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人外たちの日常  作者: 甘夏 みかん
第一部
19/66

19.妖怪化したプリンと戦う話

 カラメルの味がする雨に悩んでいる。そんな依頼を電話で受けた水綺に着いて行き、とある小さな田舎町を訪れた白雪。勿論、希威と兎舞も一緒だ。妖怪化した食べ物を討伐するのは、人間の研究施設を潰すより骨が折れる。故に、四人全員で行くことになったのだ。人間や妖に悪影響を及ぼす実験をする施設より、強い想いで妖怪化した食べ物の方が手強いなんて、おかしな話である。

 静かで穏やかな自然に囲まれた町中、中央にバケツプリンより大きなプリンが居た。電話主の言う通り、本当に田舎町にのみ、カラメルの匂いを醸し出す茶色の雨が降っている。特大プリンは左右から伸びた太い腕で子供を掴んでいた。人質を使って何やら町長を脅しているらしい。動物と小さな子供を好いている兎舞が、無言で特大プリンの前に立って子供の返却を要求する。


「とまが人質になるです。だから、その子は離せ」


「ほう? いいだろう」


 兎舞の申し出を面白そうな声で受け入れ、特大プリンが掴んでいた子供を放り投げる。難なく受け止めた兎舞の端正な顔か、いい匂いに鼻腔を犯されたか、子供の満面に紅葉が散りばめられていた。兎舞は明らかに緊張した顔つきの子供を地面に下ろし、足を曲げて目線を合わせながら微笑んだ。


「大丈夫か? 動けそうだったら、此処から離れて」


「う、うん……」


 ポーッとした顔で肯いた子供の頭を撫で、兎舞は目の前に用意されたプリンを見上げる。特大プリンより一回り小さめのプリンは、ブクブクと気泡を浮かべており、炭酸水みたいになっていた。呼吸ができるように配慮されているのだろうか。特大プリンが牢屋を観察する兎舞に告げる。


「早速、町長が俺と契約を交わすまで、このプリンの牢屋に入ってもらおうか」


「契約?」


「そうだ。この町の人間全て、三百六十五日、プリンしか食べない契約。この紙に署名をすれば、俺の妖力で決して破れないものとなる」


 頭を垂れる兎舞に勝ち誇った声で語る特大プリン。馬鹿馬鹿しく感じるが、なかなかにキツい契約だ。白雪だってプリンは美味しく食べられるが、三百六十五日、同じものを食べるなんて嫌だ。「毎日三食プリンだとよ」「プリンは好きだけど流石にキツいですね」と、希威と水綺も苦々しい表情で嫌そうにしている。苦虫を噛み潰したような顔の三人を横目に、特大プリンが隣に佇む少しだけ小さめのプリンを指差す。


「さぁ、此処に入れ。これは人間が長時間居るとプリンになる牢屋だ。何の策もなく自ら人質になるとは愚かな奴だな」


「とま、人間じゃねぇから、対策なんていらねぇです」


 「よっ」と言いながら自らプリンに飛び込んだ兎舞が、パチンっと指を鳴らして人間に化ける術を解いた。額から二本の角を生やした和装の鬼だ。特大プリンが狼狽を表すみたく、ぷるんっと大きく揺れる。どこに口があるのか全くもって不明だが、泡を食ったような声で更に動揺を表した。


「なっ、鬼だと!? 騙したな!」


「なかなか上手い演技だったでしょ?」


 嬉しそうな口元に弧を描いて、悪戯っぽく得意げに目を眇める。ふにゃりと無邪気で楽しそうな笑顔を見せられ、特大プリンの黄色い身体を何かが貫いたらしい。ウッと苦しそうな声で呻いたかと思えば、左右から伸びている腕を組んで厳かに肯く。


「確かに天下を取れる演技力だ。が、お前が人質に名乗り出たのは失敗だったな」


「おわっ」


 途端、兎舞を閉じ込めたプリンが逆さになった。脱力した両腕がだらんと下がり、強制的に万歳の状態にさせられる。着物の裾も重力に従って捲れ上がり、細く長い脚を覆う黒い股引を太腿当たりまで晒していた。サイズがピッタリの為、脚の曲線美をくっきりと表していて艶かしい。

 細いのにしっかりと引き締まった脚は、神々しさのあまり拝みたくなる。白雪は両手を合わせてうつむき、感謝の意を示す。刹那、白雪に倣って脚を拝んでいた周囲の人々が、一斉に一般的なサイズのプリンに変わった。白雪は何の前触れもない摩訶不思議な現象に、思わず目を丸くする。


「おわっ、人間がプリンになっとる!」


「な、何で?」


「カラメルの雨で濡れた人間が美味しそうという感情を持つとプリンに姿が変わる。元に戻りたければ契約をしろ、町長!」


 虚を突かれた希威が目を点にして動揺すると、居丈高な態度で仕組みを暴露する特大プリン。右から生やした腕と繋がる人差し指を、町長らしきプリンに突き刺している。正直、白雪には見分けがつかない。と、ぷるぷると身体を揺らして戸惑うプリン達に、兎舞がジトッとした半眼を向け呟いた。


「何で鬼に欲情してんだ、馬鹿」


「まぁ、兎舞だし」


「兎舞ちゃんやからなぁ」


「兎舞は綺麗だから仕方ないわよ」


「なんかめちゃくちゃ褒められたです……」


 自分の拘束姿で劣情を抱く人々に呆れた顔の兎舞に、希威と白雪と水綺は揃って即答する。兎舞がほんの少しだけ面映そうに面食らう。自分の脚がどれだけ扇状的で素晴らしいものなのか分かっていないらしい。このまま、どんな魅力を持っているのか語りたいところだ。が、それよりも先に、特大プリンが動きを見せる。


「まだ何人か無事のようだな、生脚ではないからか。ならば、その邪魔な布を溶かすまで!」


「へあっ!?」


 肉を熱々の網に乗せた時の如く音の後、ぶくぶくとプリンの中に気泡が生まれて、兎舞から少しずつ脚を守る布を奪い始めた。股引をジワジワと時間をかけて溶かされ、兎舞が逆さのまま慌てて腕をバタバタする。

 プリンの中で体勢を変えようと試みるが、どうやら動けないらしく戻せていない。ずっと腕を万歳状態にしていたのは、あのプリンによって動けなかったからのようだ。地味に拘束性に優れた牢屋である。


「早く止めな。このままやと兎舞ちゃんの綺麗な脚が公共の場に晒されてまうで」


「ずっきぃー、たすけてぇー!」


「今すぐ助けてあげたいんだけど、食べ物が妖怪化した時は、顔がどこにあるか分からなくて操り辛いのよね」


 皮膚に何の影響もなく服だけ溶かす漫画みたいな技に、白雪は焦燥に駆られた表情で水綺に縋るような視線を向けた。兎舞も自力でどうにもできないと悟ったようで、プリンの中で唯一動く手をパタパタ振っている。既に股引は足首付近まで溶かされていた。すると、何かに気付いた希威が、悔しそうに歯噛みする水綺に耳打ちする。


「水綺。彼奴、なんか赤い液体が垂れてるけど、あそこが鼻じゃね?」


「うわっ、気持ち悪っ」


「諸刃の剣だったみたいね」


 白雪が嫌そうに気持ち悪そうに顔を顰めた。水綺は赤い血液の発車口をとっかかりに、目の位置を割り出して視線を合わせる。催眠術がプリンの精神と身体を捉えたらしい。試しに腕を振らせてみれば、特大プリンは何の文句もなく言うことを聞く。


 水綺の超能力で操られた特大プリンが、人質用プリンを解除したことにより、逆さ向きで地面に落下していく兎舞。急に宙に投げ出されたうえ頭から落ちて、どうにも体勢を戻せていない。そんな彼女を希威が跳躍して横抱きで受け止めた。しかも、着物を溶かされて露出した生脚を、自分の羽織りで隠すイケメンっぷりだ。

 怖かったのかときめいたのか、兎舞が感極まった表情で、希威の首に両腕を回して擦り寄る。嫉妬した白雪が、「希威くん、狡い! うちも兎舞ちゃんに褒められたい!」と駆け寄り、特徴的な死神のローブを二人に被せた。そして、自分も黒いローブの中に潜り込み、勢いに押されて尻餅を突いた二人の元に向かう。楽しそうだ。が、水綺は混ざりたいのを我慢して、プリンになった人々の救出を開始する。


「あれ? プリンを操って術を解かせたのに、巻き込まれた人達が元に戻らないわ」


「えっ、どういうことです?」


「もう一回、カラメルの雨が必要なんちゃう?」


「一回、プリンになったら、戻らないとかないよな?」


 水綺の呟きでローブの中から三人が出てきて反応を示した。ちなみに上から、キョトンとして不思議そうに首を傾げる兎舞、ローブを着直して空を見上げる白雪、顔に険しい色を閃かせた希威の順番だ。

 元凶を倒しても二度と元に戻らない場合、妖怪化する可能性を考慮して倒さなければならない。そんな空気を察したらしい町民達が、恐怖を帯びた不安そうな顔で四人を見ている。と、「あっ」と呟いた兎舞が、浮かんだ案を口に出した。


「とまに興奮してプリンになったんだったら、とまに萎えたら元に戻るんじゃね?」


「兎舞ちゃんに萎えるなんて、この世の中で最も難しいことやん!」


「ヤベェな。妖怪の俺達ですら、長い寿命が尽きるまでにできねぇのに、人間の短い生涯で出来るわけがねぇ」


「そうですね、他の方法を考えないと」


 絶望的な解放条件に頭を抱える白雪の横で、希威が深刻な面持ちを顰めて冷や汗を垂らす。水綺も顔を曇らせ顎に手を当てて考え込んだ。町民達まで眉間に皺を寄せて口先を窄める。心を打ち砕かれた深い絶望感に包まれる中、兎舞だけが戸惑い気味に双眸を何度も瞬いた。


「えっ、そんなに? ほら、とまがこんな感じで蹴ったりして、『焼きそばパン買ってこいよ』とか言ったらさ、萎えるでしょ?」


 希威の脇腹に足裏を押し当て冷ややかな瞳で凄んだ後、兎舞がピシリと固まった希威の顔を覗き込んで首を傾ける。兎舞の足が離れたことでハッと我に返ったらしく、ハァーっと深く溜息を吐いてうつむく希威。伏せた顔を片手で隠し、反対の手を兎舞の肩に置く。


「兎舞の生脚で踏まれた挙句、餌付けできるのに萎えるわけないだろ」


「ええっ?」


 嘘だと思えないほど真っ直ぐな瞳で、強くはっきりと告げた希威に、兎舞が眉を歪めて訝しげに首を傾げた。やっぱり全て終わった後、どれだけ色気溢れる美しい脚の持ち主なのか、懇々と語ってあげる必要がある気がする。白雪は密かに家に帰ったら実行しようと企み、頭の中でどういった手順で話を進めるか整理し始めた。


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