23.わざと敵の攻撃を受ける話
大きな依頼を受けた為、分担して行っていた仕事中、希威は嫌な予感に背中を押され急いで合流地点を目指す。到着した希威の目に水綺と白雪、触手に捕まった兎舞が映った。地面から生えた大きくて太いが短い木の幹、そこから無数に伸びた兎舞の腕ほどの触手達が、彼女女の華奢なら身体に絡みついている。人工的に生やした触手の木は見事だ。しかし、こんなもので兎舞を捕獲できると思えない。希威はある可能性に気付いて半眼になる。
「……お前、またわざと捕まったな?」
「だって、何されるか気になるじゃん」
「もう満足しただろ? 早く抜け出してこっち来い」
四肢を拘束されているのに、余裕の色を失っていない兎舞にあっけらかんと言われ、顔を手で覆ってガックリと項垂れる希威。鬼は妖怪界で屈指の腕力を誇る。腕と同じ太さの触手など簡単に引きちぎれるだろう。だが、兎舞はそれをせず、身を乗り出して木の周囲に居る男に聞いた。
「あっ、待って! ねぇ、まだあるんでしょ? 早くとまに使ってよ」
「えっ? あ、ああ」
目をキラキラさせて罠の追加を要求する兎舞に、聞かれた敵や周囲の敵の間にどよめきが起こる。ほとんどの敵がワクワクしている鬼に軽く身を引いていた。一部の男達は訊かれた男の肯きに、パアッと顔を明るくさせた兎舞に、胸を撃ち抜かれている。
「敵に引かれとるんやん」「兎舞って本当にマゾよね」と、白雪と水綺が苦笑する中。プシューっと触手全体から噴き出す白い煙に、兎舞が「わっ、なんか出てきたです!」と期待のこもった声ではしゃいでいる。触手の至る箇所から穴でも空いたのかと、疑いたくなるほどの量の白い煙により、あっという間に兎舞の姿が見えなくなった。
「兎舞ー、さっきの煙はどんな効果だったんだ?」
「んへへぇ、兄さんだぁ。どしたのぉ?」
煙が晴れたところで心配の欠片もない声で尋ねる希威に、頰を色づかせた相好をふにゃりと崩して右の手を振る兎舞。柔らかく眇められた眠たげな瞳は、微かに水気を含んでいて色気を醸し出していた。嬉しそうに破顔しながら、希威が返すのを待つように、右手を左右に動かし続けている。希威は右手で振り返してやりながらも目を丸くした。
「おおう、珍しく酔ってやがる」
「兎舞を酔わせるなんてすごいですね」
「んー? とま、よってないよぉ」
感心した様子の水綺に小さく首を傾げ、兎舞がむぅっと頰を膨らませて否定する。どこからどう見ても酒精に負けているのに、どうやらあの酔っ払いは勝ってるつもりらしい。普段、どれだけ度数の高い酒を飲んでも、水と変わらないと言ってのけるほど酔わない為、酔った感覚が分からないのだろうか。と、敵の一人が笑顔で勝ち誇る。
「は、ははは! なんだかよく分からんが、鬼を無力化且つ人質にできたぞ!」
「あの煙はどういう効果なん?」
「妖怪を酒で酔った状態にする煙だ! どんなに酒に強くても、妖であれば一息でご覧の通りだ!」
男は得意満面な表情で目を興奮気味にギラギラと輝かせて、兎舞の身体に害をなすかどうか尋ねた白雪に普通に答えてくれた。どうやら昂りすぎたあまり、ベラベラと口が軽くなっているらしい。今なら何を聞いても大声で高らかに答えてくれそうだ。両手を空高く掲げて胸を張った男に、半眼を突き刺し何か聞こうとすると、希威よりも先に兎舞が眠た気な声を出す。
「ねーねー。さびしーから、しょくしゅさん、ギュってしていーい?」
「は? ま、まぁ、それぐらいなら」
「えへへぇ、ありがとぉ」
肩透かしを食らった男が思わずといった風に肯いた。そんなことを聞かれるなんて思っていなかったと、顔にありありと書かれている。男の昂った心を一瞬で落ち着かせた兎舞は、ふにゃりと顔を綻ばせて触手に擦り寄っていた。ピシリと固まった触手を抱き枕みたいにギュッと抱き締める。触手に顔を埋めてうとうとと船を漕いでいたが、ふと徐に瞼を上げて顰めっ面をした。
「うー。おさけのにおい、やだです。かえて?」
「いや、流石にそんな機能は……」
恥ずかしくなるほど甘色の瞳で首を傾げる兎舞に、真っ直ぐ見据えられた男が顔を赤らめてたじろぐ。叶えてやりたいが叶えられない。そんな葛藤に苛まれているのが一目瞭然だ。何とかできないかと頭を回転させまくっているところだろう。敵同士だということを、お互いに忘れていそうだ。
と、不意に触手が誰の指示もなく煙を吐き出した。プシューっと全身から吹き出す煙は、先程の兎舞を酔わせたものと違う色だ。何故かふんわりと柔らかな花の香りが鼻腔を擽る。どんな効果を持つのか警戒しつつ、念の為、少し吸ってしまった鼻を手で庇う。が、妖怪である希威や水綺の身体に、特に何の変化もなく、煙は終息した。
「んぅ、おはなのにおいだぁ。しょくしゅさん、ありがとぉ」
「は?」
ひだまりのように明るく幸せそうな笑顔を浮かべた兎舞に、眠た気な声色で礼を言われた男が目を点にして呆然とする。男の指示なく動いた触手に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。希威はウネウネと動いて、兎舞に擦り寄られる順番待ち中の触手を睨む。新たな好敵手に嫉妬を覚えた。
「あの触手、生きてんのか」
「兎舞に惚れてますね」
「兎舞ちゃんの為に自ら考えて動いたってこと?」
「んん、あったかいです。ねむい」
水綺と白雪の言葉通り触手に懐かれている兎舞が、人肌恋しそうに抱き着いて微睡む。擦り寄られる触手に嫉妬した希威は、根元から引き裂いて兎舞を回収する。ふにゃふにゃした兎舞を横抱きし、肺腑を自分の匂いで満たそうと、瞼を閉じた彼女の顔を引き寄せた。
「俺の方がいい匂いだし温かくて安心するだろ? くっつくのも匂いを嗅ぐのも俺にしとけ。つーかお前、後で説教だからな」
「……うん、きいてるー」
「あらら、完全に夢の中やね」
「兎舞に言い聞かせるのは起きてからにして、さっさと此処を潰しましょうか」
希威と会話を成立させず微睡んでいる兎舞の頭を撫で、白雪と水綺が人質を解放されて焦る男達に焦点を当てる。二人からも少し嫉妬を織り交ぜた怒気が溢れていた。希威同様、触手に対して羨ましさを感じていたらしい。その証拠に、スヤスヤ眠る兎舞を横抱きした希威の出番がないほど無双していた。




