39.潜入捜査の為に面接を受ける話
警察からの依頼でとある研究施設を調査することになった。調査は普段の殲滅と違って、人間の姿に化けて潜入し、害を及ぼすことをしていないか確認する仕事だ。そして、滅するに値すると判断した時点で、妖怪の姿に戻って、いつも通り暴れるのである。
今回の調査対象は、出入り不可能で何をしているのか警察に捕ませていない。入所希望者として潜入を試みても、面接で全員落とされたと聞く。面接は催眠術で突破するにしても、ある程度、気を引き締めておくべきかもしれない。水綺は面接室のソファーに座り、目だけで室内を簡単に確認する。
「それでは面接を行います。私に聞かれたことを嘘偽りなく本音でお答え下さい」
何も仕掛けられていないテーブルとソファーだけの部屋に入ってきた男が歩きながら言う。よくある面接のように先に座って待っているスタイルではなく、向かいのソファーに腰掛けもせず資料に目を落としながら、面接の開始を告げられた。思っていたより、硬い印象がない。あまり気を引き締める必要はなかったかもしれない。
面接官の男は水綺の向かい側のソファーに腰掛け、テーブルの上に幾つかの資料を置く。ちなみに他の三人は、水綺を乗せたソファーの後ろで、外部に声を聞こえなくする結界の中に隠れていた。勿論、いざという時に会話できるように、水綺が座っているソファーも結界に覆われている。催眠術で四人合格にしてから姿を見せる予定だ。
「まず、あなたのお名前を教えてください」
「水綺です」
無難な質問に答える水綺の後ろ、結界の中で三人も「兎舞です」「白雪です」「希威です」と名乗っていた。どうやら既に暇になってきたらしく、四人以外に声が聞こえない結界の中だからと、面接を受ける程で遊び始めたみたいだ。クスクスと何とも楽しそうに小さく笑いながら、如何に真面目な声で名前を告げるか勝負している。楽しそうでなによりだ。水綺も混ざりたい。
「あなたはこの鬼についてどう思いますか?」
微笑ましさと羨ましさに包まれる水綺の眼前に、面接官が兎舞の写真を差し出した。兎舞が人間に化けず外に出るなんてほぼないのに、よくもまあ写真なんて撮れたものだ。鬼の研究に精を出している施設なのだろうか。水綺は嫌な予感を覚えて、いつもの兎舞を狙う連中と同じ部類の人間か、さりげなく確認することにした。
「大変美しく可愛らしいですね」
「そうでしょう!? 我々はこの鬼について色々と調べているんです!」
面接で同時に会うのは初めてなのか、興奮した様子で口を滑らせる面接官。「とま以外に鬼なんて居るです?」「居らんと思う」「絶対に兎舞のことだろ」と兎舞を除いた二人も、水綺と同じくげんなりとした声だ。
きっと鬼という種族についてではなく、兎舞自身について調べているのだろう。そのうえ、こういった連中は、兎舞を捕まえるための道具や着せたい服を集めたり、飲ませてみたい変な薬を作っていたりする。
「あなたがこの鬼を捕まえる場合、どのような方法を使いますか?」
「そうですね。攻撃してきたところを抱き締めて、キスで黙らせます」
穏やかな笑みを絶やさず殲滅することを確定し、初めて出会った頃のことを思い出しながら答える水綺。兎舞の捕まえ方を伝授したり弱点を教えたところで、この研究施設は確実に潰すのだから問題ない。真剣な顔で熱心にメモしている面接官への嫌悪感を強めすぎると笑顔が崩れてしまう。故に水綺は、後ろの三人の会話に集中することにした。
「兎舞の捕まえ方か」
「もし、うちが兎舞ちゃんと初対面やったら、美味しいものをいっぱいあげて甘やかした後、連れて行くな。薬を盛るとか殴るとか、あんまり可哀想なこととかはしたくない」
「とま、知らない人から貰ったものは食べないよ。兄さんに怒られるもん」
白雪の方法を聞いた兎舞が得意満面な声色で答える。「偉いぞ、兎舞。ご褒美に頭を撫でてやろう」と希威に頭を撫でてもらえて、「えへへ」と喜んでいた。かわいい。水綺の荒んだ心が仲良しな三人に癒される。
「あっ、シロさんから貰ったものなら食べるよ?」と悪戯っぽく期待を込めた声で誘惑する兎舞に、「何でも奢ったる!」とあっさり負けた白雪が恐らく飛びついたであろうところで、面接官に質疑応答を再開された。
「あなたが鬼を捕まえた暁には、何をしたいですか?」
「笑っている顔が見たいので、警戒心を解く為に甘やかします」
「で、では、何か一つ薬を使えるなら、どのような効果を持つものを盛りますか?」
甘やかすという回答に目を見開いた男が、少し食い気味に身を乗り出して、立て続けに質問してくる。今回の兎舞を狙う輩は、己の欲望をとにかくぶつけたいタイプのようだ。兎舞が嫌がっても泣いても実験を止めないのだろう。絶対に分かり合えない。
かと言って、今まで何度か遭遇した敵同士なのにベタベタに兎舞を甘やかす輩とも、嫉妬心の方が勝って仲良くできる気なんて小指の爪ほどもしないが。水綺は胸糞悪さを内に秘めて、なるべく兎舞を苦しめなくて済む薬を選んだ。
「睡眠薬ですかね。可愛い寝顔を目に焼き付けたいです」
「なるほど、寝顔ですか。いいですね」
どこか安心した様子で椅子に座り直す面接官。同士だと思って割と心を開いていた為、面接で落とさず済みそうで安心したといったところか。ならば恐らく、同士でない者は写真の段階で落とされているか、二つ目以降の質問を変えているのだろう。真面目で勤務中に私欲を外に出さない警察なら、たとえ兎舞に写真で惚れたとしても嘘を吐いてしまい突破できないはずだ。
意図しているのかいないのか不明だが、下心を出すと落ちると判断した警察や偽の同士を、面接で振り落とすことができる画期的なシステムである。と、意外と優秀な仕組みに感心する水綺の後ろで、兎舞が少し照れ気味に落ち着かなさそうに呟いた。
「とま、ずっきーに寝顔が可愛いって思われてたんだね」
「兎舞ちゃんの寝顔はめっちゃ可愛いで。うちは甘えたくなる薬とかがええなぁ」
「おっ、いいねぇ」
なんて二人で盛り上がっている白雪と希威も、面接官と違って兎舞に負担をかけない薬ばかり羅列している。「……素直じゃないとまはやだです?」「違う違う。普段は猫みたいに気まぐれで照れ屋な兎舞が、たまに甘えるのが良いんだよ」という兎舞と希威のやり取りに癒されていると、面接官が遂に水綺の地雷を踏み抜いた。
「鬼の涙を見るにはナニをすれば良いと思いますか?」
「兎舞には笑顔で居てほしいので、絶対に泣かせることはしません」
鼻息荒く下品な方向に話を進めようとされ、水綺は元の姿に戻って腰を上げる。潜入の必要なんてない。面接だけでよく分かった。この施設は放っておくと、後々、兎舞に危害を及ぼすに違いない。水綺と同意見なのか、白雪と希威が元の姿に戻って立ち上がる。兎舞は水綺の言葉に感激してときめいていた。




