22.ネイルチップの妖怪の依頼を受ける話
依頼を終えて観光を楽しんだ後、予約しておいた近くの宿泊施設に向かった何でも屋一行。美味しい料理を食べて気持ちいい温泉を堪能し、卓球でしっかりと遊んでから部屋に戻ると、ほとんど消えかけている妖気を放っているネイルチップが居た。
恐らく小妖怪だろう。自分で妖気を蓄えることができず消滅しそうになっている。「お待ちしてました」と宙に浮かんだ藤色のネイルチップが喋り、部屋の入口で面食らう四人の元に移動して、妖気を分けてほしいことや吸い取り方を捲し立て始めた。
「つまり、誰かの爪にくっついて妖気を吸わないと、妖気が完全に枯渇して消えてしまう……と。そういうことね」
「はい。お礼として報酬はたっぷりお支払いします。どうか、妖気を吸わせて下さい」
「とまの爪にくっついていいよ。はい」
藁にも縋るような声色で水綺の言葉を肯定したネイルチップの前に綺麗な手を差し出す兎舞。「本当ですか!?」と声を弾ませるネイルチップと裏腹に、希威は警戒心をまだ取り除けず、「おい、兎舞」と安易な行動を咎める。だが、お人好しな兎舞は話を聞いて完全に憐れに思わされたようで、「だって可哀想じゃん。こういう依頼だって受けるのが何でも屋でしょ?」と首を傾げた。
「それはそうやけど」
「兎舞、何かあったらすぐに教えるのよ」
「はーい」
「有難う御座います。それでは早速、貼り付かせて頂きます」
白雪も渋る中、水綺が温和な笑みを浮かべて許可を出す。それを聞いたネイルチップが、感極まった声色で礼を言いつつ、元気よく返事をした兎舞の爪の前に移動した。短く整えられており磨いた後みたいに常に光沢を放つ艶々の爪を見て、「おお、何とも美しい爪で御座いますね」と賞賛を送る。自分の爪の美しさに気付いていないのか、兎舞がキョトンとした。
「そうかな」
「はい。他の爪が嫉妬してしまうほど綺麗でネイル映えしそうな爪です」
「そ、うなんだ……」
グイッと距離を詰めて力説したネイルチップに真っ直ぐ褒められ、軽く身を引いた兎舞が少しだけ照れたような面持ちで視線を伏せる。赤色の瞳を彷徨わせる兎舞を口説くような行為に怒髪天を衝かれた希威が、爪にくっつこうとしたネイルチップを摘まんだ。
「兎舞を口説いてんじゃねぇ、バッキバキに折るぞ」
「すみません、すみません。もう余計なことは言いませんから離して下さい!」
そのまま折ってしまえそうな力で両側を摘まんだ希威に、ネイルチップが怯えた声で何度も謝罪する。ペコペコと爪先を何度も下げて慌てる姿を見て、希威はギリギリ見逃してやることにした。ただ次に何かしでかそうものなら、容赦なくへし折ってやろうと目を光らせる。白雪も粉々に刻むつもりなのか、強張った顔つきで鋏を用意して待機していた。
鋭利な眼差しを突きつけられ、カタカタと震えながら兎舞の爪にくっつくネイルチップ。藤色の爪色になった兎舞が初めてのネイルチップに「おおっ」と感嘆の声を漏らす。刹那、フラリと身体を傾かせて畳に横たえたかと思えば、背中を曲げて横向きで丸くなり、ギュッと自分の身体を抱き締めた。「あうう、んっ……う、あっ……」と甘い声を溢す。
「てめぇ、兎舞にナニしてやがる」
「今すぐやめないと粉々に砕くで」
「いやいや、ナニもしてないから! ただ、妖気を吸ってるだけ……」
「あ、やぁ……にい、さぁん、は、あぁ……」
すぐさま地を這うような低い声で問い詰める希威と白雪に、焦燥に駆られた声で誤解だと弁明するネイルチップだが、兎舞の苦しそうで切なげな悲鳴に遮られた。眉尻を垂らした兎舞に涙を浮かべた瞳で見上げられ、希威が伸ばされた兎舞の手を掴んで爪を睨めつける。
「絶対に他にも何かやってるじゃねぇか」
「希威くん、これリムーバーとお湯とウッドスティック。水綺ちゃんが用意してくれた」
「よし、任せろ」
いつの間にか水綺により用意されていたネイルチップを剥がす道具を白雪から受け取る希威。お湯につけた後、リムーバーを爪とネイルチップの間に浸透させ、ウッドスティックで剥がす手順だ。早速、兎舞の手を洗面器に張られた湯につけようとすると、ネイルチップが「待って下さい、お願いします! 本当に妖気を吸ってるだけなんです!」と懇願する。
「う、ああっ……あっ、は……ああぁぁぁぁっ!?」
「すみません、鬼さん。もう少し声を抑えてもらえませんか!?」
しかし、そんなネイルチップの言い分を一瞬で消し飛ばすような声を吐いてビクビクと震える兎舞により、希威の行動は続行に決まった。お湯に浸されながらネイルチップが、兎舞に泡を食ったような声で訴える。「ご、ごめん。いきなり大量に吸われて吃驚したです……」と恥ずかしそうに謝り、兎舞は敷かれている布団に置かれた枕で口を押さえた。
兎舞の苦しげで切なげな声は枕に吸われて、「ん、ふっ……んん、ふ、うぅぅ……ッ」という、必死に耐えているような声に変わる。情事の後だと勘違いさせる悩ましい表情で、ギュッと目を閉じて枕を口元に当てる兎舞を見ていると、どうしてもネイルチップを剥がして早く解放してあげたくなった。ということで、希威は作業を続行中だ。
結果、妖気を全て吸い終わると同時、ウッドスティックで全て剥がされたネイルチップ。ギリギリ回復することが出来たからか、初対面時より醸し出される妖気が強くなっている。頬を色づかせて瞳を潤ませ、グッタリとしながら息を切らした兎舞に、ネイルチップは何度も爪先を下げて礼を言っていた、そんな依頼人に水綺が請求書を渡す。
「依頼料の二十万円の他、兎舞の爪を借りた場所代として四十万円、兎舞の声を聞いたサービス代として六十万円、兎舞を泣かせた罰金代として八十万円頂きますね」
「高すぎませんか!?」
「兎舞にあんなことをしたんだ。当然だろ」
「勿論、支払ってくれるんやんな?」
妖気が回復したことで顔と手足を生やしたネイルチップが、鳩が豆鉄砲を食ったような表情で目を大きく見開いて魂消る。顔を青ざめさせて後退るネイルチップを掴み、握り潰すか潰さないかの加減で握り絞め、あくどい笑みを浮かべて脅迫する希威と追い討ちをかける白雪。ちなみに唯一のストッパーである兎舞は、妖気をすっからかんにされて疲れたのか、布団の上で丸くなってスヤスヤと寝息を立てている。
「本当は五億円ぐらいのところを二百万円程度で済んでるのよ? 逃がしはしないわ」
「ひいいっ! お、お支払い致しますから……ッ」
「じゃあ、これ契約書。逃げたりしたら速攻で粉々にするわよ」
「は、はひぃ」
物凄く圧を感じる有無を言わせぬ冷たい笑みを湛えて超能力で動きを止めた水綺が、上擦った悲鳴を漏らしたネイルチップに、手書きの請求書と契約書を渡した。すっかり圧に負けて戦慄しているネイルチップが、大人しく契約書にサインを記す。それを傍から見ていた希威と白雪は「俺等よりやることがえげつねぇ」「水綺ちゃんも相当怒っとったんやな」と引いていた。




