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人外たちの日常  作者: 甘夏 みかん
第二部
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15.生クリームを食べさせたい話

「よし、切り分けたぞ」


「はい。兎舞ちゃん、あーん」


 ホイップクリームを塗って苺を乗せた希威が、包丁片手にホールのショートケーキを見せる。それを聞いた白雪が一切れだけ紙皿へと移して、一口分だけフォークに突き刺して兎舞に寄せた。無防備に口を開けて食べた兎舞が目を輝かせる。もぐもぐと咀嚼して嚥下した後、感想を叫ぶ。


「このホイップクリーム、うっまぁ」


「もう薬を入れたからショートケーキ以外のホイップクリームは食べないでね」


「はーい」


 エプロンを身につけた水綺は、絞り袋を回収して注意をする。白雪に餌付けされながら肯く兎舞。水綺特性のホイップクリームに、今、投入した薬は妖怪に効く。弱い妖ならば浄化してしまい、強い妖でも苦しむことになる。辛そうな兎舞なんて見たくない。何故、そんなものを作ったか。妖怪に取り憑かれた子供から、追い出して浄化する為である。


 子供に取り憑いた妖怪を追い出す為、水綺によって製造された薬を、絞り袋に詰め込んだホイップクリームにした理由。それは、子供の味覚に合わせて甘い生クリームにすれば、食べさせるのが簡単だと踏んだからだ。

 しかし、依頼人の元に向かって協力してもらい、生クリームを用いたお菓子を大量に用意したが、子供に取り憑いた妖怪はどれにも興味を示さなかった。甘い匂いに釣られて来たくせに、チラリと一瞥して鼻で嗤った後、強気な態度でニヤリと口の端を吊り上げる。


「俺様に生クリームを食べさせたければ、そこの美人な鬼が色仕掛けでもするんだな!」


「こんな不特定多数の前で色仕掛けなんでダメだ!」


「兎舞ちゃんに誘惑してもらえるなんてずるい! 絶対に邪魔したる!」


「はーい、希威先輩と白雪先輩は落ち着いてくださいねー」


 勝ち誇った表情に期待を滲ませて、兎舞への欲望を叫喚する妖怪の言葉に、案の定、希威と白雪がギャーギャー喚く。水綺も同じ気持ちを抱えつつ二人の襟首を掴んで引き留め、妖怪の指示に従おうと一歩前に出た兎舞を見守った。兎舞は少し考え込んだ後、紙コップに差したパンを一つ手に取る。


「ん」


 その棒状のパンの先端に生クリームをつけて反対側を口で咥え、揶揄を孕んだ挑発的で悪戯っぽい笑みを浮かべて小首を傾けた。醸し出された目に毒なほど壮絶な色気に周囲の観衆が息を呑む。

 妖怪も鳩が豆鉄砲を食ったような顔を紅潮させて固まっている。花の蜜に吸い寄せられる蝶のようにフラフラと近付いていたが、ハッと我に返ると同時に足を止めて人差し指をビシッと向けた。


「そんなもので俺様に生クリームを食べさせられると思うなよ! 俺様に食べさせたければ唇にでも塗って誘惑してみることだな」


「テメェ、兎舞の唇を奪うつもりか」


「兎舞ちゃん、あんな奴の言うことなんて聞かんでええで!」


「気持ちは分かりますが、兎舞の邪魔しないで下さいね」


 調子に乗っているというより強がっている妖怪の吐露に、希威が今にでも飛び出していきそうなほど度発展を衝かれる。これじゃダメだったのかと言わんばかりに首を傾げた兎舞に、白雪が焦燥に駆られた表情で色仕掛けの中断を要求し始めた。殴られても中断されても困る為、水綺は参戦したいのを抑え、超能力で操ったガムテープを口に貼り二人を小脇に抱える。と、兎舞が動く。


 生クリームを指で掬って自分の唇にリップのように塗り、扇状的な双眸をゆっくり眇めて「どうぞ」と甘く囁いた。絶世の美人にここまでお膳立てされて食いつかないなど、いくら今まで耐えてきた妖怪でも耐えられるはずがない。そんな周囲の予想通り垂涎ものの兎舞へと飛びついた妖が、押し倒した細い身体の上に跨ってゴクリと生唾を呑んだ。

 興奮の余り血走った目で息を乱しながら唇を見下ろして、面食らった表情でキョトンとしている兎舞に顔を近付ける。あと少しで唇と唇がくっつくという距離まで迫ったのに、不意にピタリと動きを止めて身体を硬直させてしまった。至近距離にある端正な兎舞の顔と生クリームを塗った唇が、思った以上に破壊力を発揮しているのに気付いたようだ。

 ハァ、ハァと死にそうなほど呼吸を乱して固まった妖は、苦しそうにギュッと目を閉じて唇の生クリームを舐める。そして、両手で顔を覆い隠してゴロゴロと地面を転がり、近くの壁にぶつかって以降、ピクリとも動かなくなった。それと同時、水綺に止められていた白雪と希威が兎舞に駆け寄り、ギュッと抱き締めて匂いを擦り付けたり唇を拭い始める。


 ガムテープを破り捨てた白雪と希威に、甲斐甲斐しくお世話されている兎舞。視線の先には動かなくなった妖怪。正確には取り憑かれた子供だろう。割と派手な音を轟かせていた故に、怪我をしていないか心配している。水綺は動けない兎舞に代わって確認。子供の身体を優しく揺すってみる。

 と、鼻血を出した子供と目が合う。身体から妖気を発していないため、取り憑いた妖は退治できたようだ。鼻血以外に怪我は全くしていない。だが、妖と記憶は共有していたのか、熟したトマトみたいに真っ赤な顔で、羞恥で濡れた双眸を白黒させながら、助けを求めるみたいに水綺を見上げる。子供に兎舞の色気は強すぎたらしい。

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