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人外たちの日常  作者: 甘夏 みかん
第二部
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25.濡れ女と牛鬼を説得する話

 海面から巨大な女が顔を出した。しっとりと濡れた髪を揺らし、ゆっくりと浜辺に上がってくる。姿を現した胴体は約三百メートルほどの尾を持つ蛇だった。二股に割れた舌が覗く口元に不気味な笑みを浮かべ、赤ん坊を抱いている。

 依頼人が住む村の人々を襲っている濡れ女だ。濡れ女は人間に化けた兎舞に近付くと、ズイッと抱っこしている赤子を差し出した。ここまでは作戦通りだ。後は、赤子を受け取らず濡れ女を怒らせて、近くに居るはずの牛鬼を誘き出すだけ。


 なのだが、赤い瞳に好奇心を疼かせた兎舞が、恐る恐る赤ん坊を受け取った。ズシンと重くなったのだろう。兎舞が重い石に貼り付いた手に引き寄せられ、浜辺に座り込んだ。

 一瞬、面食らった表情をして目を瞬いた後、感心した表情で石の観察を始める。あまりにも呑気な兎舞に、濡れ女が奇妙な者を見る目を向けていた。

 と、そこに鬼の頭と牛の身体を持つ妖怪、牛鬼が姿を現す。足を投げ出して座り込み、石を見ていた兎舞が顔を上げた。そこで初めて濡れ女と牛鬼の視線と、兎舞のキョトンとした瞳がかち合う。


 顔の左右で二つに結んだふんわりとした黒髪に、宝石のように美しくキラキラと輝く赤い瞳。秀麗な眉や目鼻口は絶妙なバランスで配置されている。肌は不健康というより美しいほど真っ白で滑らか。抱き締めたくなる細い身体。引き締まった腰と息を呑むほど美しい曲線を描く脚。

 濡れ女と牛鬼は狙った獲物の端整な顔立ちと魅惑的な身体に固まった。濡れ女が恍惚とした瞳で顔を紅潮させて見惚れている。一方の牛鬼は、血走った双眸を爛々と煌めかせ、涎を垂らして鼻息荒く胸を昂ぶらせていた。兎舞はジーッと熟視されている理由に気付いておらず、ぽーっとした濡れ女と小鼻を膨らませる牛鬼に首を傾げている。

 と、牛鬼が我慢できなくなったようで、興奮気味に目をぎらつかせ、重石で動けない兎舞に襲いかかった。希威は咄嗟に地面を蹴って高く跳躍し、真っ直ぐ突き進む牛鬼の顎を蹴り上げる。勢いよく舌を噛む勢いで蹴られた牛鬼が後方に吹っ飛んだ。元の立ち位置に戻された牛鬼がガバッと勢いよく起き上がる。


「なんで妖狐が人間を守る!?」


「まさか、妖狐ともあろう者が、人間に魅了されたのかしら?」


 驚く牛鬼の横で挑発する濡れ女。希威はキョトンとしている兎舞と顔を見合わせ、戻って良いぞと言う意味を込めて肯く。瞬間、兎舞が人間の姿から酒呑童子に戻った。依頼人から借りた洋服を小袖に変え、腰の辺りには無限に酒を沸かせる瓢箪。額からは赤色の角を二本生やし、爪や牙も妖怪特有の鋭利さになる。驚く濡れ女と牛鬼に兎舞はニッと悪戯気味に無邪気に破顔した。


「残念でした。とまは人間じゃないよーだ。食欲なくなったです?」


 悪戯が成功した子供みたいにワクワクしている兎舞。希威は牛鬼の垂れ続ける涎を見て溜息を吐く。相手が酒呑童子だと分かっても食べたいらしい。一応、暗黙の了解で妖怪同士の争いは禁止なのだが、食欲という強大すぎる敵に抗えないようだ。


「よいしょ」


「わ、私の重石が……ッ」


「まあ、兎舞は酒呑童子だからね」


「濡れ女の重石ぐらい軽々と持ち上げれるやろ」


 水綺と白雪も牛鬼の姿を見て兎舞を庇いに出てきた。別に庇わずとも兎舞なら余裕で勝てる相手だが、狙われている意味を分かっていない為、隙を突かれる可能性がある。作戦と大幅に違う流れになり、兎舞が不思議そうに水綺と白雪を見上げた。


「あれ、ずっきーとシロさんも出てくる作戦だっけ?」


「兎舞ちゃんが何も分かってないからやろ。いい加減に美味しそうな自覚持って」


「とま、食べ物じゃないよ?」


「でも、牛鬼はめちゃくちゃ食べたそうにしてるぞ」


「うぇぇ、マジです? とまなんて食べても美味しくないよ?」


 呆れた様子で額を軽く指で弾いた白雪を訝しむ兎舞に、希威は気息奄々な状態になりながら耐えている牛鬼を指差す。理性だけで暗黙の了解を守ろうと努力する牛鬼に、兎舞が苦虫を嚙み潰したような顔で小首を傾けて煽った。

 否、煽っているつもりはないのだろうが、確実に牛鬼の蜘蛛の糸みたいに細い理性を引きちぎった。鬼の顔を興奮でギラギラと輝かせ、牛の身体を激しく動かして勢いよく猪突猛進してくる。


「うえっ!?」


「あーあ、理性なくしてもうた」


「取り敢えず、しばきましょうか」


「誰がやる?」


 突然の突進に目を丸くする兎舞を背に庇い、面倒臭そうに溜息を吐く白雪。その横に立って兎舞の盾になった水綺と希威は、濡れ女の顔を引き攣らせるようなことを言う。目前に迫った牛鬼。ジャンケンで決めている時間はない。結果、白雪に巨大な鋏でホームランされ、水綺に超能力で強かに浜辺へ叩きつけられ、希威に周囲を炎で囲まれる牛鬼。

 濡れ女が仲間の危機に巨大な身体を縮こまらせて焦燥に駆られる。縋るような眼差しを希威達に向け、今にも泣き出しそうな顔で土下座をした。次は自分の番だと思ったらしい。濡れ女は兎舞に見惚れていただけで何もしていない故、特に懲らしめるつもりはなかった。が、折角だからと、濡れ女の怯えを利用して脅しておくことにする。


「ここらの人間に手を出さねぇって約束するなら見逃してやる」


「人間に……?」


「私達に依頼が届いたのよ。村で行方不明者が相次いでいるって」


「どうせ君らが重石で動かれへんくして食べたんやろ?」


 ドスの利いた希威の声に震えながら首を傾げる濡れ女。水綺と白雪が補足を付け足すも更に訝しげな顔をした。どうして人間を庇うのかというように怪訝そうに見つめてくる。確かに妖怪同士の争い禁止のルールはあっても、人間を襲ってはいけないルールはない。

 しかし、人間に悪さをする妖怪を懲らしめるのも何でも屋の仕事だからだ。それに、希威達は人間に対して嫌悪感や憎悪もなければ、牛鬼達みたいに食べたいとも思わない。故に、人間は守るべき対象なのである。それにいろいろな人間達と絡むのも悪くない。


「とにかく、また人間を襲ったら、今度はもっと懲らしめるからな」


「は、はい。もう、人間を襲うのはやめます」


 どう答えるべきか悩む希威の代わりに兎舞が濡れ女に釘を刺す。濡れ女はビクッと大きく肩を跳ねさせ、ペコペコと何度も頭を下げた。牛鬼を倒す希威達の姿が、よほど恐怖を植え付けたらしい。少し申し訳ないことをした。だが、これで依頼は達成。一件落着だ。



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