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人外たちの日常  作者: 甘夏 みかん
第一部
32/66

32.異空間を調査する話【Ⅶ】

 八の部屋は壁に様々な桜のイラストを展示した場所だった。等間隔で飾られた絵の額縁にボタンがある。試しにボタンを押してみると、下にあるホワイトボードに文字が浮かび上がった。壁にプロジェクターでも仕込まれているのだろうか。

 「スゲェ、いろんな桜の絵があるです」と目を輝かせる兎舞の肩を突き、白雪は「ボタンを押すと説明が見れるで。これは山桜っていうねんて」と教えてあげる。兎舞が小走りで白雪の横に立ち、膝を軽く曲げて説明に目を滑らせ始めた。楽しそうで可愛い。


 ほぉーっと感心した様子で説明を読み終えた後、上に飾られた桜の絵をジーッと見つめる。たっぷりと時間を掛けて目に焼き付けてから、隣にある次の展示物へと走り寄る兎舞。ワクワクしながら字を追いかける姿は、初めて来た家の中を走り回る子猫みたいだ。


「やばい、楽しい。謎解きとかどうでも良くなってくるです」


「それはダメだろ」


「あっ、これは分かる。染井吉野だ!」


「あー、よく見る桜やね」


 思わず吐露した本音を聞いた希威のツッコミを無視し、染井吉野のイラストに目を落とす兎舞に肯いてあげる白雪。絵の中で咲き誇る姿は、風光明媚な景色に負けず劣らず綺麗で迫力がある。

 まるで、本物の桜をそのまま絵の中に落とし込んだみたいだ。白雪も兎舞に釣られて呆然と絵を眺める。そんな二人の後ろから、水綺の呆れたような微笑ましそうな声が聞こえてきた。


「あの二人、謎解きそっちのけで、順番に鑑賞し始めましたね」


「途中からになるけど、俺達も見に行くか」


「はい」


 「これ、かわいい」「霞桜だって」と会話をする白雪と兎舞の後ろから希威と水綺が覗き込んだ。謎解きのことなんて一旦忘れて、全員で普通に桜展の鑑賞を楽しむ。十個以上もある展示物に五分以上の時間をかけてゆっくりと見ていく。

 本当に四人で花見でもしているみたいだ。緊張感の欠片もないほのぼのとした雰囲気に、白雪は何となく嬉しくなってこっそりと相好を崩す。だが、楽しい時間というのは有限だ。遂に、十六個目となる最後の展示物の鑑賞を終える。


「これで全部か」


「楽しかったな」


 白雪と同じ感情だったのか、少しだけ後ろ髪を引かれている希威に微笑みかけた。兎舞が二周目に入ろうとして、水綺に襟首を掴まれて止められている。名残惜しいが、そろそろ謎解きタイムだ。「それじゃあ、謎解きに入りますかね」と、切り替えた希威が皆の顔を見渡す。肯いた白雪は顎に手を当てて考えた。


「どういう問題なんやろうな」


「桜の種類とか数で謎を解くんでしょうか? 何がありましたっけ?」


「山桜、大山桜、丁字桜、豆桜、霞桜、大島桜、江戸彼岸桜、高嶺桜、深山桜、寒緋桜、熊野桜、染井吉野、枝垂れ桜、河津桜、八重桜、冬桜」


 一番入り口に近い展示物から順番に指差しながら水綺の質問に答える兎舞。艶やかな唇からスラスラと出てくる桜の名前に、白雪は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で唖然とする。記憶力がいいとかそういう話ではない。

 「えっ? えっ?」と面食らっていた希威が、試しに最初の三個ほどを確認して合っていることを告げた。白雪は「よく覚えとるね」と拍手喝采を送る。が、何故かバツが悪そうな顔をした兎舞が、「メモしておいたから」と桜の名前を羅列したメモ帳を見せた。

 記憶力が凄かったわけじゃないことに気まずさを感じているのだろうか。謎解きの為にメモしておくのも十分に凄いことだと白雪は思う。目を輝かせて楽しんでいるように見えて、兎舞が一番謎を解く時のことを考えていたらしい。白雪は純粋に楽しんだ己の失態を恥じてから、目を泳がせる兎舞の頭を撫でた。


「兎舞ってばホンットに優秀だなぁ」


 希威もよしよしと頭を撫でながら兎舞を褒める。照れて手を跳ね除けるかと思いきや、兎舞が得意気に胸を張って「もっと褒めろです」と頭をグリグリした。そんなこと言われたら賞賛の嵐を浴びせないわけにもいかず、髪の毛をボサボサにしながら思いつく限りの褒め言葉を伝える希威。

 「偉い」や「天才」に代わる類義語をどんどん吐き出しているうちに、どんどん「可愛い」などと容姿や仕草を褒め出し、兎舞に「なんか途中からおかしくね?」とツッコまれていた。それを少しだけ羨ましく思いながら、白雪は額縁に設置されたボタンに目線を移して押してみる。


「このボタンも何か意味がありそうやなぁ」


「わっ!? 地面に何か書いてます!」


「えっ? わっ、ホンマや」


 息を呑む水綺の視線の先、光を当てた場所に何か書いていた。白雪も目を丸くして文字の近くに屈むと、カタカナの『デ』がデカデカと刻まれていると分かる。山桜の絵画に付随したボタンを押したからだろうか。もしや、今までのボタンでも、床に文字が映るのかもしれない。

 白雪は浮かんだ推測を告げる為に顔を上げる。同じ考えに至ったのか、水綺と視線がかち合った。他にも試してみようと頷き合う。ちなみに、兎舞と希威は何がどうなってそうなったのか、狭い室内で追いかけっこをしていた。


「文字があったのは、全部で八つやね。大山桜と霞桜、高嶺桜、深山桜、熊野桜、枝垂れ桜、八重桜、冬桜。それぞれの文字は、『デ、ミ、ス、-、グ、ラ、ス、ソ』」


 全てのボタンを押して集めた文字を、携帯のメモ機能に入力していった結果、八文字を獲得した白雪と水綺。きっと何かの言葉になるのだろう。そう思って並べ替えようとした刹那、兎舞がひょっこりと顔を覗かせて首を傾げた。


「……デミグラスソース?」


「ああ、これも五十音順なのね」


「ホンマや。デミグラスソースになる」


 ボタンを押して浮かび上がった文字を、桜の名前を五十音順に並べた状態で読む。そうするとデミグラスソースになった為、二人は兎舞の頭の回転の速さに感心する。

 この異空間に閉じ込められたことで、兎舞が並び替えを得意とすると初めて知った。白雪はふと希威の存在を思い出し、チラリと後ろを向く。希威は屈み込んで悶えていた。


「わっ、とまの手が光ったです!」


「デミグラスソースが召喚されたわね」


「どういう仕組みなんだろうね」


 希威に気を取られていた白雪の横で、兎舞と水綺が会話を繰り広げている。目線を桜の展示物の方へと戻した白雪の視界に、兎舞の手に乗せられたデミグラスソースが映った。兎舞が自分の手のひらを観察して、デミグラスソースを召喚した仕組みを調べている。水綺も手相を見るみたいに、兎舞の綺麗でしなやかな手を撫でたり触っていた。

 ひとまず、これで全ての部屋を回ったことになる。ハンバーグの材料もいい具合に揃ったのではないのだろうか。ということで、白雪は少しの嫉妬を滲ませて兎舞の手を掴んだ。キョトンとする兎舞にニコリと笑みを浮かべて、「中央の部屋に行ってみるで」と誘う。苦笑を頰に含ませた水綺に呆れられているが、子供っぽく嫉妬したおかげで兎舞と手を繋げて、白雪は大満足だった。


 兎舞と仲良く手を繋いだまま中央の部屋に戻った白雪は、今まで集めた材料の横にデミグラスソースを置く。これで、全ての部屋から回収したことになる。回収した材料は、卵、玉葱、パン粉、牛乳、挽肉、塩、胡椒、デミグラスソースだ。

 完全にハンバーグを作らせようとしている。普段、コンビニやスーパーの惣菜で済ませている為、白雪に料理の経験など皆無だ。ハンバーグなんて難しい料理など作ったこともない。それは、あまり自炊をしない他の面々も同じだろう。


「とま、ハンバーグなんて作ったことないんだけど」


「私も」


「このメンバーは全員ないでしょ」


 兎舞の吐露を皮切りに水綺と希威も同意を示した。予想通り、誰もハンバーグなんて作ったことないようだ。そんな四人でレシピもなく一から料理をするなど、絶対に失敗する未来しか視えない。挑んでみれば何とかなる気が全くしなかった。

 中央の部屋にも謎解きがあってレシピを手に入れられないだろうか。そう考えて部屋を見渡した白雪は、新しく中央の部屋に増えているドアを見つけた。八つの部屋の入り口と異なる金色に輝くドアに、集めた材料と同じ形の窪みがある。


「見て! あのドアにそれぞれの具材がピッタリ入る窪みがあるで!」


「どんな窪みだよ」


「嵌めてみればハンバーグのレシピとかが出てくるかも」


 指差した方向に皆の視線を向ける白雪。謎すぎる仕様の窪みにツッコミを入れる希威の横で、兎舞が材料を全て掴んでドアの方に小走りで向かった。途中で落としそうになっていた材料を近くに居た希威が慌てて掴む。

 白雪も水綺と一緒に二人の背中を追いかけた。四人で協力して窪みに食材や調味料を埋め込んでいく。最後のデミグラスソースをドアに嵌め込んだ刹那、周りの景色が変わった。カーテンを閉めた薄暗い室内に、ベッドとサイドテーブルがある。兎舞の寝室だ。


「あれっ?」


「とまの寝室?」


 見覚えのある景色に首を傾げる白雪と兎舞。何故、見覚えあるのかというと、爆睡していて遅刻した際、寝室で眠る兎舞に何度も突撃したからだ。ちなみに、寝顔も毎回記録している。「出られたみたいね」と立ち上がる水綺の横で、希威が「ハンバーグを作らなくても出られるのかよ」とボソッと呟いた。

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