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人外たちの日常  作者: 甘夏 みかん
第二部
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26.脱走したぬいぐるみを捕獲する話

 とある複合商業施設の三階に店を構える玩具屋から依頼が届いた。内容は勝手に動いて店から出て行ったぬいぐるみの回収。大切な商品の為、なるべく傷付けずにお願いしたいとのことだ。一度勝手に動き回ったぬいぐるみなんて売れない気がするが、新しく用意する時間も資金もないのだろう。切羽詰まった声と必死な面持ちで傷付けないでくれと訴えられた。

 そんなに嫌なら、依頼すべき相手を間違えている気がする。確かに摩訶不思議で警察も動きにくいだろうが、水綺率いる何でも屋のメンバーは捕獲より破壊を得意とするのだ。手当たり次第に燃やし尽くす妖狐と、容赦なく人間の寿命を巨大鋏で削る死神と、手加減なんて言葉を知らない馬鹿力の酒呑童子。果たして、ぬいぐるみは何個無事に生き残るだろうか。


 店内を好き勝手に走り回るぬいぐるみを眺め、水綺は苦笑を頬に含ませる。店主の言葉を理解しているのか、お尻を振ったりわざとそばに来たり、なかなかに挑発的な行動を取ってくる。

 いつの間にか玩具屋に人が集まっており、店内から出られない状況なのが唯一の救いだ。「さて、そろそろ動こうかしら」と超能力を使おうとしたところで、兎舞が近くを走り回るパンダのぬいぐるみに目をつける。


「捕まえた」


 ギュッと両手でパンダのぬいぐるみを抱き締めた兎舞が悪戯気味に双眸を眇めた。妖しい光を帯びた瞳にときめいたパンダのぬいぐるみが硬直する。兎舞は気になっていた肌触りを確かめるべく、依頼人自慢の商品の頭を撫でた。

 ふわふわでもふもふな手触りを気に入ったらしく、そのままパンダのぬいぐるみに頬擦りをする。瞬間、羨望の眼差しを向けていた他のぬいぐるみ達が、自分も撫でろと言わんばかりに、無防備な兎舞に体当たりをお見舞いした。


「ちょっ、多い多い! うわあぁぁぁっ!?」


 ほぼ全てのぬいぐるみ達に正面から突撃された兎舞が、受け止めきれず地面に押し倒される。ぬいぐるみ達がここぞとばかりに仰向けに倒れた兎舞の身体の周囲や上に群がった。そして、長身痩躯を包む小袖の襟を開いたり、草鞋や足袋を脱がそうとしたり、帯を解こうと奮闘し始める。周囲の野次馬達が唾を呑む。

 「うええっ!? 何で着物を脱がそうとしてくんです!?」と慌てる兎舞だが、細い腕や曲線美を描く脚に大量のぬいぐるみが乗っており、身を捩ることも出来ず抵抗できない状態にされている。暴れたり乱されたことで顕になった生足や二の腕、鎖骨付近に、依頼主の男が小鼻を膨らませて血走った目を向けていた。


 ぬいぐるみ達は兎舞に夢中で此方を見向きもしない為、超能力を使って吹き飛ばすのも難しそうだ。いつまでも追い剥ぎされている兎舞を周囲に晒したくない。こうなったらもう、依頼人の意向を無視して引き裂いてやろうか。なんて水綺が物騒な考えを巡らせていると、冷たい瞳でぬいぐるみを睨めつけた希威が、地を這うような低く暗い声色で告げる。


「おい、ぬいぐるみ共。燃やされて消し炭になりたくなけりゃ、今すぐ兎舞から離れて正座しろ」


「なあ依頼人と周りの人間、今すぐ両手で目を塞がないと、意味もなく十年ぐらい寿命を貰うで」


「言っておくけれど、あの二人は本気よ」


「お、お前等、今すぐ言うことを聞くんだ!」


 全身から炎を溢れさせる希威に怯えたぬいぐるみ達が、焦燥に駆られた依頼人の怒号に従って兎舞から離れる。シュパッと目にも止まらぬ速さで希威の前に集まり、正座をしながら身を震わせていた。涙なんて出ないだろうに、今にも泣き出しそうな顔だ。

 ちなみに、白雪に寿命を狙われた野次馬達も同様で、顔を青褪めさせながら両手で視界を塞いで怯えている。百年前後しか寿命がない人間にとって、十年も奪われると致命的だからだろう。そもそも、妖怪だって人間だって寿命なんて刈り取られたくない。


「で? 何で兎舞の服を脱がそうとしやがった?」


「嘘を吐いても良いことないで」


「ていうか、ぬいぐるみ達って喋れるのかしら?」


 ぬいぐるみが怒気を含んだドスの利いた声の希威と白雪に怯える。水綺の問いかけにブンブンと揃って首を横に振った。喋れないらしい。しかし、意思疎通はできている。ということで、白雪が手前のぬいぐるみに紙とペンを渡した。


「これに書いて答えないと希威くんが燃やすで。なんで兎舞ちゃんを襲ったん?」


「シロさん、怒りすぎじゃね?」


「言っとくけれど、私と希威先輩も同じぐらい怒ってるわよ」


「うえっ!? 服を脱がされそうになっただけだよ?」


「それが地雷なんだよ」


 慌てて紙に文字を書き始める熊のぬいぐるみ。それを高圧的な態度で腕を組みながら睨む白雪。その後ろで、乱された小袖を整えた兎舞が、声を潜めて水綺に尋ねてくる。頭を撫でてあげながら、水綺はニッコリと笑みを浮かべて応える。目を丸くする兎舞を誰にも見られないよう、希威がギュッと腕の中に閉じ込めた。

 その間に熊のぬいぐるみが理由を書き終える。白雪に恐る恐る紙を見せた。希威と水綺も白雪の横に立って紙を覗き込む。『綺麗な人に構ってもらいたくて悪戯をした』と書いてある。要するに、兎舞に一目惚れしたから、一緒に遊びたかったらしい。「何で急に動けるようになったん?」と白雪が次の疑点を尋ねる。


「『店長さんがくれた飴玉を食べたら動けるようになった』?」


「ばっ」


 書かれた文字を読み上げた水綺は依頼主に視線を移した。依頼人は額に脂汗を浮かべ、焦燥に駆られたような表情をしている。顔を引き攣らせて暫し水綺と見つめ合った後、くるりと方向転換をして逃げようとした。逃走経路に先回りした水綺は、超能力で依頼人を地面に縫い付ける。


「ていっ」


「ぐあっ」


「どういうことか教えてもらえるかしら?」


 うつ伏せに押し潰された依頼人の前に屈み、水綺は冷酷な笑みを携えて有無を言わせぬ圧をかえた。ガタガタと震える依頼人の話によると、いつもの兎舞を狙う犯行だった。わざとぬいぐるみに妖気を込めた飴玉を食べさせ、依頼として兎舞を呼んだらしい。最近、こういうことが多くて困る。水綺は深い溜息を吐いた。


「もう二度とこんなくだらねぇ自作自演で俺等を呼ばねぇと契約しろ」


「する! するから燃やさないでくれ!」


 同じく面倒臭そうな顔で舌を鳴らした希威が、片手に炎を宿して契約書を見せつける。慌てる依頼人が妖怪の姿に戻り、契約書に妖気を流し込んで契約を成立させた。契約破棄した場合のことを伝えると、上擦った悲鳴を漏らして顔を青ざめさせる依頼人。これでもう、嘘の依頼で呼び出すなんて馬鹿な真似はしないだろう。

 この契約書は、兎舞を狙って嘘の依頼をしてくる人のあまりの多さに辟易し、新たに作成したものだ。人間の場合は血を流し込ませて契約を成立させる。この契約を破った者は、契約書に宿る希威の妖力により、灰になるまで燃やされる仕組みである。他にも寿命を一気に刈り取る契約書や圧死させる契約書も用意している。


「ぬいぐるみから妖気を抜くのは自分でやりなさい」


「ちゃんと口座に依頼料は振り込んでもらうからな」


「迷惑料として百万円ぐらい上乗せしようぜ」


「とま、焼肉行きたい!」


 呆れる水綺に続いて冷たい目を浴びせる白雪と希威。そして、高額に釣られて焼肉を要求する兎舞。白雪と希威が一気に冷酷な雰囲気を和らげ、無邪気に目を輝かせる兎舞の頭を撫でる。依頼人は青白い顔でコクコクと首がもげそうなほど肯いていた。


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