23.鬼をも酔わせる度数のお酒を飲む話
鬼をも酔わせると謳って販売しているお酒の度数を確かめてほしいという依頼が届いた。どうやら本物の鬼に飲んでもらって、どれほど酔うか見たいらしい。酒呑童子を酔わせるお酒なんて人間が飲んだら一口で酔い潰れるはずだ。逆に売れなくなるのではないだろうか。なんて思いながらも、兎舞が乗り気故、依頼を受けることになった。
最初、兎舞一人で行こうとしていたが、酔い潰された後、何をされるか分からない。元々、そっちが目的の可能性もある。ということで、兎舞を一人で行かせるという選択肢は、最初から希威と白雪と水綺の中に存在していなかった。「一人でも大丈夫だって」と不貞腐れる兎舞を言いくるめて、依頼人が待つ大きな日本家屋に向かう。
人の良さそうな男性に出迎えられ、広い和室に案内された。酒の一升瓶が三本並んでいる。好意か酔い潰して何かするのが目的なのか、ふんわりした柔らかくて大きな布団まで敷かれていた。早速、近くにあった一升瓶の蓋を開けた兎舞が、酒升にドバドバと注いで一気に煽る。
「ん、うっま!」
目をキラキラと輝かせた兎舞の声が弾んでおり、どれだけ美味しいのか気になった希威と水綺も、依頼主から二人分の酒升を借りて飲んでみる。ちなみに白雪は、酎ハイしか飲めないほど弱い為、鬼をも酔わせる酒を飲むことを全員で禁じた。
が、一般人程度の強さしかない希威と水綺も、一口飲んだだけでかなり意識がふわふわとし始めている。兎舞は二杯目を酒升に注いで、美味そうに飲み干していた。流石、酒呑童子である。「これ、誰も飲まないなら直接飲んで良いです?」とまで言い出し、依頼人の許可を得て一升瓶に口をつけて飲みだす。よほど味が気に入ったようだ。
「酒呑童子さま、次は此方をお願い致します」
鬼をも酔わせる酒を一人で飲み干してけろっとしている兎舞に、依頼主が穏やかな笑みを浮かべて二本目の一升瓶を差し出す。一本目がかなり美味しかったからか、二本目に期待を込めた眼差しを向けて、いそいそと升に注ぐ兎舞。ぐいっと一気に飲んだかと思えば、二本目も口に合ったようでぱあっと顔を明るくさせる。
「やばい、これもうまっ」
鬼の為に作られたのかと疑うほど、兎舞の舌に合う酒ばかり取り揃えているのか、兎舞は上機嫌に一升瓶に口を付けてゴクゴクと喉を潤していく。「あっ、兄さんとずっきーも飲むです?」と首を傾げられたが、最初の一口で既に酒精に酔っている為、遠慮しておいた。誰かと美味しさを共有したかったようで、兎舞が「ええー」と不満げに唇を尖らせて拗ねる。
「兎舞ちゃん、うちはまだ酔ってないで」
「シロさんが飲んだら一口で潰れちゃうでしょ?」
「いいやんか。うちにも飲ませてーやー!」
「わあっ!?」
わくわくした表情で自分を指差した白雪が、兎舞にジトッとした目で断られ、一升瓶目がけて突撃した。不意に体当たりをお見舞いされた兎舞が、一升瓶を抱えたまま押し倒される。間一髪、飲み口を手の平で押さえた兎舞の機転により、畳に染みを作る失態を晒さずに済んだ。こんな高そうな屋敷に敷き詰められた畳なんてとてもじゃないが弁償したくない。
と、兎舞から奪うのを諦めた白雪が、まだ未開封の一升瓶に手を出した。兎舞が使っていた酒升にトクトクとなみなみ注ぎ、一気に飲み干す。ゴクッと嚥下した後、少しの間、固まっていた白雪は、フラリと身体を横に傾ける。希威が慌てて受け止めると、案の定、目を回していた。当然の結果である。白雪から二本目の酒を守り切った兎舞が、興味津々に三本目を酒升に注ぐ。白雪に飲ませない為、飲んだのか、二本目の酒は既にすっからかんになっていた。
鬼すら酔うと謳う度数の酒を二本飲み干しているのに、頬を少し色づかせただけで全く酔う気配を見せない兎舞に、流石に依頼人の顔から笑顔が消えて引き攣りだしている。やはり酔い潰して何かするのが目的だったのだろう。依頼人が三本目を飲み終えた兎舞に新たな一升瓶を差し出した。奥の手として出てきたからには、今までよりも度数が高いはずだ。
希威と水綺は好奇心を駆り立てられて飲んだ最初の一口だけで既にだいぶ酔っている。白雪も三本目の酒を一口飲んだだけで酔い潰れたままだ。今、兎舞を酔い潰されてどこかに連れて行かれたら、対抗できる人が誰も居ない状況である。飲ませないようにしなければ。
「酒呑童子さま、次は此方をお願い致します」
「んー?」
依頼人から差し出された新しい一升瓶に視線を向け、不思議そうにキョトンとして目を瞬く兎舞。すると、何を思ったのか、妖しい光を帯びた潤んだ瞳を眇め、色づかせた頬をふにゃりと綻ばせた。そして、一升瓶を抱き枕みたいに両手で抱えながら小首を傾け、脱力した身体を仰向けに横たえたまま、上目遣いで依頼人を悪戯気味に見上げる。
「とまを酔わせて何するつもり?」
刹那、依頼人の鼻の穴から鮮やかな深紅の液体が噴き出した。酔っているからか面白く映ったらしい兎舞は、楽しそうにクスクス笑っている。なんて小悪魔だ。というか、酒呑童子であり滅多に酔わない兎舞も、流石に少しだけ酔ってきているらしい。希威は小さく溜息を吐いて、キャッキャと笑う兎舞から一升瓶を回収する。
「あー、とまのお酒ぇ」
「ちょっと酔ってきてるだろ。もうやめとけ」
起き上がろうともしない兎舞が伸ばしてくる手を避け、一升瓶を近くに居た水綺に渡して遠ざけてもらう。兎舞は酒を求めて両腕を天高く伸ばしているのだろうが、パッと見ただけだと抱っこを強請っているように見えた。
ということで、希威は「仕方ねぇなぁ」と茶化しながら、兎舞の身体を起こして抱き上げてやる。「兄さん。とま、抱っこなんて求めてないです」と恥ずかしそうにするかと思いきや、ご満悦な様子でスリスリと胸に擦り寄ってきた。




