3.落とし穴にわざと落ちる話
依頼を受けて向かった先は落とし穴まみれだった。それも落とし穴の中に、食べ物や水の他、妖怪用の様々な薬まで充満しているらしい。広い範囲に等しく間を開けて正方形の布が敷かれていて、どの布の下に落とし穴が設置されているのか分からない。落とし穴がない布の部分を通らなければ落ちる仕組みだ。
なんてわざわざ丁寧に説明してくれた、逮捕する対象である人間達は、落とし穴ゾーンの向こうで勝ち誇っている。さて、どうしたものか。正直、においで落とし穴の場所は分かる為、彼等の希望通りのリアクションをしてあげられないだろう。
「えいっ」
「あっ」
「やると思った」
「兎舞ちゃんやからな」
悩む水綺を嘲笑するように、兎舞が手前の穴に飛び込んだ。思わず声を漏らした水綺の横で、希威と白雪が呆れたように穴の中を覗きこむ。水綺も落とし穴の近くに屈むと、温かいお湯の中に浸かっていた。どうやら手前の落とし穴には、温泉のように温かいお湯を入れていたらしい。
「兎舞ちゃん、落とし穴の中はどう?」
白雪が瞼を閉じて温かい湯に身を預けている兎舞に尋ねる。大輪の花が咲き綻ぶようにゆっくりと目を開け、上気した頰をふんわりと緩めて気持ち良さそうに双眸を眇めた。ものすごい色気を醸し出している。
落とし穴の中は外の人間達にもみれる仕組みらしい。タブレットのようなものに釘付けになっている。小鼻を膨らませて興奮していたり、目を大きく見開いて固まっていたり、鼻血を出して目を充血させていた。
「サイコーです」
「そっかぁ、よかったなぁ」
ふにゃふにゃとした声で感想を吐露する兎舞に、白雪が微笑ましそうに顔を綻ばせる。どこからともなく持ってきたバスタオルを広げた希威が、「けど、風邪を引くから、そろそろ出てこいよ」と声をかけていた。本当にどこから持ってきたんだと、水綺は周囲を見渡す。人間の一人がバスタオルをあと二枚持って立っていた。本当に兎舞は相変わらずである。
「はー、気持ち良かったです」
「びっしょびしょじゃねぇか」
一応、無防備に近付いてきた人間を逮捕した水綺の視界の端で、希威が満足気な兎舞の髪の毛を丁寧に拭いた。その間に、落とし穴の布を捲って中を確かめる白雪。落とし穴の意味がない行動だ。と、何か見つけたらしい白雪がニヤリと口角を上げ、着物返還機能で新しい着物に着替えた兎舞を手招きする。
「兎舞ちゃん、コッチ来て。この落とし穴に落ちてみてほしいねんけど」
「何です? わっ、凄い! 薔薇がいっぱい詰まってるです」
白雪の横に腰を下ろして目をキラキラさせた兎舞が、先程と同じく何の躊躇いもなく示された穴に落ちた。様々な色の薔薇の上に寝転んだ兎舞は、絵になるほど美しい。甘い香りを気に入ったのか、ゴロンと仰向けから横向きになり、徐に瞼を閉じて吸っている。そして、フッと相好を崩して目を開いた。絵本の中にでも出てきそうなワンシーンに、人間達が静かに悶えている。
「こーら、白雪先輩。兎舞をわざと落とし穴に誘わないでください」
「兎舞ー、こっちの落とし穴には、気持ち良さそうな布があるぞー」
「ちょっ、希威先輩まで……」
携帯を兎舞に向けてフラッシュを焚く白雪の頭に手刀を当てる水綺。が、その横で希威が兎舞を呼んでいる。兎舞がいそいそと穴から飛び出して、希威に示された落とし穴の中に飛び込んだ。「あらら」と水綺は呆れた顔で苦笑する。もう兎舞達も人間達も目的が変わっていた。
水綺も己の欲を利用してやろうかと、兎舞が居る落とし穴を覗き込んだ。手触りの良さそうなたくさんの布に包まれ、幸せそうにコロコロ転がっている兎舞を見つける。大きな布団を前にしてはしゃぐ子供みたいで、正直、微笑ましい。
「ずっきー、この布欲しいです!」
「同じやつを買ってあげるから、人間達が用意したものを持って帰ろうとしないの」
「はーい」
水綺の言うことを素直に聞いた兎舞が、軽やかに落とし穴から出てくる。希威と白雪は布を退けて他の穴の中を確認していた。兎舞も二人の元に駆けて行く。水綺は「これはダメね」と困った笑みを浮かべ、人間たちの方へと視線を向けた。水綺から出た「人間」という言葉で、妖怪と対峙中だと思い出したらしい。身を強張らせて一心不乱に逃げ出した。勿論、一人も逃すわけがない。軽く運動して助走をつけ、落とし穴ゾーンを跳び越える。そして、超能力で全員捕まえた。
水綺が一人残らずなんて縛って戻ると、三人とも居なくなっていた。落とし穴に落ちないよう、宙に浮かんで上から探す。三人はチョコレートをたくさん詰め込んだ落とし穴の中に仲良く落ちていた。全員がチョコレートまみれだ。楽しそうで何よりだが、仕事をサボった罰を与えようと思う。
「三人共、仕事をサボったお仕置きとして、私が見つけた落とし穴にも落ちてくれるかしら?」
「ずっきーも面白そうな落とし穴を見つけたの?」
「しょうがねぇなぁ、水綺は」
「うちらに落ちてほしい穴はどこなん?」
完全にハイテンションな三人が楽しそうにウキウキしながら出てきた。「あれ、お仕置きって言ったわよね?」と困惑する水綺をよそに、兎舞がキラキラとした瞳で「ずっきー、どこです?」と急かしてくる。悔しいけどめちゃくちゃカワイイ。それに別に一人でも苦じゃなかった。ということで、結局、甘やかすことにする。
「じゃあ、兎舞はそこの猫のぬいぐるみまみれの落とし穴に入ってくれるかしら?」
「よっ、と」
「希威先輩はそこの美味そうなシュークリームの穴で、白雪先輩は甘そうなお酒の穴でお願いします」
「ほいっと」
「あ、このお酒、甘くて美味しい」
水綺の指示通りに兎舞と希威と白雪が、それぞれの落とし穴に飛び込む。苦いものを好まない白雪が、甘くて美味しい酒を一口舐めて喜んでいた。希威は自分の体重でシュークリームから飛び出した生クリームまみれになって、楽しそうに笑っている。
兎舞は「にゃんこー、かわいいなぁ」と、猫のぬいぐるみに囲まれながら、一匹ずつ丁寧に撫で回して溺愛していた。全くお仕置きになっていない。我ながら三人に甘すぎるなと呆れながら、取り敢えず、水綺は三人それぞれの写真を撮っておいた。




