25.アップルパイの檻に捕まる話
長方形に切られた細いパイ生地を編み込んで作られた蓋の下。仰向けに寝転んだ兎舞が細かく刻んだ艶やかな林檎に塗れている。いい感じに焼き色をつけた生地の上で林檎に埋もれた腕を挙げ、捲れ上がった着物の袖から滑らかで綺麗な二の腕を晒していた。
どうしてこうなったのか。兎舞が巨大なアップルパイの檻にわざと捕まったからである。ふんだんに詰め込まれた林檎の量が多く、身動き一つ取れなくなっていた。ハァーッと深々と溜息を吐いて頭を抱えた希威は、半眼を突き刺しながら檻の居心地を尋ねる。
「兎舞、アップルパイの中はどうだ?」
「ぜんっぜん動けないです。普通の檻より良さそう」
「へぇー、あとで捕まえた研究員に、どうやって作るのか聞いてみましょうか」
「なら、何人かの研究員は、寿命を借り尽くさんようにしな」
感心した様子で顎に手を当てて見つめる水綺と、少しだけ不満気に唇を尖らせて自分を戒める白雪。二人の会話を聞いた周囲の研究員達が、「ひっ」と上擦った声を出して視界に入らないよう身を隠す。既に随分と大勢の部下を失った女性リーダーだけは、余裕綽々な表情で胸を張っていた。
今回の依頼は、どんな妖怪にも壊せない檻を研究している施設の殲滅。何に使うつもりなのか知らないが、そんな檻を完成させられた暁には、妖怪どころか民間人も危険すぎる。ということで、警察から任されたのだ。そんな組織を創り上げた女性リーダーが、緊張感の欠片もない会話を繰り広げられ、苛立った様子で叫喚する。
「何を余裕ぶっているのか知らないけど、あなたたちの仲間の鬼は我々の手の中よ。余計なことはしないことをお勧めするわ」
「えっ、兄さん達が動いたら、とまは何をされちゃうの?」
「なっ」
挑発したのに乗ってくるどころか追撃を所望されて、期待を滲ませた赤い瞳を輝かせた鬼に目を見張る女性。ワクワクしながら微かに頰を色づかせ、そわそわしている兎舞の端正な顔立ちに、ほんの少しだけ顔を赤らめている。希威はジトッとした目を兎舞に向け、「もういいだろ」と手招きをした。
「目をキラキラさせてないでさっさと出てこい」
「はーい」
「なっ、鉄の檻より頑丈にしたのに、棍棒も使わず素手で破壊した!?」
網目の部分を両手で引きちぎった兎舞の腕力に女が仰天する。林檎まみれの身体を起こして立ち上がり、希威の方を見下ろして悪戯気味に目を細めた。嫌な予感に背中を押された希威が逃げるより先に、アップルパイの檻から飛び降りた兎舞に、ギュッと上から飛びつかれて押し倒される。
身体中の林檎を押し付けるかの如く、すりすりと何度か頭を擦り付けてからニヤリと笑った。おかげで兎舞ほどでないにしても、希威の着物や顔は見事にベタベタだ。が、別に怒ったり嫌悪感が芽生えたりなどしない。むしろ、微笑ましくて口元が緩む。とても満足気な悪戯っ子の額を指で弾き、希威も口の端を吊り上げた。
「やりやがったな、この野郎」
「兄さんも食べたそうにしてたからじゃん」
「してねぇっつーの」
上機嫌に揶揄ってくる兎舞の頭を少し乱暴に撫で、腰に手を当てて上半身を起こす希威。兎舞もご満悦な様子で離れて立ち上がる。そして、改めて自分の格好に視線を落とし、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「うえぇ、思った以上にベッタベタです」
「これって本物の林檎なのか?」
「匂いはちゃんとアップルパイね」
「食べても問題ないんかな?」
自分の着物に付着した林檎を摘んだ希威に便乗し、二人のそばに来た水綺と白雪が興味津々に触り始める。確かに、水綺の言う通り匂いは完全に焼きたてのアップルパイだ。食欲を唆るとても美味しそうな香りである。今にも食べそうな白雪の手を止めて、兎舞がチラッと敵の方に目を向けた。
「誰か捕まえて毒味させればいいでしょ」
「じゃあ、あの人で」
「きゃっ!? な、何なの!?」
目を合わせてしまった哀れな女リーダーが、水綺の超能力に囚われて近付いてくる。勝手に動く自分の脚に息を呑んだ女リーダーは、焦燥に駆られた表情で何とか抵抗しようと試みていた。ちなみに、周りの部下であろう研究員たちは、未だに水綺と白雪に怯えて隠れている為、助けようともしない。
普通の人間が水綺の超能力から逃れられるわけもなく、遂に四人の元に到着するリーダー。敵の真正面に立たされて、白衣に包まれた身体が強張っている。無理もない。ビクビクしながら今にも泣き出してしまいそうなのを必死に堪えている女に、兎舞が頬に付着した林檎を拭った人差し指を向けた。
「はい、あーん」
人差し指の先に付着した林檎を、女性の口元に向けて首を傾ける兎舞。すべすべしていると一目瞭然な真っ白な手の甲、しなやかで細長い指と艶やかに光る爪。そこに付着しているだけで、林檎が垂涎ものの高級食材のように見える。女性も同じ幻覚を見てしまったらしく、頰を赤らめて恍惚とした表情で恐る恐る兎舞の指を咥えた。
「ふふっ、こちょばい」
眉尻を下げてふにゃりと花が咲き綻ぶように破顔した兎舞の技で、女性が鬼灯の花よりも真っ赤な顔で口をパクパクさせて気絶する。まぁ、兎舞は色仕掛けをしているつもりなどなく、ただ単純に指を舐められて笑っただけだろうが。もう少し、自分の容姿に頓着した方がいいと、希威は常々思う。
女性の身体に変化がないことを確かめ、また何の躊躇もなく口に含んだことから、アップルパイの安全性を立証した水綺と白雪。水綺が檻の製造方法を聞く為に立ち上がり、メモ帳と鉛筆を取り出して近くの研究員を捕まえる。可哀想な研究員は青褪めた顔で唇を震わせ、これでもかというほど怯えていた。希威は目をつけられた研究員に同情する。その横で白雪が兎舞におねだりをした。
「へぇー、食べても特に問題ないんや。せやったら、うちも食べたい」
「いいよ、シロさんはどこがいいです?」
中指の腹にくっついた林檎を妖艶な微笑を湛えた唇に塗り、着物の襟を少しだけ開いて鎖骨や際どい部位を見せ付ける兎舞。艶かしい雰囲気を醸し出した扇状的な兎舞の影響で、林檎までそういった妖しい光を帯びているようだ。兎舞が悪戯気味に口角を上げて、「なーんちゃって」と舌を出した瞬間。白雪がズカズカと大股で近付き、肩まで着物をはだけさせて鎖骨を甘噛みした。




