26.異空間を調査する話【Ⅰ】
今回、何でも屋に警察から届いた依頼内容は、突如、日本に出没したとある異空間の調査だった。危険度や脱出方法、何かしら利用できそうかなど、身を挺して調べてきてほしいとのことだ。
確かに、人間よりも丈夫な妖怪に頼む方が効率的だろう。ということで、報酬が高額だったこともあり即答で了承し、希威と白雪、兎舞を連れて異空間に飛び込んだ水綺。が、赴いた異空間に入った途端、急激な眠気に襲われて全員眠ってしまった。
「兎舞。起きて、兎舞」
先程,目を覚ましたばかりの水綺は、ダイニングテーブルに突っ伏して眠っている兎舞の身体を揺する。ぐっすりと眠っている為、寝かせておいてやりたいが、いかんせん仕事中の身。何が起こるか分からない場所で、いつまでも眠らせておくわけにもいかない。心を鬼にして兎舞をもう一度揺する。と、兎舞が嫌そうに顔を歪めて、閉じていた瞳に赤い花を咲かせた。
「んぅ、なに?」
「もう異空間に着いてるわよ」
「えぇー、寝起きで調査すんです?」
身体を起こさず水綺を見上げて面倒臭そうにする兎舞。中途半端に起こされて、気を抜くとすぐに寝てしまいそうだ。「んん」とテーブルの上で組んだ腕に顔を埋め、ぐりぐりと額を擦り付けながら堪えている。そんな中、ダイニングとキッチンを捜索していた希威が、兎舞の質問に答えた。
「仕方がないさ。すぐ出られそうもないし、もう前金は貰っちゃったんだから」
「部屋の中には何もなくて、壁に八つのドアがあるだけやったで」
「卵ならあったけど」
困ったように眉を下げる白雪の言葉に補足を入れ、希威は真っ白な殻に包まれた卵を取り出す。どこからどう見ても卵だ。脱出の鍵を握っていると思えないほど何の変哲もない。水綺は希威から卵を受け取り水色の瞳を半眼にする。触った感じ、生卵のようだった。
「生卵一つでどうしろっていうんでしょうね」
「食べれば出られるんじゃね?」
「こんな得体の知れないもの食べたくないわよ」
組んだ腕に鼻まで埋めたまま、兎舞が眠たげに適当なことを言う。水綺は兎舞の頭に軽く手刀を落とし、卵をテーブルに並んだ小鉢に入れた。出られるとしても火に通してからがいい。得体の知れない生卵など怖すぎて食べる気も起きない。と、兎舞が不意に腰を上げて、フラフラと二の看板を下げたドアに向かう。躊躇なくドアノブを掴んだ。
「取り敢えず、他の部屋を見て行くか。一番近いし、二の部屋でいいや」
「待って、兎舞は危ないから下がってて。此処、妖力が一切使えなくなってるんだ。俺は炎とか結界も出せないし、多分、兎舞も鬼の怪力とか出せないと思う」
「そうやで。兎舞ちゃんは普通の女の子やねんから、いつもみたいに無理したらあかん」
「私が行きますので希威先輩と白雪先輩は兎舞を引き留めておいてください」
それを一斉に駆け出して引き止める希威と白雪。水綺も小走りで近付き、兎舞の腕を掴む二人に指示を出す。二人がかりで止められて赤い瞳を瞬く兎舞をドアから離し、代わりに自分がドアノブを掴んだ。水綺も超能力を封じられているが、兎舞が危険な目に遭うぐらいなら自分を囮にする。「わかった、抱き締めとく」「うちも!」と、希威と白雪が兎舞に左右から飛びついたのを見てから開けた。
ドアの奥に広がる二の部屋は台座しかない真っ白な空間だった。中央に置かれた大きな台の上に、ポツンと玉葱が一つ置かれている。警戒しながら入室し、水綺は恐る恐る台座に近付いた。その後を、希威と白雪を引っ付けた兎舞が続く。無事に中央に辿り着いた四人は、台座を取り囲んで玉葱に視線を固定した。あまりにも歪な光景に兎舞が呟く。
「何で玉葱?」
「卵の時と同じだ」
「卵と玉ねぎで何をするんやろね」
「ひとまず、貰っておきましょうか」
希威と白雪の話を聞いて持っておくことにした水綺は手を伸ばした。しかし、触れた瞬間にビリッと痛みが走る。ビリビリグッズに触った時と同じ感覚だ。突然の低周波に思わず飛び退き、「きゃあぁぁっ!」と叫ぶ。悲鳴に驚いたのか怯えたのか、希威が大きく肩を跳ねさせて、兎舞の腕を掴む手に力を込めた。
「ど、どしたん、水綺ちゃん!?」
「なんか、玉葱を取ろうとしたら、低周波が……」
「そんな馬鹿なことあるはずが……うああっ」
いつまでも細い腕にくっつく白雪と希威を離し、兎舞が水綺の言葉を疑いながら玉葱に手を伸ばす。案の定、折れそうな細身に電流を浴びたらしく、艶やかな声と共に弾かれたみたく玉葱を離した。屈み込んで右手の痛みに悶える兎舞と視線を合わせ、水綺は彼女の頭を撫でてやりながら呆れたようにツッコむ。
「お決まりの展開しなくて良いから」
「あと、兎舞は色っぽいから低周波禁止」
「痛くて悶えてるだけなんだけど」
さっきまでの戦慄はどこへやら。ビシッと指を突き出して訳の分からないことを言う希威に、兎舞が水気を含んだジトッとした赤い瞳を送る。水綺も凜とした真剣な表情で阿呆なことを口走る彼に呆れたいところだ。が、実際、低周波を浴びた瞬間に唇から溢れた兎舞の声は扇情的な色を醸し出していた。
故に、下手に口を挟まないでおく。兎舞と目線を合わせるように屈み込み、如何に色気があったか説く希威に、心の中でうんうんと肯いて同意を示した。兎舞は希威のお説教を面倒臭そうに聞き流している。今後の為にも、是非とも耳を傾けて欲しいところだ。と、台を調べていた白雪が声を発した。
「みんな、見て。玉葱が置いてある台に、何か文字が浮かび上がってきてる」
「何々? 『散らばるパズルを並び替えて正しい諺を完成させよ』」
白雪の手招きに応えて三人が集まる。いつの間にか浮かび上がっていた文字を希威が読み上げた。途端、台の上に散りばめられる文字を書いたカード。平仮名だけ綺麗に四列に並べられており、動かせないよう固定されている。
並んだ平仮名は全部で四文。『〇〇〇〇〇〇が〇』『〇ある〇は〇を〇す』『〇の〇の〇、〇〇を〇らず』『〇〇して〇〇さず』だ。そして、散らばったカードは、『人、能、井、頭、隠、鷹、爪、隠、間、万、尻、隠、中、事、塞、蛙、大、海、知、翁、馬』。水綺は何も考えずに近くにあったカードを一番目に当てはめてみる。
「この言葉のパズルを、こんな感じで組み合わせろってこ……きゃあっ!?」
と、並べた瞬間、玉葱に触れた時と同じ痛みに襲われた。バチッとスタンガンを当てられたみたいな衝撃に、思わず、二、三歩ほど退いて両手の痛みに苦しむ。二枚のカードから放たれた為、先程よりも痛みと衝撃が強い。顔を伏せて両手を宙で止めながら固まる水綺に、駆け寄ってきた兎舞が心配そうに顔を覗き込んでくる。
「玉葱に触れたです?」
「いいえ、違うわ。この二つを並べたら低周波がきたの」
「まさか間違えて並べるたびに低周波がくるのか?」
ようやく和らいだ痛みにホッと胸を撫で下ろし、水綺は電流を落とすように意味もなく両手を振る。水綺の答えを聞いた希威が、緊張した硬い面持ちで近くのカードに触れ、恐る恐る横に並べ合わせて間違った言葉を作った。
瞬間、水綺の隣に居た兎舞が、「あううっ」と声を上げて崩れ落ちる。屈み込んだまま自分の身体を守るように抱き締めていた。その様子から兎舞に低周波を流してしまったことを悟った希威が、泡を食ったような声で魂消る。
「なんで兎舞!?」
「もしかすると、低周波を浴びる人はランダムなんかも」
「んんうっ!」
白雪が憶測を述べながら試しに適当にカードを並べると、縮こまった状態でうつむきビクッと身体を跳ねさせる兎舞。どうやら、また兎舞に低周波が流れたらしい。「な、何でとまばっかなの!?」と涙目で不貞腐れ、「落ち着け、兎舞。もう間違えないし、適当に並べないから」と希威に宥められている。
兎舞が痛い思いをするのを見るのも嫌だし、低周波を浴びるたびに耳を犯す甘い声も身体に毒。故に、水綺も兎舞ばかり集中攻撃するのはやめてほしい。恐らく、同じ感情なのだろう。白雪が慎重にカードを並べ替え始めた。
「ひとまず、分かってるやつだけ完成させよう。これは『頭隠して尻隠さず』やろ? で、『能ある鷹は爪を隠す』」
「あと二つが分かりませんね」
「漢字が多すぎて難しいな」
二つの諺を完成させた白雪同様、台座を見下ろして顔を顰める水綺。拗ねる兎舞の頭を撫でて落ち着かせた希威も合流する。残るカードは『間、万、大、井、事、塞、中、海、人、翁、馬、蛙、知』だ。最初の二つであまり使えなかった分、カードがまだまだ余ってしまっている。ちなみに兎舞は、背中を丸めて膝を抱えていた。
「兎舞、動かしてみて良い?」
「…………ん」
何か閃いたらしい希威が台座に近付きたがらない兎舞に確認を取る。兎舞が迷いに迷った挙げ句、コクリと小さく肯いて台座に寄ってきた。「兄さん、答えが分かったの?」と、不安そうに嫌そうにカードを見下ろし、緊張で身体を強張らせている。
「自信はないけど……」と言いながら、希威は三つ目の諺を完成させるべく、空白部分に残った漢字を入れていった。刹那、兎舞がピーンと背中を伸ばして目を瞠る。「あああっ」と艶っぽい声を漏らして、フラリと希威の方へと身体を傾けた。
「おわっ。兎舞、ごめん」
「うう、痛いです……」
「よしよし、間違えてごめんな」
肩にぶつかった兎舞を受け止めて抱き締めた希威が、涙目で痛みを訴える今回の被害者の頭を撫でる。どうして兎舞にばかり低周波を浴びせるのか。自分に流れるのであれば、怯えつつもカードを並べられる。
のに、兎舞に痛みを与えてしまうとなると、迂闊に手を出すことが出来ない。それが狙いなのだろうか。水綺はまんまと相手の罠に掛かっていることに苛立ち、舌打ちをして歯噛みする。気まずい空気に包まれる室内に、突如、希威の腕の中で台座を見ていた兎舞が、ポツリと声を響かせた。
「『人間万事塞翁が馬』と『井の中の蛙大海を知らず』だ」
「えっ?」
「並べ替えてみて」
「わ、分かった」
キョトンとして頭を垂れる白雪に、兎舞が伏せていた瞳を向ける。名指しを受けた白雪が戸惑いと期待を滲ませた声で肯定し、慌ててカードに触れて言われた通りに並べた。緊迫した空気が部屋の中に広がる。
だが、いつまで経っても、誰も痛みに悶えない。一番浴びせられていた兎舞も、希威の腕に閉じ込められたまま、特に顔を歪めることなくカードを見下ろしている。白雪がパアっと顔を明るくさせて破顔した。
「正解や!」
「凄いな、何で分かったんだ?」
「……最近プレイしたゲームに出てきたから」
自分を解放した希威の尊敬の色を含ませた問いかけに、何故か苦虫を噛み潰したような顔を逸らして答える兎舞。「何だその苦々しい表情」という希威からのツッコミに無言を貫き通している。よほど、思い出したくないことがあったのだろう。嫌な思いをさせてまで聞き出したくない故、水綺は触れないことにして話題を転換した。
「これで玉葱に触れても平気ってことかしら?」
「おお、触れる」
「他の部屋にも食べ物があるんかな」
「集めれば出れるんじゃね?」
水綺の言葉で恐々と玉葱を持った希威が感動する中、真面目に考察を始める白雪と兎舞。玉葱に何の意味もないわけがないはずだし、兎舞の言う通り他の部屋にもありそうだ。ということで、満場一致で他の部屋も見て回ることになった。




