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人外たちの日常  作者: 甘夏 みかん
第一部
30/66

30.異空間を調査する話【Ⅴ】

 集めた挽肉を中央の部屋に置き、六の看板を掲げた部屋に入ると、ドアが勝手にバタンと閉まった。最後尾に居た水綺は、慌ててドアノブを掴み、ガチャガチャと動かしてみる。全く開く気配がない。水綺の横に駆け寄ってきた希威も、ドンドンとドアを叩く。


「えっ、ドアが勝手に閉まった! しかも、開かなくなってる!?」


「兄さん、うるさいです」


「兎舞の反応だけうっす!?」


 水綺の手の上に手を重ねてドアノブを動かしたり、壊しそうな勢いでドアを叩いたり蹴っていた希威が、鬱陶しそうに耳に指を入れてツッコむ兎舞に魂消た。突然、閉じ込められたと思えないほど余裕綽々だ。何となくボーッとしている為、ただ単に眠いか飽きただけかもしれないが。


「別に焦る必要ないでしょ。今までみたいに、謎を解けば開くだろうし」


「た、確かに……」


「ホンマや。よく見たら、ドアの横に暗号を入力するパネルがある」


「今度は何が置いてあるんでしょう?」


 面倒臭そうな半眼で冷静に解決策を出す兎舞。やはり、飽きてきたらしい。焦りより厭わしさが勝ち始めていた。兎舞の言葉で落ち着きを取り戻し、希威と白雪と水綺は改めて部屋の中を観察してみる。白雪の言う通りドア横にある暗号キーの他、長机の上に様々な種類の香水が並んでいた。全員でテーブルのそばに行き、鎮座している香水に目を落とす。香水の近くに小さなメモがあった。


「ローズの香り、ジャスミンの香り、ペパーミントの香り、ラベンダーの香り、ベルガモットの香り、レモンの香り、ムスクの香りやって」


「へぇ、香水なんてじっくり見ないから新鮮です」


「兎舞は柔軟剤の優しくて良い香りだもんね」


「嗅ぐな」


 メモを持って読み上げた白雪の横で、兎舞がローズの香りの香水を手に取る。感心した様子で香水を観察する兎舞の言葉に便乗し、希威がさりげなく彼女の頸に顔を突っ込んだ。そのまま深呼吸をして肺に匂いを満たし始め、兎舞がビクッと肩を揺らしてツッコむ。

 しかし、口で注意するだけで、手で振り払おうとはしない。その為、希威がずっと兎舞の頸に顔を埋めており、あまつさえ細い腰を両腕で抱き締め始める始末。水綺は苦笑を頰に含ませながら、抵抗せずにされるがまま香水を嗅ぐ兎舞にアドバイスをする。


「兎舞、もっと抵抗しないと、希威先輩は離れないわよ」


「別に邪魔ではないからいいです」


 ローズに飽きたか隣のジャスミンを嗅いでいた顔を上げ、兎舞が伏目がちの瞳を微かに横に逸らしてポソっと白状した。希威がパアッと顔を輝かせて狂喜乱舞する代わりに擦り寄る。摩擦で痛そうだ。

 高速で頸をグリグリされても次の香水に興味を示す兎舞に、水綺は「兎舞も希威先輩に毒されてきてるわね」と呆れた表情をする。すると、兎舞と被らないよう反対から順番に、香水の詳しい説明を読んでいた白雪が、ローズの香水を見て目を瞬かせた。


「あれ? ローズの香りだけ中身が減ってきてる」


 白雪の素っ頓狂な驚き声で三人揃って机を見ると、ローズの香りの香水の瓶だけ空っぽになっている。希威と兎舞が「本当だ。シロさん、こっそり使ったです?」「一回で振りすぎだろ」と、白雪に呆れた顔を突き刺した。

 「使ってへんわ! 気付いたら減っててん!」と白雪が免罪を訴える中、水綺の視界で勝手に減っていくジャスミンの香水。水綺は怪奇現象を目の当たりにして、二、三歩退いて息を呑んだ。くっついたままの希威と兎舞は、まだ慌てる白雪を揶揄っている。


「あっ! 今度はジャスミンの香りが減ってるわ!」


「兎舞、俺にも見せて」


「ん」


 今まで会話の最中、ずっと匂いを嗅いでいた希威が、兎舞に見せてもらった香水の瓶を見る為、顔を上げた。瞬間、香水の減少がピタリと止まる。四人の視線を浴びて緊張しているとでもいうのか、液体はうんともすんとも言わず瓶の中に閉じこもっていた。兎舞がキョトンとした顔で眸を何度か瞬く。


「えっ、減るの止まったです」


「希威先輩が見ると止まるんでしょうか?」


 水綺はジャスミンの香水の瓶を持ち上げ、中の液体をチャプチャプと揺らしてみた。「何それ虐め?」と既にショックを受けているのに、「やったら、希威くんの視界から隠せばええんちゃう?」と白雪がトドメを刺し、それに乗っかった兎舞により両手で目を覆われる希威。兎舞がジャスミンの香水に視線を向け、両腕を交差させて目元を隠す。


「兄さん、ちょっと目隠ししてみて」


「もう既にされてる!」


「んー、進みませんね」


「何でさっきまで減り続けてたんやろう」


 突然、腕を強く押し付けられて喚く希威の視界は、真っ暗闇なのに減らない香水。水綺は白雪と一緒に顎に手を当てて考え込む。その後ろで、目隠しから逃げた希威が、兎舞と攻防を繰り広げていた。

 子供みたいにバタバタと戯れる中、不意にバランスを崩した希威が、兎舞を巻き込んで床に転ぶ。そのまま、押し倒した兎舞の胸に顔を埋めた刹那、ジャスミンの香水から液体が急速に減り始めた。水綺と白雪が息を呑む中、焦燥感を宿して起き上がり、兎舞に怪我の有無を尋ねる希威。


 すると、空っぽ目前だったジャスミンの香水の目減りがピタリと止まる。もう意味が分からなくて、水綺は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、怪奇現象を起こす瓶と希威を交互に見た。その時、上半身を起こした兎舞が、両腕を控えめに広げて首を傾げる。膝立ちをした希威を少しだけ恥ずかしそうに見上げ、弱々しい声でポツリと呟いた。


「……さっきみたいにとまを抱き締めて?」


「えっ」


「いいから」


「わ、分かった」


 想像を超える可愛らしさを備えた兎舞に促され、面食らっていた希威がおずおずと華奢な身体を抱く。甘い蜜に誘惑された蝶のように寄った希威は、照れているのか先程の兎舞を思い出しているのか、彼女の細い肩に顔を埋めて深い深い溜息を吐いた。

 その後、吐き出した兎舞の匂いを取り戻すみたく大きく吸う。両腕を広げた割に抱き締め返さず、ジャスミンの香水を見つめる兎舞に、水綺は目線を合わせるように屈んだ。顔を覗き込んで頭を撫でる。


「どうしたの、兎舞? 眠くて人肌恋しいの?」


「希威くんは目隠しで忙しいやろうし、うちが抱き締めてあげるで」


「眠くないです。香水の量を減らす為です」


 眠くないと言いつつ水綺の手に擦り寄り、白雪の腕の中に収まった兎舞が香水を指差す。前後から抱き締められている兎舞の指の先、ジャスミンの香水が勢いよく減っていた。兎舞に近寄って来てもらえて満足気な白雪が、大きく双眸を見開いて驚きの声を上げる。


「あっ、減ってる!」


「希威先輩が兎舞の匂いを嗅いでる間だけ減るということ?」


「それなら早く言ってくれよ、兎舞ぁ。思いっきり嗅ぎまくるっつーの!」


「うわぁ、声が凄く嬉しそうでムカつく」


 訝しむ水綺の推測を聞いた希威が、明らかに興奮した様子で破顔し、半眼を向ける兎舞の匂いを嗅いだ。後ろから白雪に抱き締められていて、少しも身動ぎできない兎舞を容赦なく吸っている。首筋や鎖骨に顔を埋めたり、手の甲を思いっきり吸ったり、あまつさえ脇にまで顔を突っ込みだした。

 「ちょっ、変なとこ嗅ぐなです!」「大丈夫、めちゃくちゃ良い匂いだから」「そういう問題じゃねぇです!」と兎舞と言い合いながらも止めない希威の、引くほどの変態っぷりにより、香水の中身がどんどん減っている。白雪が身を捩る兎舞を捕まえたままはしゃぐ。希威の行動にドン引きしていたのだから、離してあげればいいのに何故だろうか。


「凄い凄い! どんどん香水の中身が減ってきてる!」


「よく見たら底に数字が書いてますね」


「これを組み合わせたらドアのパスワードになるんちゃう?」


 二人に構っていると余計なことを知る羽目になる。そう判断して目を輝かせる白雪と瓶の方に集中する水綺。底に数字が記されている空っぽの瓶を集めていく。香水はまるで浴槽の栓を抜いた時みたいな勢いで減り続けていた。それだけ希威が兎舞の匂いで肺腑を満たしているということだ。

 何をしているのか気になり、水綺は好奇心に背中を押されて二人に目を向ける。希威が遂にシャツを捲り上げて中に入り込み、素肌の匂いを堪能していた。兎舞があまりの変態っぷりに、諦めたような虚な目で大人しくしている。と、希威がシャツの中でモゾモゾし、何か閃いた声を上げた。


「ハッ! 素肌を集中して吸ってみると、微かにボディーソープの香りもする!」


「兄さん、気色悪いから黙って」


「マジで気持ち悪い勢いで減っていってますよ。どんだけ吸ってるんですか」


「酸欠にならんといてな」


 擽ったいのか手の甲で口元を押さえていた兎舞が、木で鼻を括ったような態度で希威を服から追い出す。それでも、また正面から抱きついて香りを吸い込む希威に、ちょうど減っているレモンの香りの香水を持ち上げる水綺と、どうでも良いことを心配する白雪。

 そんな白雪の気遣いも興奮材料になるらしく、「兎舞の匂いで酸欠になるとか天国じゃん!」と、気持ちを昂らせて叫ぶ希威。「やべぇよ、此奴。救い道がない変態じゃん」と引き気味の兎舞が、水綺と白雪に縋るような眼差しで助けを求めてくる。が、香水を減らさなければいけない故、手出し不可能だ。


 水綺は兎舞に憐れみの視線を向けながら小さく首を横に振る。その間も香水はどんどん減り続け、最後の一つとなっていた。ムスクの香りの香水が、希威に直接吸われているみたく、勢いよく空っぽになるのを見届けた刹那。兎舞が希威の背中を叩いて告げる。


「兄さん、全部なくなったから離れろです」


「ええー、もう終わりかよぉ」


 希威が不平を鳴らしつつ渋々と離れた。唇を尖らせる希威を離せて安堵する兎舞だが、寂しがり屋で抱擁や頭を撫でられるのを好む為、少しだけ人肌恋しそうな顔をしている。馬鹿みたいに匂いを嗅がれなければ、ずっと希威をくっつけていたかったらしい。

 それに気付いた希威が、変態的な行動を封印し、嬉々として兎舞に抱きつく。不意に飛びつかれて一瞬だけ面食らった兎舞が、希威に見えないのを良いことに顔を綻ばせた。そんな二人を見守っていた水綺の横で、せっせと真面目に瓶を集めていた白雪が、四つのそれを持ってドアの方へと小走りで向かう。


「暗号が全部分かったから入力するで」


「暗号、何だったの?」


「えっとね……六、一、三、八やで」


 幸福感あふれる希威の腕の中に閉じ込められた状態で白雪の近くに行く兎舞。「そのまま入力すればいいの?」と白雪の顔を見て首を傾げる。白雪も分からないらしく、「どうやろう。試してみる」と自信なさげに答えた。ちなみに、希威に至っては、話を聞いてすらおらず、慈しみを色濃く醸し出しながら、嬉しそうに兎舞を抱き締めている。

 後ろに希威を引っ付けた兎舞の横で、白雪がパネルをじっと見つめながら暗号を入力した。二人の期待と不安を宿した双眸を受けたドアは、残念ながらピクリとも動かない。白雪が「あれ、アカンっぽいな」と難しい顔で首を垂れる。兎舞は白雪から借りた香水の瓶底に記された数字を順番に見ていた。すっかり空っぽになっていて、どの瓶に何の香水が入っていたのか、見た目不明だ。


「数字ってどの香水の瓶にあったです?」


「ローズの香りとラベンダーの香りとベルガモットの香りとムスクの香りやで」


 瓶の口に鼻を近付けて香りを確かめる兎舞の問いに、白雪が少しだけ顔を上に向けて指折り数えつつ伝える。それにより、瓶の中に入っていた香水に確信を持ったらしく、兎舞が白雪に告げられた順番に瓶を並べた。

 そして左からローズ、ラベンダー、ベルガモット、ムスクと書いたメモを置いていく。二人で謎解きを進める兎舞と白雪は、水綺に割り込む隙を与えないほど真剣だった。このまま、下手に話しかけず、任せた方がいいだろう。希威も兎舞の細い腰に夢中だし。


「名前順に入力してみるとか?」


「そうなると……三、八、一、六?」


 若干、萌え袖の手を口元に当てて、真面目な顔の兎舞がメモに目を落とす。白雪が兎舞の提案に従って香水を名前順にし、並べ替えた順で書かれた数字を入力した。ガチャっと開錠の音が部屋に響く。

 「おっ、開いた」「ナイス、シロさん」と、白雪と兎舞がハイタッチをしてクリアを喜ぶ。希威が「俺も俺も」と羨望の眼差しで手を差し出し、兎舞に力いっぱい叩かれていた。割と痛そうな音だったものの、希威は兎舞とハイタッチできて嬉しそうである。


 わちゃわちゃと戯れながら部屋を出て行く三人。彼等を追いかけようとした水綺だったが、ふとあることに気付いて足を止めた。この部屋だけ食べ物がないのである。

 今までと同じだとすれば、謎を解いた後、何かしらの食材が現れるはずだ。水綺は丁寧に部屋の中を見渡す。と、香水の瓶を並べたテーブルの上に、「自分、香水ですけど?」みたいな顔で塩が置かれていた。


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