3.依頼された仕事をこなす話
「兎舞、依頼が入ったわよ」
「えー、なんでまだ来んです。とま、今日はおしまいって言ったじゃん」
ある組織を潰して帰ってきたばかりの兎舞は、水綺から追加で仕事を告げられて唇を尖らせる。今の格好は、額から二本の赤い角を生やした和装の鬼。そして、昼時に狙われると面倒故、水綺に貰った正体を隠せる指輪をつけている。武器である棍棒に付着した血は、全て潰してきた組織の構成員から出た返り血だ。
一人で研究施設や犯罪組織を破壊できる強さを持つ為、先程の仕事も怪我一つなく終わらせてきた。が、もうこれで終わりだと思っていたところに、追加で命令を下されると辟易してしまう。というか、動き回って疲れたからもう寝たい。と不満を滲ませた瞳で水綺に訴えると、困ったような微笑みを返される。
「これで終わりだから施設だけ潰してきてあげて? 行ってくれたら、明日の朝ご飯にドーナツを奢るわよ」
「マジで!? 最近、オープンした喫茶店のドーナツでもいいです!?」
「もちろん」
「よっしゃー! 十分で壊してくるです!」
魅力的な対価に目を輝かせてしっかり言質を取り、兎舞は不機嫌を一気に吹き飛ばしてやる気を漲らせた。碌な情報も聞いていないまま飛び出そうとしたところで、全身真っ黒な衣装に包まれた死神の白雪に羽交い締めにされる。
「兎舞ちゃん、待って。今回は規模が大きいからうちと共闘やで」
「つーか、まだ水綺に場所とか聞いてねぇだろ。パンの耳でも食って落ち着け」
「んむっ」
不意に捕まってよろけたことで白雪と一緒に尻餅を突いた後、屈んで目線を合わせた希威にパンの耳を口内へと突っ込まれた。反射的にもぐもぐ咀嚼すると同時、資料を配った水綺からの説明が始まる。兎舞は揚げパンを模したパンの耳に夢中で、敵の情報をあまり聞いていなかったが、一緒に行く白雪に聞けば何とかなるだろうと楽観的だった。
手を使わせてくれない希威の餌付けで、中のパンの耳を食い尽くしたところで、羽交い締めから横抱きへと変えた白雪と、崩壊すべきターゲットの施設に向かう。水綺営む何でも屋に届く依頼内容は、法律上、警察だと手を出し難い危険な薬を作る研究施設や犯罪組織。壊すのに遠慮なんて要らない。それに、白雪と希威も兎舞と同じく水綺印の指輪を装備しており、正体が露呈することもないのだ。派手に暴れたって報復は不可能。
そんなわけで、兎舞は情け容赦なく、標的となる工場の天井を棍棒で破壊。そこから軽やかに舞い降りて侵入した死神の白雪が、物音を聞きつけた集まった研究員達の寿命を奪う。典型的な死神を彷彿とさせる真っ黒なローブを纏う白雪だが、人間の寿命を意のままに刈り取る武器は巨大な鋏だ。
兎舞も棍棒を振り回して協力し、駆けてきた研究員を瞬殺した後、他の人間や実験の証拠を探すべく、二人で適当に廊下を歩き回った。死神と鬼に遭遇した不運な人々を倒しつつ、如何にも怪しげな場所を探索していると、廊下の窓際で煙草を吸いながら駄弁る二人の男を発見。白雪と兎舞は近くの自動販売機の陰に屈み聞き耳を立てる。
「最近、一般人に害を及ぼす研究をしている施設が、裏社会の何でも屋に潰されてるらしい」
「ああ、しかも基本的に鬼が一人で潰してるそうだ」
「俺達も目をつけられねぇように気を付けねぇとな。一応、武器は揃えているが」
既に目をつけられて依頼書が出されたうえ、侵入されていることに気付いていないらしい。神妙な顔つきで真面目に話している所為で、余計に間抜けで滑稽に見える。兎舞は膝上で組んだ腕に顔を埋め、笑うのを必死に堪える羽目になった。笑いのツボが浅いと、こういう隠れている時、厄介だ。
「けど、その鬼ってスゲェ容姿端麗で、いい匂いがする若い女なんだとよ。何とかして捕まえようと躍起になってる施設も多い」
「うちのボスも捕獲案を考えてるみたいだな。まぁ、そんなに綺麗な鬼なら、是非とも捕まえて色々やりたいところだ」
この施設は意外と広い。故に、天井の破壊音を聞いていない様子の馬鹿二人は、下卑た笑みを浮かべて兎舞に対する欲を滲ませた。整った顔立ちと劣情を煽る細い体躯により、兎舞は割としょっちゅうこういった標的になる。そういう対象に見られて嫌な顔をする兎舞の前で、スッと立ち上がった白雪が気配なく男二人に近付き低い声で尋ねた。
「兎舞ちゃんを捕まえて何をする気なん?」
「そりゃあ、妖怪用の薬に漬けたり、身体を隅々まで触らせてもらったり、人間相手だと出来ない激しいプレ——」
知らない男が一人会話に混ざってるというのに、気付きもせず脳内に浮かんだ妄想を吐露する変態。あっさりと白雪の地雷を踏み抜いた結果、性癖を暴露している途中で、全ての寿命を刈り取られた。白雪は巨大な鋏で視えている数字を切って寿命を奪う。故に、外傷なんて全くないのに、唐突に、片方の変態が倒れる。
「はあぁぁぁ、何で人間ってこうも下衆野郎ばっかなんやろ」
「マジでキモいです。シロさん、此奴も早くやっちゃおう」
「ひっ、誰だ貴様等!?」
突如、倒れた仲間を見て青褪めた顔で硬直していた残りの男が、不快そうに嘆息した白雪と嫌悪感を孕む顔を歪めた兎舞に戦慄した。腰が抜けてしまったらしく、強かに尻餅を突いたまま後退り、今にも泣き出しそうな顔で怯えている。冷ややかな目を向けていた白雪は、ニコッと貼り付けたような笑みを浮かべて、右手を横に軽く振った。
「どうもー。依頼を受けて、お前等を潰しに来た死神やよー」
「同じく鬼でーす。つーわけで、バイバイ」
悪魔にしか見えないであろう笑顔の白雪に倣った兎舞が、棒読みと真顔で手を振った後、棍棒でもう一人も倒す。依頼を達成した後、警察によって逮捕される為、別に命を奪う必要はないのだが、鬼の腕力で殴られて一撃で絶命した。
そのまま、芽生えさせられた不快感を発散するみたいに、片っ端から部屋の扉を壊して入室しては研究員を蹴散らす。死神に寿命を全て奪われた者や、鬼の腕力で絶命した者達で工場内が溢れていく中。無双していた兎舞と白雪は、ようやく大量のカプセルを並べた研究真っ只中の部屋に着いた。最奥に居た男が叫喚する。
「くっ、こんなところで俺の研究を邪魔されてたまるか! おい、この液体を全部鬼の方にぶっかけろ!」
「えっ、とまだけ?」
「そういや彼女奴、兎舞ちゃんが欲しいとか言ってたな」
「うげぇ。思い出したくないこと思い出させないでよ、シロさん」
焦りと悔しさの中に少し欲を宿した目を尖らせ、男が若い鬼へと人差し指を向けながら指示を出し、軽く首を傾げる兎舞を背に庇い眉間に皺を寄せる白雪。彼から提供された聞きたくなかった情報により、幾らか晴らした鬱憤や不快感を増幅させられて、兎舞も苦虫を噛み潰したような顔で軽く身を引く。
ボスらしき男の怒号でゆっくりと開いていた蓋が取れ、並列した巨大カプセルから噴き出す大量の薬品らしき液。白雪は人間でも妖怪でもない為、妖怪用に製薬された薬ですら効かない。しかし、妖専用だった場合、鬼である兎舞には効果抜群だ。降ってくる液体を見上げた白雪は、兎舞を守る為に結界を発動する。が、その前に兎舞が飛び出した。
鬼特有の跳躍力で落下する薬に自ら飛び込み、身長の割に軽い兎舞の細身が液体の重みに負けて、大波の如く量の薬品に地面へと叩きつけられる。薬品をばら撒いても吸収されていく仕組みらしく、室内へと広がった液体達は一瞬で床に染み込む。研究施設内の床に残ったのは、脱力した身体を横たえた兎舞だけだった。
液体に呑み込まれたことによって水を滴らせ、水圧で乱された和服から滑らかな腕や脚が、脇が見えている。少し目に入ったのか瞳が潤んでおり、体温低下の効果か仄かに頰も色づいていた。気怠げで無防備な身体はぐったりしていて、濡れて張り付いた着物で平均より細い体躯をくっくりさせ、劣情を的確に刺激する。
「何してるん、兎舞ちゃん。こんな奴等にハニートラップなんてもったいないことする必要ないで?」
「誰がハニトラなんてするかです。なんか、全然力が入んないんだよ」
「どんな効果か気になって、液体をわざと被るからやん」
水も滴る良い男を体現したような艶かしい現状を、自分以外に見せたことにムッとした白雪に見下ろされ、兎舞は液体に触れた途端、身体に現れた効果を伝えた。脱力させる薬で指一本動かせない兎舞の横に屈み、白雪が呆れたような心配そうな顔で嘆息する。
「だって、気になるじゃん」とほざく兎舞の額を指で弾き、扇状的な鬼に小鼻を膨らませた残党から一気に寿命を奪う。兎舞を捕獲しようと脱力させたボスらしき男は、騒動に紛れて違う場所に逃げたようだ。白雪は迷惑料として兎舞の妖美な姿を携帯で撮り、工場内を走り回って一人残らず殲滅する。ボスの寿命も刈り取ってから兎舞の元に戻ると、暇だったのかスヤスヤと眠っていた。水綺に報告後、しっかりと寝顔も保存した。