19.他の何でも屋に絡まれる話
「いつも通りの光景ね」
「兎舞ちゃんは猫じゃなくて鬼やのにな」
「何であんなに動物に懐かれるんだろうな」
「み、てないで……ッ、助けてよ……!」
黒猫になった町の人達を何とかして元に戻してほしい。そんな依頼を受けて訪れたとある小さな田舎町で、兎舞が大量の小さな黒猫に甘えられたり着物を脱がされそうになっていた。薄らこうなると予想していた水綺は、苦笑を頬に含ませながら鑑賞。白雪と希威は携帯電話のカメラアプリを起動して撮影している。ちなみに、黒猫達に囲まれて身動き取れない兎舞が、服を完全に脱がされたりセクハラされそうになったら、速攻で助けに入る予定だ。
「見つけたわよ、何でも屋!」
すると、黒い羽と長い尻尾、角を生やした女夢魔が眼前に降り立った。女夢魔に仕えているのか仲間らしき三体の妖が後ろに控える形で立つ。真っ白な肌に雪に溶け込む白装束に身を包む冷気を放つ女性は雪女で、猫の耳と二叉に分かれた尻尾を生やした鋭い牙と爪を持つ少女は猫又。そして、やんちゃな雰囲気を纏った角を生やした少女は天邪鬼だろう。
雪色の髪をハーフアップに結んだ雪女が白銀の双眸で白雪を睨めつけ、毛先を緩く巻いたふんわりした茶髪を背中まで伸ばした猫又は希威を、黒色の髪を肩上で切り揃えた天邪鬼は兎舞を楽しそうに観察していた。リーダーであろう女夢魔が胸を張ってビシッと水綺に指を突きつける。どことなく怒っている様子で睨まれ、水綺は目を瞬きながら面食らった。
「単刀直入に言うわ。あなた達、邪魔よ。この依頼、あたし達に譲りなさい」
「えっと、貴女達は……?」
「あたし達も何でも屋よ。警察から依頼を受けて研究施設や悪い妖怪を倒しているわ。なのに最近、確実に達成できるからって、あなた達にばかり……ッ」
戸惑う水綺の質問に答えた女夢魔が悔しそうに歯を食い縛りながら拳を振るわせる。どうやら警察や困っている人々が此方にばかり依頼を頼む為、閑古鳥が鳴いているらしい。そもそも、他にも人間相手に何でも屋をしている妖怪が居るなんて知らなかった。
同業者の危機に申し訳ないと思わなくもないが、此方も売り上げがないと人間界で生きていけないのだ。争いたくはないが、譲るわけにはいかない。どうしたものかと困った表情で首を捻る水綺の後ろで、顔を寄せ合う希威と白雪と兎舞がヒソヒソと話している。
「何でも屋って他にもあったんだな」
「どっちが先なの?」
「水綺ちゃんが妖怪界隈で初めての何でも屋のはずやで」
小首を傾ける兎舞に応えた白雪の声を聞き、女夢魔が「うっ」と少しだけたじろぐ。だが、すぐに「先とか後とか関係ないわ! あたし達の為にやめなさい!」と、すぐに強気な態度で睨んできた。グイッと怒った顔を寄せられて、困惑気味に身を引く水綺の後ろから、不満げに唇を尖らせた兎舞がひょっこりと顔を覗かせる。
「えー、何それ。ずっきー、何も悪くないじゃん。そっちが別の仕事をすればいいだろ」
「こんなに可愛らしい鬼が居るのも卑怯よ! 言っとくけど、魅了だったらあたしの方が上なんだからね! そうだわ。どっちの方が黒猫を多く集めて元に戻せるか勝負しましょう。負けた方が何でも屋を辞めるの。この勝負を受けないなら、あたし達の不戦勝ってことにするわ」
兎舞の端正な顔を見て歯噛みした夢魔が両手を腰に当てて兎舞に顔を近付けた。かと思えば、何やら閃いた表情で一回手を叩いた後、圧倒的にあちらが有利な勝負を提案する。「自己中だな」「正直、夢魔相手やと圧倒的に不利やで」「何でも屋が出来なくなったら何する? とま、飲食店とかで働いてみたいです」と希威と白雪と兎舞が負ける前提で会話を広げた。水綺はコーヒーを入れる真似をした兎舞の頭を撫でながら苦笑を頬に含ませる。
「兎舞、負ける前提で転職先を考えないで」
「受けると捉えて良いわね? それじゃあ始めるわよ! ミルクを寄越しなさい!」
夢魔に差し出された手に黒猫から人間に戻す薬を入れたミルクを渡す水綺。正直、あまりやりたくないものの、向こうの不戦勝で何でも屋を廃業させられるのは困る。ちなみに、希威と白雪と兎舞は何でも屋以外でも構わないと思っているのか面倒臭そうにしていた。
「にゃんこ、巻き込んでごめんなぁ。すぐに直してやるからな」
「へぇー、やるわね。だけど、あたしの力で全て奪ってやるわ。魅了の術!」
周りに集まっている黒猫一匹一匹に声をかけ、勝負なんて気にした様子もなくのんびりと牛乳を渡す兎舞。それを見た女夢魔が何故か好戦的な瞳でニヤリと口角を上げて術を発動した。カッと光った桃色の光がブワッと黒猫たちを包み込む。
途端に恍惚とした瞳を女夢魔に向けた黒猫たちが、我先にと一斉に駆け出して兎舞の元から離れていった。兎舞がしょんぼりとした寂しそうな表情で、勝ち誇った表情で得意満面な笑みを浮かべる女夢魔の元に集まった黒猫たちを眺める。
「あっ、にゃんこがあっちに行っちゃったです」
「行っちゃったな」
「そ、そんな悲しそうな顔しないでくれる!? 返してあげたくなっちゃうじゃない!」
撫でてあげたり声かけをしながらミルクを与えていた兎舞のポツリとした呟きに、割と本気で落ち込んでいるのを悟った希威が鸚鵡返しをしながら頭を撫でてあげる。仄淡い焔の如く儚い表情で黒猫たちを見つめる兎舞の顔を見た夢魔が少したじろぐ。
水綺も慰めたくなり庇護欲を刺激される面持ちの兎舞の元へと行ってお菓子をあげる。つまらなさそうな寂しそうな表情でもぐもぐとお菓子を食べる兎舞の頭に手を置き、希威はニヤリと口の端を吊り上げて「よしっ、こっちも奥の手を出すぞ」と告げた。兎舞を後ろからギューッと抱き締めて人恋しさを埋めていた白雪が小さく首を傾ける。
「希威くん、何か作戦でもあるん?」
「ああ、兎舞の色仕掛けで対抗する。兎舞、人間の姿に化けてくれ」
「とま、色仕掛けなんて出来ないんだけど」
「大丈夫だ。俺の言う通りにすれば問題ない」
ひとまず人間の姿に化けた兎舞は、耳元で作戦を伝えた希威に、「うぇぇ、恥ずかしいからやだです」と返していた。一体何を言ったのだろうか。「やってくれたら好きなものを何でも一つ奢るぞ」「やるです!」という一悶着を経て、希威の色仕掛け作戦がスタートする。
頭の左右で二つに結んだ黒髪の上に黒色の猫耳ニット帽を乗せ、ダボッとした黒色のパーカーに身を包んだ黒猫になった兎舞。隅々まで猫っぽくするために靴下とミニスカートも黒にし、長くしなやかな猫の尻尾が生えたベルトを腰に巻いている。袖から指先しか出ていない手で招き猫と同じポーズをして、恥ずかしそうに頬を赤らめながら「来て?」と小さく呟く。
瞬間、静まり返ったことで滑ったと勘違いしたらしい兎舞が、含羞の色を帯びた赤い瞳を左右に彷徨わせながら潤ませた。「に、兄さぁん」と希威に後ろから抱きついて旋毛に顔を埋め、慰めてと言わんばかりに額をグリグリと擦り付けて甘える。この場を凍り付かせた本当の理由は愛らしすぎたからだが、甘えてくる兎舞に敢えて伝えず向かい合って抱き締め返す希威。黒色の猫耳を生やした頭を撫でてやると、兎舞の強張った身体から少しだけ力が抜ける。
「よしよし、兎舞は十分頑張ったぞ」
「うう。でも、みんな来てくんないじゃん」
「そんなことねぇよ。ほら」
ムスッとふてくされた表情の兎舞に不安そうな涙目を向けられた希威は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で硬直している黒猫たちに視線を向けた。途端、黒猫たちが一斉にハッと我に返ったかと思えば、ドドドドドと兎舞の周囲に集まってくる。兎舞が目を丸くして面食らう。
「うぇぇ!? 一気に集まってきたです!」
「ほら、兎舞の為にみんな来てくれたぞ」
「……ふへへ、ありがと」
心配だから、もっと近くで見たい、こんな可愛らしい黒猫の頼みを断れない。という様々な感情を持っているであろう黒猫たちに、ゆっくりと視線を走らせた後、兎舞が照れ臭そうに嬉しそうにふにゃりと柔らかく相好を崩す。それにより、ときめきで胸を撃ち抜かれたであろう黒猫たちが、ぴゃっと身体を強張らせて目を大きく見開いた。
代わりにようやく唖然としていたライバル店の店長が硬直から解放される。魅了の術を破られたのに悔しそうな顔一つせず、清々しい晴れやかな表情で「完敗だわ」と負けを認めた。両サイドで固まっていた雪女と猫又と天邪鬼も、「うんうん」と深く首を縦に振る。女夢魔はスタスタと兎舞に近付くと軽々と小脇に抱えた。そのまま、「よし、帰るわよ」と帰ろうとした為、水綺と希威と白雪は慌てて兎舞を奪い返すことになった。




