38.消えかけの妖怪に妖気をあげる話
妖怪の中には他の妖から妖気を貰わなければ存在を維持できない者も居る。最近、しょっちゅう戦うことになっている妖怪化した食べ物のように、感情が爆発して一時的に妖気を得た存在の他、ただでさえ少ない妖気を上手く体内に維持できない小妖怪などだ。彼等は妖気を失うと存在できなくなり雲散霧消する。
通常、生まれも育ちも妖怪であれば徐々に回復していく為、身体に力が入らなくなる程度で済む。その間、指一本も動かせなくなる故、必ず安全な場所に居なければ危ないものの、妖気を全て失っても消えることはない。しかし、突然変異で妖怪化したり、体内に溜めておけない小妖怪は、妖気を回復せることができない。故に、妖気を失うとこの世に存在できなくなるのだ。
「人間に意地悪する食べ物ならまだしも、小妖怪たちは絶対に救ってあげたいよね」
「ああ、急ごうぜ」
水綺の何でも屋では、そういった善良且つか弱くて小さな妖怪から依頼を受けることもあった。現在、兎舞と一緒に希威が向かっている依頼人も、妖怪としての存在を維持できず消えかけている小妖怪で、一刻も早く妖気を欲している。遅刻すると依頼人の命に関わる為、急いで指定された場所に行くと、しおしおに枯れ果てた小さな紫陽花がポツンとあった。
休日の夜で誰も居ない小学校の裏庭にある異色の紫陽花は、微かに妖気を放っている。「これかな?」「これだな」と兎舞と希威が紫陽花のそばに屈んだ瞬間、依頼人から伸びた大量の枯れた蔓に捕まった。「どっちも妖気を吸い尽くされると帰れねぇから兎舞だけにしてくれ」と希威が説き、紫陽花へと捧げられる兎舞。「えぇー、とまぁ?」と不平を鳴らす兎舞だが、紫陽花に両手脚を拘束されて宙に浮かされ、妖気を吸う準備を進められている。
「あっ、なんかじんわり温まってきた。お風呂のお湯に浸かってるみたいです」
「へぇー、蔓を温めて吸うタイプなのか。珍しいな」
諦めたのかじんわりとした温かさを気に入ったのか、兎舞が不満げだった顔を綻ばせて、脱力した身体を蔓に預ける。紫陽花に変な動きをされないよう見張りつつ、今までのと違った吸い方に感心する希威。これまでも妖気を渡す依頼を何度か受けたが、大抵、兎舞の容姿に魅了されて暴走し、妖気を吸いつつ身体を触ったり服を脱がす。
そんな時は兎舞にセクハラを耐えさせることになるうえ、兎舞の綺麗な肌を何でも屋の四人以外に見せることになり最悪だ。妖気を吸って回復した暁には、必ず一発はぶん殴っている。酷い場合、一発じゃ終わらない。
しかし今回の兎舞は、ホッと安堵の息を吐いてリラックスし、瞼を閉じて気持ち良さそうに蔓に身を任せていた。それはそれで面白くないが、セクハラされているのを見ているよりマシだ。が、やっぱり気に食わない為、希威は寝ているかの如く動かない兎舞に話しかけてみた。
「兎舞、今はどんな感じだ?」
すると、大輪の花が咲き綻ぶようにゆっくりと目を開いた兎舞が、温まって上気した頬を緩ませてふにゃりと微笑んだ。「めちゃくちゃ、気持ちいいです……」なんて吐息混じりに熱っぽく感想を言う。色づいた頰と気持ち良さそうに垂れ下がった眉も相まって、情事を彷彿とさせる悩ましい表情に見えた。そんな艶やかな顔と声で、紫陽花の蔓がブワッと倍の数に増える。
「ああ、此奴も結局、いつも通りか」と希威は顔を歪めた。紫陽花も兎舞にセクハラするつもりかと、どこに何をしたか確認する為、しっかりと目を凝らす。これまでも、触ったり脱がした箇所、やらかしたセクハラ行為によって、殴る回数や強さなどを変えていた。ちなみに、一番酷かった妖は顔の形を変形させている。ということで、一片も見逃さないよう熟視していたものの、紫陽花は希威の予想と違うことをし始めた。
少し先端を曲げた五本の蔓で前頭筋と側頭筋を重点的にほぐし、二本の蔓で天柱と風池という首の二つのツボを正確にゆっくりと押す。二本の蔓で肩、四本の蔓で肩甲骨の近くにあるツボをほぐし、他にも部位によって本数を変えながら、マッサージをすると気持ち良い部位をほぐしていた。背骨の両サイドにある筋肉、骨盤と肋を繋ぐ筋肉、臀部の筋肉、足の裏全体など、全身に触れているのに、蔓の動きに下心などは一切感じない。
「ふ、あっ……ん、声、止まんな……ッ」
蔓から下心は感じないのだが、気持ち良さに屈した兎舞の声で、子供にお見せできないいかがわしさを醸し出している。じんわりとした温かい蔓に絶妙な力加減と的確なほぐし方でマッサージされれば、誰だって最高に蕩けることだろう。だが、もう少し声から甘さをなくしてほしい。
「あ、だめ……妖気も減ってて、力が……入んな——んっ」
「——……なぁ、紫陽花。悪いが、一発だけぶん殴っていいか?」
下心を感じないのにとにかくモヤモヤして仕方がない希威は、苦悶の末、苦虫を噛み潰したような顔で紫陽花に問う。兎舞の妖気により復活しかけている紫陽花が、驚いたように蔓の動きを止めた。
目鼻口なんて存在しない故、表情不明だが、希威に殴られそうになって震えている。小妖怪だから当然だ。しかも、紫陽花はマッサージをしただけで、何も悪いことをしていない。
「ねぇ……とま、まだ妖気残ってるよ? もう、やってくんないの?」
すると、兎舞が物欲しそうな顔で小首を傾げ、マッサージの続きを要求する。少し潤んだ寂しそうな瞳に期待を滲ませられているのに、それを無視して応えないなんて、そんな残酷なことをできるだろうか。答えは否。断れる奴など居ないはずだ。紫陽花も蔓の動きを再開した。
心なしか期待に応えようとやる気を漲らせた蔓は、先程よりもゆっくりと丁寧にほぐしている。これで紫陽花が希威に怯えて兎舞に応えなければ、それこそ殴るどころか燃やしていたところだ。が、それはそれとして、やっぱり終わったら一発だけぶん殴ろうと、希威は複雑な心境で決意した。




