりと佇んでいる廃工場だ。メンバー以外、森の中に入れば迷子になって出られなくなるうえ、もしも辿り着けたとしても暗証番号がなければ入れない。

 妖怪であればシャッターを壊せるだろうが、廃工場の周囲には妖にだけ効く強力な麻痺薬を撒いている。嗅覚だけでなく皮膚からも体内に侵入するものだ。その為、兎舞が麻痺して苦しまないよう、一度、常時発生している麻痺薬を停止させる。兎舞を小脇に抱えようとした刹那。


「ふーん、もう着いたのか。意外と近かったんだな」


「は? 何を言って……」


「よ、っと」


 大きく伸びをして自ら荷台から飛び降りた兎舞が、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をする男に答えず、バキッと腕力だけで妖怪用の丈夫な手錠を壊した。細い手首に巻き付いていた手錠が地面に落ちる。今まで捕らえた誰にも破壊されたことがない拘束具を壊され、荷台に乗っていた全員が口をポカンと開けて唖然とした。

 面食らう組員に気付いて何度か目を瞬いた兎舞は、悪戯を成功させた子供みたいに口元に弧を描き、嬉しそうに誇らしそうに揶揄を孕んだ双眸を眇める。あどけなさの中から良い塩梅で醸し出された色香に、呆然としていた男達は一人残らず胸を撃ち抜かれた。そんな中、耐え抜いたリーダーだけは余裕綽々に口角を上げる。


「手錠を引きちぎるとは、流石だな。だが、さっきも言ったとおり、此処には誰も来ない。一人で俺達を相手にするなんて無謀なことは諦めて、大人しく壁に繋がれろ。そうすれば、優しくしてやる」


「拠点には妖怪用の薬が大量にある。お前一人じゃ、何も出来ねぇよ」


「もう一度、眠らせてやる」


 リーダーの余裕たっぷりな声色で、落ち着きを取り戻した何人かの部下達が、虎の威を借る狐みたく啖呵を切った。薬の存在を確かめる為か、兎舞の視線が素早く工場内を走る。リーダーの発言に嘘などなく、廃工場には多種多様な薬剤が置かれていた。

 次第に他のメンバーも余裕の色を復活させていき、それぞれが兎舞に使ってみたい薬を構える。それでも泰然自若な表情のままの兎舞は、サッと袂に手を入れて何かを取り出した。トランシーバーだと察した男が奪おうと身を乗り出したが、間に合わない。


「ずっきー、拠点に着いたです」


『了解。すぐ近くに居るから、先に始めてていいわよ』


 肩の力を抜くようなのんびりした声で報告した兎舞に、無線機の向こう側に居るであろう仲間の一人が答える。一足先に暴れる許可を得た兎舞が、トランシーバーの電源を切って袂に戻し、双眸を好戦的に光らせてニッと口の端を吊り上げた。ようやく現状を理解した他の者達が、青ざめた顔で次々と焦りを吐露する。


「しまった、通信機を持ってたのか!」


「まさか、常に持ち歩いてるとでも言うのか!?」


「過保護すぎるだろ!」


「わざと捕まって拠点の場所を突き止める作戦だったからに決まってんだろ、ばーか」


 目を剥いて仲間の愛の重さに男達は顔を引き攣らせる。途端、妖しい光を孕む瞳で微笑んだ兎舞が煽ると同時、吹き飛ばされたシャッターの向こうに見える三つの影。無線機から合図を貰って数秒もせずに辿り着いていた、嫉妬と怒りの炎を燃やす希威と白雪、保護者の水綺である。

 妖怪でも人間でもない死神の白雪は、廃工場の周囲に散らばった麻痺薬も効かない。男達はそんなこと露知らず、正常に作動している罠を物ともせず乗り込んできた三人に戦慄する。結果、困惑と焦燥と恐怖で大混乱に陥った男達は、リーダーを含めて五分もかからず崩壊した。

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