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人外たちの日常  作者: 甘夏 みかん
第一部
20/66

20.妖怪化した人参と戦う話

 近頃、食べ物の妖怪化が頻繁に起きている。本来であれば、滅多に起こらない故、誰かが意図的に妖怪にしているのだろう。そう考えた水綺が原因を調べていると、またもや寄せられる巨大な食べ物の被害報告。もう何度目かの妖怪化した食べ物との勝負に辟易しつつも待機中の三人を呼んだ。

 電話主に教わった場所は幼稚園。運動場に集められた園児達が、虚ろな瞳で無我夢中に人参を生で貪っていた。異様な光景に水綺は少しだけ身を引く。と、綺麗に列を成した園児達の前、お決まりのように日本の手を生やした巨大人参が四人を捉えた。


「私から吹き出したエキスを浴びた者は人参が大好物になる。私はこの世の全ての人間に人参を美味しく食べてほしいのだ」


「あんな虚ろな目にならなければ良いことなのにな」


「一心不乱に生で食べてて怖いよね」


「野菜嫌いの兎舞ちゃんでも人参を食べれるようになるんかな」


「それはちょっと興味あるです」


 聞いてもいないのに自身の技を語り出す特大人参。それを聞いた希威と水綺は不気味さに顔を引き攣らせる。その横で、白雪と兎舞は好奇心を刺激されていた。子供が苦手とする野菜のランキングに必ず食い込む人参。まだ幼い子供達がそんな野菜を生で食べている。茹でることも調味料を付すこともなく、兎みたいにありのままの人参を齧っているのだ。

 ならば、生粋の野菜嫌いである兎舞でも、あんな虚ろな瞳で生の人参を齧り続けるのだろうか。確かに少し気にはなる。まぁ、裏切ってエキスを浴びせるなんて、そんな残酷なことをするつもりは、これっぽっちもないが。水綺も軽く興味を惹かれたところで、巨大人参が両手を大きく広げて兎舞を勧誘し始めた。


「気になるのであれば、そこの鬼も私のエキスを浴びるが良い。身体が人参以外の食べ物を受け付けなくなるほど、人参しか食べたくなくなる!」


「うげぇ、やだです」


「何で妖怪化した食べ物ってそれしか食べれなくするんやろな」


「他の食べ物への嫉妬じゃないですか?」


「前も似たような会話をした気がする」


 苦虫を噛み潰したような顔の兎舞が本気で嫌がり、特大人参に衝撃を与えている中。お馴染みになってきた展開に、白雪が呆れたような半眼を人参へと突き刺す。同じように心の中で辟易しているものの、表に出さず苦笑を頰に含ませた水綺の答えに、希威が顎に手を当てて記憶を遡り始めた。容姿端麗な鬼に心から拒絶されたからか、ショックで右手を身体に当てて蹲っていた巨大人参が、よろよろと立ち上がって宣言する。


「こ、断ったって無駄だ。エキスさえかければ、人参しか食べたくなくなるのだからな! 口では嫌と言いながら身体は欲してしまうのだ!」


「変な言い方すんな」


「絶対に浴びたくねぇです」


「人参が欲しくて物欲しそうに甘えてくる兎舞ちゃんはちょっと見てみたいけどな」


 両腕を組んでボソッとツッコミを繰り出す希威と、彼の後ろに隠れて眉間に深く皺を刻む兎舞。脳天気で緊張感の欠片もない。そのうえ、白雪が茶目っ気ある顔で兎舞を揶揄いだした。水綺が特大人参の立場だったら、怒髪天を衝かれるだろう。兎舞が本気で嫌がることをしない為、冗談なのだろう。が、本当に嫌そうに顔を顰めた兎舞が、器用に白雪の顔を覗き込んで泣きそうに懇願した。


「あとでいっぱい甘えるからやめて」


「ホンマに!? よっしゃあ!」


「ちょっ、白雪だけずりぃぞ! 兎舞、俺にもあとで甘えろ!」


「はいはい、交渉は後にして下さい。エキスを何とかしますよ」


 まさかの展開に目をキラキラさせて喜ぶ白雪の肩越しに、希威が焦燥に駆られた表情で兎舞に交渉を試みる。水綺も参戦したいところだが、そういうわけにもいかない。無視されたり相手にされない巨大人参が怒って園児達に危害を加えかねないからだ。子供達を宥めるような口調で水綺は三人を嗜める。

 それと同時に、水綺の予想通り堪忍袋の尾が切れた特大人参が、エキスをばら撒いた。体を左右に振り、全身から汗水垂らして絞り出した橙色の液体が、押し寄せる大波の如く四人へと襲いかかる。逃げ場はない。それに三人の意識を戦闘に引き戻したところで、兎舞と白雪は何もできない。水綺は希威に目だけで合図を送り、四人の周りに結界を張ってもらい、液体を超能力で止める。

 空中で凍りついたみたいに液体が固まった。どうやら生き物ではなく物として判断されたようで、無事に視線をかち合わせずとも操れたようだ。特大人参が「は?」と素っ頓狂な声を漏らす。どこにあるのか分からないけれど、きっと目を点にしていることだろう。すると、兎舞が赤い瞳を輝かせて、尊敬の念を込めた顔を水綺に向けた。


「ずっきー、すげぇです!」


「これぐらい普通よ」


「兎舞、俺は? 俺の結界もすげぇだろ?」


「二人とも抜け駆け禁止やで!」


 口では謙遜しつつも、満更でもない顔で胸を張り、お礼に彼女の頭を撫でてあげる水綺。大好きな兎舞に明るい顔で無邪気に褒められるのは、やはり素直に嬉しい。途端、頭を撫でてもらえて、気持ち良さそうに相好を崩していた兎舞に、嫉妬と羨望を滲ませた希威と白雪が詰め寄った。と、蚊帳の外にされた巨大人参が兎舞を睨め付ける。


「くっ、俺のエキスを引き止めたまま、鬼の取り合いをするな!」


「何、人参さんもとまに甘えられたいの?」


「はあっ!? そんなわけ……ッ」


 悪戯気味に双眸を眇めた兎舞の揶揄に、人参があからさまに周章狼狽し始めた。まさか本当にそうだと思わなかったか、兎舞が面食らった様子で目を瞬いている。かと思いきや、ニヤリと口角を上げた。一重梅を咲かせた頰に含羞の色を乗せ、眉尻を下げた悩ましげな表情を浮かべ、弱々しく切なさげな赤い瞳を潤ませる。そして、人参の手を両手でそっと包み、膝を突いて上目遣いで覗き込みながら、縋るような眼差しとか細い声で訴えた。


「や、やだ……お願い、にんじんだけは——だめ……ッ」


「ブフッ」


 まるで情事を彷彿とさせる掠れた甘い声で、拒絶の中に物欲しそうな色を滲ませた訴えに、特大人参が萎みそうな勢いで赤い液体を噴く。巨体の真ん中辺りから垂れている為、恐らく鼻から溢れているのだろう。多量で橙から赤に突然変異している。白雪が初めて見た赤い人参に目を瞠った。


「おお、真っ赤な人参や」


「なんか鼻血を出して目鼻口を露出する展開、多くないです?」


「人間も食べ物も本質は変わらないってことだな。水綺、あとはいける?」


「バッチリです」


 毎回、鼻血を出させている張本人の兎舞が呆れる中、適当なような正しいようなことを言う希威に肯く水綺。鼻から目の位置を何となく割り出す作業も慣れてきた。ダラダラと垂れ続ける血を両手で押さえ、兎舞の可愛さに悶える人参に近付き、此方を見た瞬間、催眠術にかける。そして、園児を解放してから、自分自身で妖怪化を解かせた。

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