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人外たちの日常  作者: 甘夏 みかん
第一部
35/66

35.依頼人に狙われる話【Ⅱ】

「おおー、確かにこれは変な生き物です」


「変な生き物っつーか、また妖怪化した食い物じゃねぇか」


「お供物の饅頭が妖怪になったんかな」


 目的地にある祠を覗き込んだ兎舞と希威と白雪が、ポツンと中に鎮座した見た目普通の饅頭を見る。一見すると何の変哲もない食べられそうな饅頭だが、全体から妖気が溢れ出ていて妖怪だと主張していた。一口サイズの小さな饅頭にしか見えないが、一番若い子供をどうするつもりなのだろうか。


「あの、全員で来て下さったんですね」


「はい。一番強いのは自分だと、大人しく留守番してくれなくて……」


 申し訳なさそうな顔の奥に不服を隠した依頼人の男に、水綺は困ったように眉根を垂らして微笑み適当な嘘を吐く。依頼人は平々凡々な容姿に浴衣と眼鏡を合わせた細身の男だった。苦々しい顔に引き攣った笑みを貼り付けており、やはり祠の妖怪退治より兎舞に何かするのが目的のようだ。

 水綺は予想通り過ぎる展開にこっそり溜息を吐いた。取り敢えず、何をされるか分からないうえ、兎舞は好奇心で自ら罠に飛び込む為、一人にしないよう見張っておかなければ。チラリと狙われている張本人に視線を向けると、トコトコとやって来た小さなマンチカンに擦り寄られ、口に咥えていたお気に入りのおもちゃを貰っていた。


「にゃんこ、どした? このおもちゃ、とまにくれるの?」


「流石、兎舞ちゃん。まさか初対面の猫に、こんなに懐かれるとは……」


「お前、実は鬼じゃなくて猫又なんじゃね?」


 お腹を見せて甘える猫を撫でる兎舞に、白雪が感心する。確かに、毛を逆立てて威嚇したりジッと見つめて観察することなく、近寄って来た挙げ句、腹を見せるなんて懐かれすぎだ。よその家の飼い猫に初対面で懐かれるなんて、猫の扱いを完全に熟知しているとしか思えない。もしくは希威の言う通り猫の妖怪であれば、猫を警戒されることなく従えられる。茶目っ気のある瞳で訝しむ希威に、兎舞が左右の角を指差して抗議した。


「れっきとした鬼です! ほら、角あるでしょ!?」


「お触りは?」


「駄目!」


 角の前で腕を交差させ、茶化す希威から弱点を守る兎舞。少しだけビクビクしているが、兎舞に嫌われることを何よりも恐れる希威に、弱点である角を触るなんて選択肢はない。莞爾として笑いながら、代わりに頭を撫でている。すると、戯れる二人の近くで、白雪が祠の中を覗き込んで頭を垂れた。


「それにしても、饅頭から妖気は感じるのに、何もしてこうへんな?」


「寝てるんじゃね?」


「起こすか」


「寝起きドッキリしようです」


 饅頭をターゲットにしたドッキリという意味不明すぎることを言って、希威と白雪の「饅頭が寝てる」「饅頭を起こす」なんて破壊力抜群の言葉を凌駕する兎舞。しかも、希威と白雪は「おっ、いいねぇ」「定番は落書きよな」と何故か乗り気だ。

 祠の中にポツンと置かれた小さな饅頭に、一体どんな仕掛けをするつもりなのだろうか。少し気になった水綺も会議に混ざりたくなる。と、混ざろうとしたところで、依頼人が鳩が豆鉄砲を食ったような顔で突っ立っているのに気付いた。


 どうやら人数分のお茶を淹れに行っていたらしい。手に湯呑みを五つ載せた盆を持っている。その状態のまま、緊張感の欠片もない三人に唖然とする依頼人に、水綺は自分も乗り気だったことを棚に上げて、困ったように微笑みながら謝罪した。


「すみません。緊張感のない馬鹿ばっかりで……」


「えっ? あっ、いえいえ。おかげでこちらの不安も少し和らぎます。それから祠の饅頭は、茶を供えると飲み終わるまでの間だけお話ししてくれますよ。淹れてきましたので、皆さんもどうぞ」


「有難う御座います、いただきます。お饅頭さーん、とまとお茶しようです」


 何か入っていると一目瞭然な湯呑みが、依頼人の手から一人一つずつ渡される。それを分かっているはずなのに、貰った瞬間、美味しそうに飲み干した兎舞が、饅頭の湯呑みに軽く自分の湯呑みを当てて誘う。素早く兎舞の細身に目線を走らせたところ、何も異変は起きていないように見える。遅効性の薬を入れたのか、それとも妖怪に効かない人間用の薬なのか。何にせよ、しばらく用心するに越したことはない。

 すると突然、水分を吸って膨らんだパンみたいに、成人男性の平均身長ぐらいまで饅頭が大きくなった。ちなみに、依頼人の庭園に建てられた祠の大きさは、大型の室外倉庫ほどある為、潰れることはない。開け放たれた祠の扉から、地響きを轟かせてゆっくりと姿を現した饅頭。鬱陶しいほどの妖気を周囲に撒き散らし、どこにあるか分からない口で当然の如く喋り出す。


「ほう? 中々に若く美人な生贄ではないか。気に入ったぞ」


「うわっ、ホンマに喋った」


「食い物が喋るのはいつ見ても慣れねぇな」


「貴様等も生贄か? なるほど、全員美しい顔立ちを……」


 うげぇーと気持ち悪そうに顔を歪める白雪と引き気味の希威。二人も端正な顔立ちと美しい身体付きをしている為、饅頭がどこにあるか不明な鼻から洗い息を出す。普段、兎舞ばかり狙われていて無縁な二人に、気色悪そうにドン引きされていた。

 かと思いきや、興奮気味に喜んでいた饅頭が、不意に言葉を切り、ブルブルと震え始めた。情緒不安定な饅頭に怪訝な表情をした希威が、「どうした?」と面倒臭そうに尋ねる。饅頭は全体的に青褪め、怯えた様子で恐る恐る問いかけてきた。


「ま、まさか……妖怪か?」


「見れば分かるでしょう? 兎舞とか希威先輩なんて、思いっきり見た目が妖怪じゃない」


「な、何だと!? 貴様、我を騙したなァァァっ!」


「ひ、ひいっ!!」


 普段の優しい雰囲気からかけ離れた、木で鼻を括ったような態度で肯定する水綺。どういう協定を組んでいたのか、妖怪相手だと知って激怒する饅頭に、依頼人が上擦った声を上げながら水綺の後ろに隠れる。見た目的に人間だと判断したらしく、饅頭が一瞬躊躇しつつ水綺に飛び掛かった。


「依頼人さんじゃなくてとまと遊ぼうねー」


「ぐああっ!!」


「えっ、弱っ……」


 しかし、そう簡単に辿り着けるはずもなく。兎舞の横を通り抜けようとした瞬間、棍棒で地面に叩きつけられて四散する。一撃で文字通り地に沈んだ饅頭を見下ろし、肩透かしを食ったような顔で兎舞が目を瞬いた。地面でぐちゃぐちゃになって饅頭は、妖気を持っていると思えぬほど動かない。

 散り散りになった饅頭の欠片を、棍棒の先端で軽く突きながら、「おーい、もう終わりなの?」と呼び掛けている。これまでの妖怪化した食べ物との戦闘では、不思議な技を見せてくれたり手強かったりした故か、どことなくつまらなさそうだった。


「兎舞ちゃんが棍棒で叩き落としただけで潰れてもうたな」


「兎舞、ちゃんと加減してやったか?」


「うん。えっ、これで終わ、り……あ、れ?」


 兎舞の横に仲良く並んで屈み込み、白雪と希威も饅頭の欠片を見下ろす。鬼の方が強いと認識している希威の質問に肯いた刹那、喋っていた兎舞の華奢な身体な身体がフラリと傾いた。棍棒すら持てないほど力が抜けたようで、重力に従って希威の方へと倒れていく。


「おっと、薬が回ったか」


「兎舞ちゃん、身体はどんな感じ?」


 棍棒を落として地面に向かう兎舞を受け止めた希威が、饅頭の破片を足で蹴り飛ばして綺麗にし膝枕をする。身を乗り出して心配と期待を込めた瞳で尋ねる白雪だが、兎舞はグッタリとしたまま意識を失っていて返事を返さない。何を盛られたのか確かめる為、水綺も気を失った兎舞の元に向かう。顔色や体温を確認して毒や発熱剤ではないか診察する。と、兎舞の瞼がゆっくりと開いた。

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