9.続・異空間を調査する話【Ⅲ】
希威は三の看板を提げた扉を開けた。純白の壁や床の室内に寝室が広がっている。肌触りが心地よいふわふわの布団を乗せた、ワイドキングサイズのモダンフロアベッド。枕の近くに並んだ可愛らしいぬいぐるみ。
サイドテーブルの上にあるデジタル時計。部屋の端にある小さな物干しにかけられた、ゆったりした大きめサイズの赤い着物。以前の部屋と違って生活感が溢れる室内だ。住むとすれば質素すぎる気もするが、就寝時に使うだけであれば何も問題ない。と、ぬいぐるみの頭を撫でていた兎舞の身体がフラリと傾く。
「あ、れ……?」
「おっと」
一番近くに居た希威は、突然の展開に目を丸くしながらも、地面に打ちつける前に何とか受け止めた。うつ伏せになった兎舞の身体を仰向けにする。完全に身体の力が抜けていた。が、呼吸は正常だ。規則正しい寝息を立てている。スヤスヤと寝入っている兎舞を横抱きした希威に白雪が尋ねた。
「えっ、寝てる?」
「どうして、いきなり……」
駆け寄ってきた白雪と水綺が兎舞の寝顔を覗き込む。三人の視線を集中的に浴びているのに、兎舞は全くもって起きる気配を見せず、深い眠りに落ちている。希威は兎舞をベッドに運んで仰向けに寝かせた。反動で動いたぬいぐるみが兎舞の身体に倒れる。黒猫と白兎、それから熊のぬいぐるみだ。
「それにしても、この部屋は何なんやろうね」
「寝室って感じですけど、まさか私達も寝るのが条件なんでしょうか」
部屋の観察を開始した白雪と水綺に反し、希威は黒猫のぬいぐるみを兎舞に抱かせる。クッション並みに大きなぬいぐるみが、兎舞の小柄な身体をすっぽり隠した。位置を微調整して最も可愛い体勢にした後、今度は白兎のぬいぐるみを手に取る。と、話し合いをしていた水綺に、ビシッと軽い手刀をお見舞いされた。
「って、希威先輩は何をしてるんですか」
「いや、可愛いぬいぐるみがあるから、兎舞に抱き締めさせようと思って」
「そんなことしてる場合じゃないでしょう」
白兎のぬいぐるみを兎舞の横に並べ、彼女の細い腕に抱き付かせながら、希威はあっけらかんと答える。また頭を叩かれた不満で唇を尖らせ、軽く殴られた箇所を撫でつつ不平を鳴らした。
「何だよ、可愛いじゃん」
「確かに、可愛いけど!」
「ん? サイドテーブルにある目覚まし時計の数字が変わってるで」
大声でツッコミをする割に即答な水綺に止める権利などないとみなし、熊のぬいぐるみを白兎のぬいぐるみと反対側に寝かせる作業に移る希威。すると、一人で黙々と部屋を探索していた白雪が、サイドテーブルに置いてあるデジタル時計を手に取る。
時刻を表していたはずのデジタル時計の数字が、三十時ちょうどという意味不明な数字を示していた。兎舞以外の三人で白雪を挟んでデジタル時計を覗き見て訝しむ。この部屋が自分達に何をさせたいのか全く分からず、三人で顔を見合わせて困り果てる。と、兎舞が「ん、ぅ」と小さく声を漏らした。
「兎舞?」
「寝返りを打っただけみたいですね」
「猫みたいに丸くなってて可愛い」
耳聡く声を聞きつけた希威は、名前を呼びながら兎舞に目を移す。水綺と白雪も何かあったのかと慌てて近付いてきたが、ただ仰向けから横向きになっただけだと分かり愁眉を開いた。近くに置いてあったからか、希威が抱かせた黒猫のぬいぐるみと一緒に、横に寝かせていた白兎のぬいぐるみも抱き締めている。
大きな人形に埋もれて、ギュッと大切そうに腕の中に閉じ込めている姿が、大変愛らしくて温かい気持ちになった。希威は握り潰されたみたいにキュッとなった心臓に手を当て、反対の手で携帯を構えて兎舞を連写する。無機質な空間にシャッター音を響かせていると、不意に水綺がデジタル時計を持ち上げた。
「あら? 先輩方、見て下さい。数字が五十に増えてます」
「まさか、寝てる兎舞ちゃんを可愛くすれば、文字が増えていく仕組みなんやろか?」
「それなら、任せろ!」
白雪の推察を聞いた希威は嬉々としてクローゼットに向かう。ゆったりとした大きめの着物の上着だけ取り、兎舞が着ている着物も同じく上着だけ脱がせた。何をするつもりなのか見守っていた白雪が、不思議そうに首を傾げる。
「そこのハンガーにかけてあった着物に着替えさせるん?」
「着物から着物になるだけですよ?」
「このちょっと大きめの着物で萌え袖にするのさ」
兎舞の着物と帯を訝し気な水綺に手渡した希威は、クローゼットに用意されていた方を着せていく。眠らされているからか熟睡しているからか、身体に触れても動かしても全く起きない。着物を着せて帯を巻き、達成感に満たされながら満足気に離れた。
「できた! 襟で口元まで隠れた萌え袖の兎舞!」
「あっ、数字が七十になった」
「本当だわ。確かにかわいいけど」
腰に両手を当てて胸を張った希威により、デジタル時計の数字が一気に跳ね上がる。白雪と水綺も希威の案を認め、三人で他に良いものがないか探してみることになった。
希威はクローゼットの方に向かい、着物以外に何かないか探す。と、下の段に猫耳付きヘアバンドと尻尾付きのベルトを見つけた。早速、他の場所を探している二人に見せる。
「じゃーん、猫耳と尻尾!」
「なんでそんなものが寝室にあるのかしら」
「この部屋に閉じ込めた人の趣味やろ」
寝る場所に似つかわしくないグッズの登場に水綺が呆れ、白雪も犯人の嗜好を疑い始めた。それを気にせず、「まぁまぁ、猫みたいに丸くなってる兎舞にピッタリだし良いじゃん」と、可愛い姿を想像しながらいそいそと兎舞の方に持って行く希威。スヤスヤと眠る兎舞の頭と腰に装着する。
「かわいい。兎舞、かわいいな、お前」
「そういえば、携帯は使えるんやな。あっ、でも、カメラだけや。うちも撮ろう」
「助けは呼べないんですね。あとでください」
蕩けた表情で興奮気味に携帯を構え、希威はシャッター音を絶え間なく響かせた。その横で白雪も自分の携帯を操作した結果を伝えた後、希威の真似をして猫耳付きの兎舞を撮り始める。遂に水綺が真面目に見えて本音に忠実になったところで、希威も欲望に従って兎舞の頭を撫でた。
「ああー、かわいい。癒し」
「んん」
「う、ぐっ」
頭を撫でられるのを好む為か、無意識に手のひらに頭を擦り付ける兎舞。しかも、寝ていて素直になっているようで、嬉しそうに顔を綻ばせる特約付き。当然ながらそんな可愛らしいことをされて、兎舞大好きな希威が耐え切れるはずもなく、撃ち抜かれた胸を両手で抑えて撃沈した。
瞬間、百を示すデジタル時計が、耳を劈くけたたましいな音を響かせる。「きゃっ、何!?」「希威くん、早く止めて」と嫌そうに顔を顰めた水綺と白雪に急かされ、一番ベッドの近くに居る希威は慌ててデジタル時計に手を伸ばした。どこをどうするのか分からないまま、壊す覚悟で適当に色々と弄ってようやく止める。
すると、デジタル時計を置いていたサイドテーブルに、胡椒瓶が出現した。両手で持っていたデジタル時計を置いて、胡椒を手に取った希威は、そっと蓋を開ける。中には当然ながら胡椒が詰め込まれていた。意味不明すぎて素っ頓狂な声が口から出る。
「へっ?」
「どうした?」
「目覚まし時計を止めたら玉葱が出てきた」
「は?」
見せられた玉葱に水綺が間抜けな声を漏らす。しかし、どこからどう見ても玉葱だった。




