34.依頼人に狙われる話【Ⅰ】
事務所兼自宅に置いてある、何でも屋専用の電話が鳴った。ここにかけてくるのは、非現実的な妖怪に困っている人々や、危ない研究をしているのに介入できない警察だ。今回の電話の相手は妖怪に住み着かれて困っているという男だった。簡単に情報を集めて顧客リストを作成した後、水綺は料金表を手元に置いて伝える。
「依頼料は成功報酬の二十万円と、滞在時間に一万円を乗じた額の合計となりますが、大丈夫でしょうか?」
『はい、問題ありません。お金で解決できるのならば、いくらでも支払います』
「かしこまりました。それでは、詳しいご依頼内容を教えていただけますか?」
本当に困っていると伝わる焦燥っぷりで食い気味に肯定され、水綺は軽く面食らいつつ受話器を耳から離して依頼の詳細を聞く。妖怪故、聴覚が人間よりも鋭く、少し遠い音でも難なく拾える。むしろ、劈くような声を出されると、人間よりも鼓膜にダメージを負う為、やめてほしい。
水綺は軽く相槌を打ちながら、作ったプロフィールに概要をメモする。どうやら、代々、家が管理している曰くつきの祠に、変な生き物が住み着いたらしい。そして明日、一番若い子供を生贄として捧げるよう言われたそうだ。ありきたりな神の真似事をするタチの悪い妖怪だろう。
「では、ご依頼内容は住み着いた生き物の討伐ということで宜しいですか?」
『はい、お願いします』
「かしこまりました。ちょうど手隙の従業員がございますので、これからすぐに向かわせます。ご住所を教えて頂けますか?」
登録日や名前、電話番号やメールアドレス、依頼内容など個人情報をある程度集めた水綺は、最後に仕事場となる場所の住所を問いかけた。すると、これまで焦燥感に背中を押され、スムーズに情報を渡してくれていた依頼人が、怪しすぎるぐらい不自然に口ごもってしまう。
妖怪に住所を知られたくないのだろうか。しかし、祠の妖怪を祓うならば、教えてもらわなければ仕事できない。水綺がもう一度訪ねようとした時、依頼人の方からおずおずと話を再開してくれた。何だか歯切れが悪く言いづらそうな雰囲気だ。何を言うつもりなのだろうか。
『あの、すみません。明日でも大丈夫ですので、可能でしたら若い鬼の方をお願いできますか?』
「えっ、何故ですか?」
『申し訳御座いませんが、私の大切な一人息子の命がかかっておりますので、一番強い方にお願いしたいです』
今までされたことのない申し出に目を瞬いた水綺は、依頼人の口から紡がれる嘘であろう理由に冷たい目をする。確かに兎舞は、若くて美人な鬼と噂されていた。誰が広めたのか知らないが、どんどん広まって来ている。しかし、何でも屋の中で一番強いとは囁かれていない。人間にとって妖怪なんて誰であろうと強いからだ。強いて言うのであれば、兎舞は四人の中で一番力自慢だ。
が、一番強いかと問われれば、そうとも言い切れない。何故なら、それぞれ得意なシチュエーションや戦闘、不得意なシチュエーションや戦闘があるからだ。人間相手ならば寿命を確実に刈り取れる白雪。大人数相手ならば一人でも突っ込んでいける戦闘慣れした兎舞。炎や結界など適材適所に味方をサポートするなら希威。そして、情報を抜き出したり自滅させるなら水綺が一番強い。
即ち、兎舞でなければならない理由は、別にあるということになる。それも、祠に住み着く妖怪退治より、おそらく兎舞を呼び出すのが本命だろう。ここで放って置くと、後に面倒なことになる。そう確信した水綺は、取り繕った笑みで敵意を隠し、違和感のない声で了承を伝えた。
「かしこまりました。それでは、ご希望の従業員の手が空き次第、すぐに向かわせますね」
『有難う御座います。我儘を言って申し訳ございません』
「いいえ、お気遣いなく。失礼致します」
苦虫を噛み潰したような顔で、備考欄に『兎舞指名』と書いて電話を切る。本当に嫌な予感しかしない。絶対に兎舞を一人で行かせてはいけないと、脳が警鐘をガンガンに鳴らしている。
水綺は電話の内容を気にして見上げてくる三人に、依頼人のプロフィールをコピーして手渡してあげた。別にコピーなんてしなくても、妖怪の聴覚の鋭さで、全部聞こえていただろうが。
「ということみたいですが、どう思いますか?」
「わざわざ兎舞ちゃんを指名するなんて、絶対に目的は討伐ちゃうやん」
「だろうな。聞いた感じ普通の人間っぽかったが、兎舞を捕まえてナニをする気なんだか……」
「とまを息子の代わりに生贄として捧げるんじゃねぇの?」
あからさまに眉間に深い皺を刻んで床を睨め付ける白雪と、眼光で人の命を消し飛ばせし得ない苦々しい表情をする希威。きっと二人の脳に浮かんだ依頼人は、可能な限りの手段でボコボコにされているのだろう。一人だけ分かっていない兎舞の頭を撫でて、水綺は希威と白雪に同行するかどうか尋ねる。
「まぁ何にせよ、兎舞だけで行かせるわけにはいかないわね、一緒に行きましょうか。希威先輩と白雪先輩は行けますか?」
「ああ。俺の今日の仕事は、もう終わったからな。つーか、仕事が入ってたとしても、別日にしてもらって兎舞に着いて行く」
「うちも問題ないで。いざとなったら、依頼人の寿命を刈り取ったる」
指から炎を出した希威が、既に依頼人を炙る用意を始めながら、威圧的な空気を醸し出して答えた。巨大鋏を召喚して、シャキシャキと何度も刃の部分を閉じたり開いたりし、何の罪もない床を脅す白雪もそれに続く。照れ臭さを隠すみたいに唇を尖らせ、兎舞が不貞腐れた表情で不平を鳴らした。
「皆、過保護すぎです。とま、こう見えても一番戦闘慣れしてるよ?」
「拗ねんなって。皆、兎舞が大切だから、心配で仕方ないんだよ」
揶揄の色を含まない慈愛に満ちた微笑みで、水綺はありのまま本音を伝える。きっと茶化してくることにツッコミを入れて、有耶無耶にする作戦だったのだろうが、そう簡単に思惑通りに進めてなんてやらない。自分たちがどれだけ兎舞を大切に思っているのか、しっかりと伝えておかなければ。
案の定、真っ直ぐ伝えられると思っていなかったらしい兎舞が、少し面食らった後、微かに頰を色づかせて面映そうに目を逸らす。緩んでしまいそうな口元を無理やり引き締めているみたいに、素っ気ない態度で「……ふーん」と興味なさそうに答える。
「あっ。兎舞ちゃん、照れてる。かわいい」
「て、照れてねぇです! 早く行こうよ、ずっきー」
ニヤニヤと口元に弧を描いた白雪が、兎舞の頰をツンツンと人差し指で突いた。指摘されたことで更に羞恥心を煽られたか、兎舞がカァーっと紅葉を散りばめさせる。明らかに目を泳がせながら白雪を上目遣いで睨み、どう見ても照れている顔で強がる姿がとてもかわいい。
と、希威と一緒に微笑ましく見守っていると、勢いよく立ち上がって水綺の手を掴む兎舞。手首についたブレスレットやレザーバングルが微かに揺れた。しなやかで綺麗な指を絡められて、キョトンとして目を瞬く水綺を連れ、ズカズカと大股で玄関に向かう。そのまま、逃げるように走って、依頼人の元に行った。




