27.異空間を調査する話【Ⅱ】
「次は三の部屋でいいか。開けるぞ?」
中央の部屋にあるテーブルに玉葱を置いてから、希威は三と記された看板を掛けたドアに手を掛ける。三人とも肯いたのを確認してから恐る恐る開くと、何もない床に大量のパン粉の袋が散らばっていた。足の踏み場もないほど、ギュウギュウに押し込まれている。玉葱の時と同じ仕掛けを警戒し、希威は触らないようにしながら観察した。
「大量のパン粉……だな」
「ここから一つ持っていけばいいのかしら?」
「触ったらまたビリビリなんじゃねぇの?」
「おっ、壁に何か書いとるで」
水綺と兎舞も興味を示しているものの触ろうとしない。特に散々ビリビリを浴びせられた兎舞は、警戒した表情で希威の後ろに隠れてしまった。白雪だけがのんびりとした口調で壁を指差す。確かに、真っ白な壁に黒い文字が並んでいた。
『この中に一つだけ混ざっているパン粉が入った袋を見つけ出してください。パン粉以外の袋に触れると、その中に入ったチョコレートを浴びることになります』」と書かれている。食べ物を浴びるとはどういうことなのだろうか。
希威は怪訝な表情で顎に手を当てて考える。隣で水綺も訝しげに顔を顰めているが、兎舞は低周波でないと分かったからか、希威の後ろからひょっこり出てきた。白雪に至っては、「試しに触ってみようや」と言い出し、何の警戒もなく近くのパン粉を拾う。
瞬間、ガコンという音と共に開いた天井から、大量の赤褐色の液体が流れてきた。甘い匂いを醸し出している液体は、白雪にだけ焦点を当てて真っ直ぐ降ってくる。白雪が「うわあぁぁぁ!」と叫びながら逃げ回り、何故か兎舞の方に走り寄っていった。
「兎舞ちゃん、助けてぇ!」
「ちょっ、こっちに来るなです!」
片膝を突いてパン粉を観察していた為、逃げ遅れ、白雪に飛びつかれた兎舞が押し倒される。バケツをひっくり返したような量の液体が降り注ぎ、ゲリラ豪雨の如く勢いの赤褐色の雨が二人の姿を完全に覆い隠した。あまりにも強い勢いに、地面に当たった液体が飛んできて希威の頬に当たる。指で拭ってみると、チョコレートだった。
チョコレートの雨は十秒ほどで止んだ。二人とも全身を赤褐色で塗り潰し、とても美味しそうな甘い匂いで周囲の食欲を刺激している。鼻腔に漂ってくる香りで、水綺もチョコレートだと察したらしい。巻き込んだ加害者と被害者の側に屈み込んで苦笑を頬に含ませ、押し倒されて動けない兎舞の頬に付着した液体を親指で優しく拭う。
「白雪先輩と兎舞がチョコレート塗れですね」
「ということは、その袋の中身はチョコレートってことか」
「うん、そうみたいやね」
触れないようにしながら袋に目を落とす希威に白雪が肯く。チョコレートでくっついているのか、ジトっとした瞳の兎舞に乗ったままだ。希威は距離の近さに何となくムッとする。と、諦めたような呆れたような顔で、されるがままだった兎舞が、いつまでも動かない白雪の背を軽く叩く。
「シロさん、重いです。いい加減に退いて」
「あっ、巻き込んじゃって堪忍な。うちだけ狙われて吃驚しちゃってん」
兎舞を下敷きにしていることを忘れていたのだろう。と胸を突かれた白雪が、謝罪と共に慌てて上から退く。「別に良いよ」と返して上半身を起こし、兎舞が顔に付着した液体を手の甲で拭った。
白雪に押し倒されていたことにより、彼より身体に付着したチョコレートの量は少ない。それでも、ベタベタ感に嫌悪感を示しながら、一生懸命、着物に肌に付いた液体を吸わせている。
既にチョコレート塗れの為、まともに液体を吸えておらず、兎舞が不満そうに唇を尖らせた。そして、周囲のパン粉を見て、嫌そうに苦々しい表情をする。もうパン粉に触りたくないと、顔にありありと書かれていた。それでもやらなければ出られない。手当たり次第に周りのパン粉を触り出す。今のところ全てハズレのようで、ドバドバと兎舞の上から赤褐色の雨が降っていた。
「待て待て、一人でやるな! 俺らもやるから!」
触って遠くに投げ隔離し、パン粉を探す兎舞の手を止め、希威は彼女の自己犠牲精神を責める。どうせ、既に全身チョコレート塗れだから、まだ汚れていない水綺や希威より、自分がやった方がいいとでも思ったのだろう。ありがた迷惑。兎舞に負担をかけなければならないなど不本意だ。
「けど……」と駄々を捏ねようとする兎舞を、「これ以上、一人でやろうとするんだったら、全身のチョコレートを舐めるよ」と脅す。めちゃくちゃドン引きされたものの、渋々と一人での作業を諦めてくれた。これから汚れる予定だからと、まだ綺麗な着物で兎舞の顔周りを拭いてあげてから、水綺と白雪を手招きで呼ぶ。
希威と同じ気持ちだったのか、一回ずつ兎舞の頭に軽く手刀を落とす水綺と白雪。兎舞が照れ臭そうにそっぽを向いて、感情を隠すみたく不満気に頬を膨らませたところで、希威は水綺と白雪と共にパン粉へと視線を向ける。
兎舞のお陰で少しだけ減ったとはいえ、まだまだ床を覆い尽くす袋に辟易しそうになった。が、ここで挫けて離脱した場合、また兎舞が一人でチョコレートを浴びることになる。それは嫌だ。希威は近くにあるパン粉に狙いを定め、他の三人に目を走らせる。
「みんな、一つ目は決めた?」
三人から肯定を得た後、「せーの」という掛け声と同時に、全員でそれぞれ近くにあるパン粉に触れた。刹那、壁の四箇所に開いた大穴から、大量のチョコレートが雪崩のように押し寄せてくる。最早、液体と思えないほどの量と威力に、希威は地面に押し潰されてしまい、思わず悲鳴を溢した。
「どわっ!?」
「きゃあっ!?」
「ふぎゃっ!」
「うっ」
同じく重さに負けた水綺と白雪が、驚き混じりの苦しげな声を吐く。何度も浴びたことで慣れたらしく、兎舞だけは短く呻いただけだった。が、兎舞の細くて長い身体は、チョコレートの重さに耐えきれず、うつ伏せで赤褐色の液体に浸かっている。ようやく解放された頃には、希威も兎舞に負けず劣らず、チョコレートでコーティングされていた。
「うぇぇ、チョコレート塗れになった」
「うわっ、物凄く甘い匂いがする」
「ううー、服が重いー」
「これは?」
嫌がる三人をよそに、慣れたのか先に次のパン粉を触る兎舞。ドバッとチョコレートの雨を浴びながら、先程同様、四つん這いでどんどん触れていく。兎舞一人に負担をかけて堪るかという感情に背中を押され、希威は水綺と白雪と顔を見合わせて肯き合った。そして、兎舞の邪魔をするように押し退け合い、負けじとパン粉に触っていく。
三人に押されてパン粉から離された兎舞が、負けず嫌いに火をつけたのか体当たりをしてきた。それに自分の身体をぶつけて応えつつ、希威と兎舞は並走しながらパン粉に触れては、液体を叩きつけられる。
そこに水綺が割り込んできた挙句、白雪まで先に進むのを阻止するように兎舞に抱きついた。そんな無駄な争いに笑みを浮かべつつ、四人で探索を続けた結果、兎舞が遂にパン粉を見つける。別に勝負じゃないが、兎舞に可愛らしく勝ち誇られて悔しい。
「やっと見つけましたが、全員、食べ物塗れですね」
「ベタベタで気持ち悪い。風呂入りたいです」
張り詰めていた息を吐いて座り込んだ水綺に肯き、兎舞が目を閉じプルプルと嫌そうに首を左右に振る。雨に降られた野良猫みたいで可愛い。拭いてあげたい衝動に駆られたものの、自分の服もチョコレート塗れになっている故、意味がないだろう。その時、兎舞の声に反応するみたく、ガチャリと見覚えのないドアが開いた。
「なんかドアが増えましたね」
「もしかして、もう次の謎解き?」
「いや、シャワー室です」
「確認が早い!」
水綺と白雪が新しく出現したドアに警戒の色を強める中、てくてくと何の警戒もなく覗き込んだ兎舞にツッコむ希威。しかも、中に入って行く始末。慌てて後を追いかけると、兎舞の言う通り洗面所と浴室が広がっていた。兎舞は既にチョコレート塗れの服を脱ぎ、シャワーを浴びている。
「ご丁寧に着替えまであるな」
「皆、お揃いの浴衣になるやん」
「何で白雪はちょっと嬉しそうなんだよ」
希威は洗面所に設置された洗濯機に兎舞の着物を放り込む。兎舞により用意されたバスタオルの上に浴衣を見つけて呟くと、白雪が何故か心を踊らせながら嬉しそうに笑う。呆れた顔でツッコミつつ、希威も兎舞とお揃いになれるのは悪くないと思っていた。




