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人外たちの日常  作者: 甘夏 みかん
第一部
31/66

31.異空間を調査する話【Ⅵ】

 塩を回収した水綺と合流した後、七の看板を掲げた扉を開ける希威。中身を当てるクイズで使う箱みたいな物がある。左右と天井に穴が空いており、一人だけなら覗き込めそうだ。何か飛び出してくる可能性を考慮して、一番反射神経が高い兎舞に任せる。

 兎舞が何の躊躇いもなく箱に両手を突っ込み、上の穴から中身を覗いた。特に苦しんだり呻くことなく、中を覗き込み続けている。ひとまず、何か飛んでくることはなさそうで、希威はホッと胸を撫で下ろした。途端、何が入っているのか気になり、湧き出る好奇心の赴くまま兎舞に問い掛ける。


「箱の中に何かある?」


「本があるです」


「本?」


 兎舞の回答を聞いて希威は首を傾げた。「四字熟語図鑑って書いてるです」と答えた兎舞に、「開けそう?」と聞いてみる。「うん」と返ってきた肯定の後、紙を捲る音が室内に響いた。中に記された内容を確認しているのか、兎舞は暫く無言で紙を捲っている。

 一通り見終わったであろう頃合いで、水綺が「私達にも内容を教えてくれる?」と報告を求める。それに「分かったです」と前置きをした後、兎舞が四字熟語を読み上げ始めた。


「開口一番、危機一髪、起死回生、起承転結、空前絶後、九分九厘、軽挙妄動、軽諾寡信」


「漢字ばっかりで耳が疲れるな」


「才色兼備、三寒四温、水天一碧、晴雲秋月、晴耕雨読、誠心誠意、生殺与奪、精神統一、創意工夫、相思相愛、即断即決」


「待って、読むの早い。一気に頭に突っ込まないで」


 兎舞の唇から紡がれる漢字ばかりの難しい羅列に、希威はうげぇーと舌を出して苦々しく顔を顰める。容赦なく続きを読み進めていく兎舞に、耳を塞いでいた両手で慌てて彼女の背中を軽く叩いた。箱の穴から顔を出して希威を見ると、兎舞は「次は四つしかないから大丈夫です」と言ってまた穴を覗き込む。

 「夜郎自大、唯一無二、唯我独尊、有言実行」と読み上げて、「何が大丈夫なのかしら?」と水綺にツッコまれている兎舞に、希威は後ろからギュッと抱きついて背中に顔を埋める。香水を減らす為に嗅いだのに、飽きることのない良い香りが鼻腔を満たした。顔をあげたらしき兎舞が、「何?」と聞いてくる。


「一旦、休憩。ちょっと頭を休ませて」


「狡いで、希威くん。うちも兎舞ちゃんの匂いで回復したい」


 不平を鳴らす白雪に前側を譲る為、兎舞に抱きついたまま箱から離す希威。されるがまま移動させられた兎舞の身体に白雪が飛びつく。「とま、回復アイテムじゃねぇからな?」と言いつつ、兎舞は大人しく希威と白雪に抱き締められている。

 少し吸うのを休憩して顔を上げる希威の視界で、白雪がニッコリと満面の笑みを浮かべて、「でも、いい匂いやから嗅いでたら癒されるで」と、首を傾げた。「でって言われても」なんて困った顔をしているが、兎舞は満更でもなさそうに恥ずかしそうに目を逸らす。


 喜んでいると分かった白雪が、兎舞の細い腰に回した手を強めて、胸板に額をグリグリした。希威も負けじと頸の匂いを嗅ぎながら、水綺からのジトっとした視線を背中に感じ、話を戻すことにする。


「それより、兎舞は共通点わかる?」


「分かんないです」


 小さく首を横に振った兎舞が、「それより、もう良いだろ。続きを読ませろです」と、前後から匂いを吸う希威と白雪を引き剥がした。そのまま、物足りない顔をする二人を無視し、もう一度、箱の中に顔を突っ込んで本を見る。

 あまりにも無防備な背中を晒されて、思わず飛びつきたくなる衝動に駆られたが、邪魔して怒られたくない為、希威は渋々と我慢した。危うくまた腕の中に閉じ込められるところだったことなど梅雨知らず、兎舞は箱の中にあるらしい四字熟語時点の続きを読み上げる。


「合縁奇縁、悪逆無道、悪戦苦闘、阿鼻叫喚、唯々諾々、意気消沈、依怙贔屓、栄華秀英、栄枯盛衰、桜花爛漫、応急措置、温厚篤実、温故知新、音信不通」


「長い長い、突然長い」


「今、何一つ頭に入ってこなかったわよ」


「謎解きどころか覚えるのも難しいな」


 兎舞の声で告げられる四字熟語の量に、希威は彼女の肩に手を置き待ったをかけた。水綺と白雪も苦虫を噛み潰したような顔で辟易している。謎を解くのも大変なのに、資料の読み込みで躓かせないでほしい。ただでさえ聞きなれない言葉ばかりなのに、脳が理解するのを拒否しているみたいに頭に入ってきていない。

 このままでは、七の部屋を突破するのを、兎舞一人に任せることになってしまう。意外にも真面目で聡明な兎舞なら解けそうだが、一人に責任を押し付けるのは嫌だった。希威は顎に手を当ててどうにかしようと考え込む。と、兎舞が箱の中に両手と顔を入れたまま、腕を動かしていた。


「あれ? 兎舞、何してんのさ」


「一人しか見れないのは不便だからメモ帳に書いてるです」


「おおっ、ナイス!」


 希威は衝動的に自分の悩みを一発で解決した兎舞の頭を撫で回す。興奮していて普段より少し強めに撫でた為、整えられていた髪の毛がグシャグシャになっていた。が、兎舞は希威に何度も撫でられたことで慣れてしまったのか、頭を撫でられることを好むからか、特に文句を言うこともなく大人しく受け入れている。

 それどころか、「そういえば、図鑑を箱から出すことはできひんの?」「台とくっついてるから無理そうです」なんて白雪の質問に答えていた。希威は気の置けない人物だと認識してもらえた喜びで、自然と口元をニヤニヤと緩める。基本的に他人を警戒しており、スキンシップを好まないのに、抱擁を受け入れられてる時点で、希威はかなり心を許されている証拠だ。そのことに今更ながら気付いてしまい、希威は顔を俯かせて一人で悶絶する羽目になった。


「うーん、共通点なんてなさそうだなぁ」


「ていうか、見てるだけで疲れる」


「全部、平仮名にしてみるのはどうかしら?」


「やってみるです」


 悶える希威を無視して三人で謎解きを始める白雪、兎舞、水綺。震える身体を叱責して大きく深呼吸し、希威も何とか話し合いに参加する。丁度、兎舞が水綺の案に従って、メモ帳の四字熟語を平仮名に変換してるところだった。

 辞典なしだと意味も分からない四字熟語をひらき終わった兎舞が、ボールペンの黒インクをカチッと引っ込める。そして、水綺や白雪みたいに「うーん」と首を捻ることなく、メモ帳に目を落としたままポツリと呟いた。


「……胡椒だ」


「胡椒?」


「カ行は『こ』、サ行は『し』、ヤ行は『よ』、ア行は『う』から始まる四字熟語だけないから、それを抜き出したら胡椒になるです」


 いきなり調味料の名前を言われた希威が首を傾げると、メモ帳の四字熟語の最初の文字に赤インクで丸を付け、しなやかな指でなぞって胡椒を示す理由を説明する兎舞。正直、兎舞の細長く真っ白な指や、綺麗に整えられた艶々の爪に、自然と目が釘付けになっていて聞いてなかった。

 そんな馬鹿は希威だけだったらしく、「ホンマや」と目を丸くする白雪の横で、水綺が笑みを浮かべて兎舞の頭を優しく撫でる。「よく気付いたわね、流石だわ」と褒められ、兎舞が「ずっきーが案を出してくれたからです」と照れ臭そうに目を逸らす。


「褒められたうえ頭を撫でてもらえて照れながらも嬉しそう目を細める兎舞かわいい」


「撮るな、馬鹿」


 早口で溢れ出る感情を唇から吐き出し、携帯を構えて写真を連続で撮りまくる希威。真顔でパシャパシャとフラッシュを焚き続けると、兎舞が顔一重梅を咲かせた顔を交差させた腕で隠す。隙間から微かに見える兎舞は恥ずかしそうに目を伏せ、面映さを醸し出した赤面を背けていた。


「ところで、胡椒ってどこに入力するんやろ?」


「図鑑の一番後ろにパネルがありましたよ」


「ナイス、水綺ちゃん」


 愛おしくて隠されているにも関わらず撮りまくる希威と兎舞の攻防中、キョロキョロと周囲を見渡した白雪が水綺の指差す先へと駆け寄って行く。水綺に退いてもらった箱の前に立ち、穴から中を覗き込んで「えーっと、こしょう……っと」と呟きながら、ゴソゴソと手を動かす白雪。次の瞬間、「箱の中の物が図鑑から胡椒になった!」と、弾んだ声色のと共に箱の中から手を出す。その手には、胡椒が握られていた。


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