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人外たちの日常  作者: 甘夏 みかん
第二部
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20.何の鬼か確かめる話

「兎舞って何の鬼なんだろうな?」


 太いロープで縛られた満身創痍な研究員達、瓦礫の山になった半壊した研究施設。警察が来るまで待っている間、暇で空を見上げていたら思い浮かんだことを呟く希威。研究施設だったものを漁っていた兎舞に、「急にどうしたの?」と聞かれた為、「いや、ふと気になって」と正直に答える。


「確かに、鬼って種類が豊富ですからね」


 水綺さんが袂から取り出した妖怪図鑑の鬼について描かれたページの目次を開く。確かに多種多様な鬼の名前が羅列されていた。この中に兎舞と一致する鬼が居るのだろうか。一度、疼いた好奇心を静めるなんてできるはずもなく、希威はワクワクしながら兎舞を見た。


「兎舞が何の鬼か調べてみようぜ」


「ええー、何でもいいじゃん」


「付き合ってくれたら、あとでお菓子をたらふく買ってあげるで」


「頭もいっぱい撫で撫でしてあげるわよ」


「兄さん、最初は誰の真似をすればいいです?」


 面倒臭そうにしていた兎舞が白雪と水綺のご褒美に釣られて手のひらを返す。希威は水綺から借りた妖怪図鑑の目次を参考に、鬼を描いたページを開いた。最初のページに載っていたのは、桃太郎伝説の原型とされている温羅。悪事を重ねていたところ弓の名手に退治された鬼だ。がっしりとした巨体とそれに見合った怪力を持つ。弱点は防御力が低いことである。


「がっしりはしてないけど、防御力が低そうなのは分かるわね」


「ほっそくてうっすいもんな」


「鷲掴みしたくなる腰やわ」


「うるさい、ばーか! 服の下はちゃんと筋肉あるし!」


 ジーッと兎舞のスタイル抜群な体躯に目を走らせ、水綺と希威と白雪がそれぞれ失礼なことを言う。密かに細くて薄い身長に反して軽いことを気にしている兎舞が、ムッと唇を尖らせて拗ね気味に和服の共襟を開いた。

 兎舞のスラリとした日焼け知らずの滑らかな素肌が外気に晒される。捕まっている人間達が「おおっ」とどよめいた。白雪が人間達から視線を遮るように前に立ち、無防備に晒されている脇腹を両手で揉んだ。


「ほんまや、細いのに筋肉はちゃんとあるんやね」


「ふみゃあっ!?」


 他人にいきなり脇腹を触られた驚きと刺激で、ビクッと肩を跳ねさせた兎舞が身を引いて逃げる。「ははっ、猫みたいな鳴き声やな。かわいい」と、愛おしそうに目を細めた白雪を涙目で睨んでいた。水綺が乱れた着物を整えながら説教をする。


「兎舞、簡単に和服を乱さない方がいいわよ」


「次、やったら触りまくるからな」


「うぇぇ、やだ」


 希威からも注意を受けた兎舞は自分の身体を守るように抱き締めて顔を顰めた。希威は「さっきみたいなことをしなけりゃ触らねぇよ」と頭を撫で、妖怪図鑑のページを開く。次のページは絶世の美少年と言われている茨木童子。元々は人間だったが、人の血の味の虜になり鬼になった妖怪だ。弱点はお経を唱えられたり呪符の札を貼られることらしい。


「兎舞ちゃんは絶世の美少女やな」


「紛うことなき絶世の美少女」


「でも、人の血は飲まないだろ? 試しに飲んでみるか?」


 整った顔立ちに視線を固定した白雪と水綺に同意を示し、希威はチラリと捕まっている人間達に流し目を送った。「ええー」と苦虫を嚙み潰したような顔をしつつも、気になるのか渋々と人間達の元に歩み寄る兎舞。美しい鬼を至近距離で見上げた人間達が、老若男女問わず鳩が豆鉄砲を食ったような表情をする。

 兎舞が近くに居る人間の前に屈み込んだ。その横にバビュンと飛んできた白雪が、兎舞に選ばれた人間の素肌を全て消毒する。凄まじい速さで消毒を終えた白雪は「はい、どうぞ」と満足感溢れる顔で兎舞に人間の素肌を差し出した。不思議そうにキョトンとして双眸を瞬いていた兎舞が、恐る恐る期待と恐怖を宿した人間の首筋を甘噛みする。それと同時に、人間が湯だった蛸みたいに真っ赤な顔で倒れた。


「えっ、まだ一滴も飲んでないんだけど」


「兎舞ちゃん、ちょっと向こう行ってて」


「シロさん、何する気です?」


「寿命をちょっと貰うだけやで」


 困惑する兎舞の手を掴んで立ち上がらせ、クルリと後ろを向かせて軽く押した白雪が、背中に掛けられた質問に低い声で答える。「何で?」と首を傾ける兎舞の肩を抱き、白雪から引き離してから妖怪図鑑に目を落とした。次のページに載っているのは、スラリと長い腕と夥しい数の目が特徴の百々目鬼。水綺が膝を曲げて兎舞の美しい赤色の瞳を覗き込む。


「目は二つしかないよね」


「腕もスラリとしてるけど目はないな」


 兎舞の着物の袖を二の腕辺りまで捲り上げ、希威は真剣な顔で滑らかな腕を撫で回した。「兄さん、こちょばいです」と兎舞から抗議が届いたが、「お菓子のために我慢しろ」と一蹴する。夥しい数の目を探すフリをして素肌の感触を堪能していると、兎舞に甘噛みされた人間の寿命を削り終えた白雪が反対の腕で同じことをし始めた。

 「そんなに撫で回さなくても分かるでしょ!」と、擽ったさに耐えきれなくなった兎舞が二人を振り解く。たっぷりと味わった希威は不満そうな白雪と裏腹に満足げな表情で妖怪図鑑に目線を戻した。次のページは、人の心を読むことが出来るという悪戯好きの天邪鬼だ。

 「心を読めるのか」とポツリと呟いた希威は、白雪と攻防を繰り広げていた兎舞を自分の方へと向け、ジッと赤い瞳を見つめた。「えっ、何です?」と小首を傾けた兎舞に、「俺がなんて思ってるか分かる?」と尋ねる。


「えっと……うぇぇ? 分かんないです」


「なるほどな。心を読む力はないのか」


「ちょっ、なんて言ってたの?」


 希威の双眸を覗き込んでジッと見つめ返してきた兎舞が、ギブアップした為、知る機会を失った答えを求めてきた。心を読むことが出来ないという情報を得た得心する希威に、「ねー、なんて言ったの?」とグイグイ詰め寄ってくる。「秘密ー」「ええー、教えてよー」と戯れていると、妖怪図鑑を奪い返した水綺が次のページを開いて読み上げた。


「酒呑童子は大酒飲みでお酒を入れた瓢箪を持ってるんですって」


「瓢箪なんて持ってねぇよな」


「大酒飲みではあるで」


「妖怪用の相当強い酒じゃないと酔わねぇしな」


 兎舞の細くて薄い腰をがっしりと掴んで瓢箪を探す希威と、着物を捲ったりして瓢箪を探す白雪。身体中をペタペタと触りながら確かめてみたが、今まで通り酒を入れた瓢箪なんて見当たらない。だが、今のところ一番特徴が一致しているのは、美しい容姿を持つという大酒飲みの酒呑童子だ。兎舞も顎に人差し指を当てて首を傾ける。


「とまは酒呑童子だった?」


「そうかもな。これからは酒を入れた瓢箪を持ったら良いんじゃねぇか?」


「じゃあ、そうするです」


 キャラ付けを提案した希威に肯いた兎舞は、研究所内にある妖怪用の高価な酒を幾つか拝借し、毒味をしてから確認を始めた。その中で一番美味しかったらしい酒を瓢箪に流し込む。ついでに妖怪の酒にする為に少し妖力を込めてから袂にしまう。その後、兎舞の袂に入って共に行動していた瓢箪の酒は、飲んでも飲んでも減らず、どんな酒豪も一瞬で酔い潰すほど強い鬼の酒に変わっていた。


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