14.フォンダンショコラに飛び込む話
とある田舎町の責任者から、「自分を除いた全ての町民が、フォンダンショコラの中に閉じ込められた。助けてほしい」と連絡があった。普通であれば意味不明すぎて悪戯電話と判断するところだが、水綺はここ最近、何度も何度もそういった現象に遭遇している。恐らく妖怪化した食べ物による反抗か、よく分からない研究をしている施設の仕業だろう。
責任者の焦燥に駆られた声色から察するに、時間経過か外部からの攻撃により命の危機があると思われる。水綺は早速、兎舞と希威、白雪を連れて、責任者に告げられた住所に向かった。そこは幾ら田舎だからといっても不気味なほどに静かで誰も居ない代わりに、至る所に人間を捕獲できそうな大きさのフォンダンショコラが鎮座していた。そして、電話をかけてきたと思しき責任者が、町で一番大きなフォンダンショコラに腰掛けている。
「あぁ、そういうパターンね」
「どうせ兎舞ちゃん目当てやろ」
「今度は兎舞をフォンダンショコラの中に閉じ込めるってかぁ?」
「ちょっと入ってみたい気もするです」
どうやら巷で有名な若くて美人な鬼を捉えたくて、依頼と称してわざと呼び出したらしい。全てを察した水綺の横で顰めっ面を披露した白雪と希威が、自分達の大切な兎舞を狙う邪な人間を面倒臭そうに嫌そうに睨む。唯一、相変わらず好奇心旺盛な兎舞だけが、町中の菓子に目を向けて心疼かせていた。
「お望み通りフォンダンショコラに閉じ込めてやろう。そこに動かず突っ立っていなさい」
「マジで!?」
「喜ぶな、馬鹿」
依頼にの言葉に身を乗り出して、顔を明るくさせた兎舞の頭に、呆れた顔で手刀を落とす希威。そんな二人を口みたいにガパッと半分に割れたフォンダンショコラが襲いかかった。恐らくあれに触れると閉じ込められるのだろう。
それを理解した希威が、兎舞を担いで逃げようとしたが、それよりも先にフォンダンショコラに自ら飛び込む兎舞。パクッと食べられたみたいに閉じたフォンダンショコラの中に姿を消す。また自ら罠にかかった兎舞に水綺は苦笑した。
兎舞を閉じ込めたフォンダンショコラは、呆れる三人から逃げるみたいに離れていく。そして、周りに置いてあったフォンダンショコラと協力して紛れてしまった。閉じ込められると同時に眠らされるのか、兎舞に「おーい、兎舞ー」と呼びかけても返事はない。依頼人が勝ち誇った顔で嗤った。
「この無数のフォンダンショコラの中の一に貴様等の大切な鬼が入っている。私が端から順にナイフを入れていくから、真っ二つに切られてしまう前に見つけ出せ」
「面倒臭ぇ勝負挑んできやがって」
「早く見つけ出さないと兎舞ちゃんどころか町民も失うってことやな」
チョコレートになってしまうことはなさそうだが、フォンダンショコラごと切られると、中に居る人間の身体も真っ二つになるらしい。舌打ちをする希威と、苦虫を噛み潰したような顔をする白雪に、依頼人は余裕綽々な表情でニヤニヤと下品な笑みを浮かべている。そんな依頼人の余裕の色をなくしたくて、水綺はわざと彼にも聞こえる声量で希威と白雪に言った。
「私の超能力で操れば、全部のフォンダンショコラを同時に割れるけど……」
「何だそのチート能力!?」
目を見開いて泡を食ったような声を上げた依頼人から目論見通り余裕が消える。そんなことをされてしまうと彼の持ち掛けたゲームなど一瞬で破綻するからだろう。邪魔をさせるかといわんばかりに、三つ同時にフォンダンショコラが襲ってきた。水綺は超能力で強制的に口を閉じさせ、地面に叩きつけて、あっさりと無力化する。と、希威が凛然とした曇りなき眼差しで、フォンダンショコラの群れを見つめながら言った。
「いや、俺等で見つけたい」
「せやな。俺等がどれだけ兎舞ちゃんのこと大好きか見せつけるチャンスやし」
「それもそうですね」
「フッ、馬鹿な奴らだ。では、私も端から切らせてもらおうか」
同意を示した白雪に肯いて口元を緩めた水綺の言葉に、焦燥に駆られた顔を青褪めさせていた依頼人が嗤う。少し落ち着きを取り戻したらしく、懐から大きなフォンダンショコラを切れる巨大なナイフを取り出した。あんなもので切られてしまえば、妖怪である兎舞はともかく人間など即死だろう。
水綺は二人と顔を見合わせて肯き合い、フォンダンショコラの群れに飛び込む。兎舞の意識を飛ばされていようが、妖気やにおいは他の人間と全くもって違う。大好きでずっと嗅いでいたいにおいを探り、依頼人により一つ目にナイフを入れられる前に、白雪が一つのフォンダンショコラに立った。
「これやな」
「ここから兎舞の匂いがする」
「兎舞、起きてる?」
「は?」
あまりにも迷いのない三人に依頼人が鳩が豆鉄砲を食ったような顔で唖然とする。それにより動きを止めた為、誰も切られることなく兎舞を発見できた。水綺は兎舞入りのフォンダンショコラを真ん中から引き裂く。ドロリと出てきたチョコレートに塗れ、頰に含羞の色を浮かべた照れ臭そうな兎舞と目が合う。はにかむような居た堪れなさそうな照れた顔をした兎舞が呆れたように呟く。
「……三人共、とまのこと好きすぎでしょ」
「当たり前やん」
「当然だろ」
「大好きよ、兎舞」
「ばーか」
即答で肯定する白雪と希威に続いて、温和な笑みで告白をする水綺。恥ずかしそうに視線を逸らして悪態を吐く兎舞だが、満更でもなさそうに嬉しそうに目元を緩めている。こんなに喜んでくれるのであれば、どれだけ大好きなのか伝えるのも兼ねて、これからもっと愛の言葉を送っておくべきだろうか。そんな羞恥プレイみたいなことを考える水綺の横で、希威が疑問を投げかけた。
「それより、フォンダンショコラの中ってどんな感じだったんだ?」
「……正直に言っていい?」
「えっ、うん」
「なんか、狭くて暗くて温かくて、気持ち良かったです」
目を伏せて深刻そうに前置きをした兎舞は、戸惑いと心配を瞳に滲ませる希威を見上げて、安心感に包まれたような柔らか井表情で双眸を眇めた。水綺は「焼きたてだったらしいからね」と嫉妬を隠して無難な言葉を吐く。と、チョコレート塗れの身体を起こした兎舞が、唖然として固まっている依頼人を見つけて、パッと顔を明るくした。
「あっ、フォンダンショコラを作った人?」
「えっ、あ、ああっ」
「すっげぇ、良かったです! もう、他のじゃ満足できないかもしんないぐらい!」
「変な言い方をするな!」
ギクっと身体を強張らせて軽く引いた依頼人に、兎舞がお日様みたいに眩しく無邪気な笑みを浮かべる。薔薇のようにありったけな笑顔を咲かせた兎舞の感想に、胸中から溢れる歓喜を止められないのか、ツッコミながらも依頼人の口元は緩んでいた。
それにより、嫉妬心を一気に煽られた水綺よりも先に、もっとドロっとしたどす黒い気持ちを溢れさせた白雪が、兎舞を抱き締めて依頼人をギロリと睨め付ける。ちなみに、突然、抱き締められた兎舞はキョトンとした表情で、「白雪さん、チョコレートがつくよ?」と首を傾げていた。
「へぇー、お前如きが兎舞ちゃんを満足させれるんや?」
「だったら、是非とも俺たちに伝授してほしいなぁ」
「私達よりも兎舞を満足させられる人間は、危険だから釘を刺しておく必要があるわね」
巨大な鋏を召喚して威嚇するみたく、閉じたり開いたりする白雪と、両手から炎を出して冷たく威圧的な笑顔で依頼人を見下ろす希威。そんな二人に倣った水綺も、一切の感情を欠落させた瞳に嫉妬だけを宿し、背筋を凍り付かせる冷徹な笑みを口元に浮かべる。死神と二人の妖怪に嫉妬された哀れな一人の人間の、「ひっ、ぎゃあぁぁぁぁぁっ!」という悲鳴が遠くまで轟いた。




