18.動くぬいぐるみに懐かれる話
草木も眠る丑三つ時、眠たそうに目を擦る兎舞を連れて、殲滅の依頼を受けた研究施設に乗り込んだ白雪と水綺と希威。一見すると、ただの工場にしか見えない施設に足を踏み入れた瞬間、セキュリティーセンサーに引っかかり大量の卵が降ってきた。可愛らしい模様を散りばめたカラフルな卵だ。
罠を起動したらしい研究員の男が、勝ち誇った顔で「食らえ、イースターエッグ!」と叫ぶ。特に驚くこともなく感心している水綺が、世にも珍しいイースターエッグの雨を、呑気に鑑賞し始めた。勿論、何をされるか分かったものじゃない為、触れそうになった分は超能力で弾いている。
「おー、なんかカラフルな卵がいっぱい降ってますね」
「中から変なのが出てきてるぞ」
「うさぎとひよこのぬいぐるみやね」
周囲に愚かにも触ろうとした複数の卵達を浮かせ、水綺が両手を袖の中に隠して腕を組みながら見上げた。希威と白雪は丸焼きにしたり鋏を縦にしていたことで、近くの地面に落ちたイースターエッグに視線を奪われる。白いウサギと黄色いヒヨコのぬいぐるみだ。手のひらサイズしかなく、一生懸命に足を動かす姿が可愛い。
ちなみに、一番食いつきそうな兎舞は、棍棒を傘にして卵から身を守り、興味なさそうに欠伸中だ。ウサギとヒヨコのぬいぐるみは、白雪達を敵と定めたらしくちょこちょこと寄ってくる。攻撃なんてできるのだろうか。「当然のように動くな」とツッコむ希威に、ジトッと半眼を向けられただけで、足を止めてしまっている。
すると、そんなことを考えながら、竦み上がるぬいぐるみを見ている白雪に、罠を起動した男が得意満面に告げてきた。イースターエッグに気を取られている隙に、いつの間にか研究員が集まってきている。やたらと白雪達を煽ってくる傲慢不遜な男の背後に控えている為、彼が責任者なのだろう。
「可愛い見た目に油断しないことだな! ぬいぐるみ達に唇を奪われると、お前達もイースターエッグに閉じ込められた挙げ句、ぬいぐるみになって生まれる!」
「愛らしい攻撃なのにえげつねぇな」
「あっちにそのヤバいぬいぐるみを手懐けとる奴が居るけど」
「は?」
リーダーの言葉を聞いて口を手の甲で隠す希威。マスクをしていてキスなど通じない白雪は、余裕綽々なリーダーの目線を兎舞に移させる。白雪の指により差された先は、眠そうに船を漕いでいる兎舞と、その足の間に潜り込んで頰を擦り付けるぬいぐるみ。他にも足首に抱きついたり、足の甲に腰を下ろして一服している子も居る。
「なんか色々なタイプのぬいぐるみが、こぞってとまの近くに来てるです。何、うさちゃん? とまの周りに集まってどしたの?」
足の間に居る子に配慮しつつ屈んだ兎舞が、両手で二匹ずつ頭を撫でながら頭を垂れた。怖がらせない為にか、唇に蜂蜜ほどの甘みのある片笑いを浮かべている。順番待ち中の他のぬいぐるみを撫でる為、兎舞の手が先頭二匹の頭からパッと離れた。と、まだ撫でてほしいと言わんばかりに、右側のウサギが兎舞の手をギュッと掴み、手の甲に頰をグリグリと擦り付け始める。顔をパッと輝かせた兎舞が無邪気に破顔した。
「うわっ、かわいいっ! 手に引っ付いて擦り寄ってくれたです!」
「おいこら! 何を敵に懐いてんだ、お前ら! 頭なでなで待ちなんてしてないで、飛びついて唇を奪え! チューしろ!」
優しく眦を緩ませる兎舞の前で行列を作る部下に、リーダーが額に青い癇癪筋を走らせて声を荒げる。急に怒鳴りつけられて竦み上がったぬいぐるみ達が、慌てて細く長い足に引っ付いたまま兎舞の唇を見上げた。きょとんとして赤い瞳を瞬き、兎舞が「どうしたです?」と頭を垂れる。
と、ボンっとぬいぐるみ達が一斉に真っ赤に茹だり、キャーキャーと恥ずかしそうに騒ぎだした。どうやら、兎舞の端正な顔を見つめた結果、キスをするなんてとても無理だと、恥ずかしがっているようだ。自由自在に動けるだけでなく、感情や表情も持ち合わせているらしい。
「照れてんじゃねぇ、お前らの仕事は敵にキスすることだろーが!」
「うーわ、野蛮すぎやろ。ドン引きやわ」
「嫌がってんのに無理やりキスさせるとかセクハラで訴えられるぞ」
「典型的なパワハラ上司って奴ね」
そんな手下の反応を見たリーダーは、怒髪衝天といった様子で目を尖らせた。感情のこもっていない棒読みでヤジを飛ばす。ちなみに上から、白雪、希威、水綺だ。ぬいぐるみ達はあわあわと慌てふためくばかりで、恥ずかしがって誰も兎舞の唇を奪おうとしない。故に、兎舞は今のところ安全だと判断して、この面白い展開を鑑賞しているのだ。
兎舞はというと、唇を狙われていると気づいておらず、ふにゃふにゃした空気を纏って、眠たそうに微笑んでいる。が、その表情は奇しくも扇状的でぬいぐるみを煽ってしまった。証拠に、嫌がっていたウサギやヒヨコ達は、ピタリと硬直して唇を凝視中だ。先程までは含羞の色しか宿っていなかった双眸も、キスしてみたい衝動に駆られて爛々と輝いている。それを遠くから見ていた白雪は、咄嗟に軽く身を乗り出した。
「あっ、ぬいぐるみ達が唇に熱い視線を送り始めとる」
「流石に止めるべきか?」
「兎舞なら大丈夫じゃないですか?」
希威が爪から炎を出して燃やし尽くそうとするのを、楽観的で適当なことを言う水綺に止められる。白雪は希威と同じで少しハラハラしていた。視線を兎舞に戻し三人で見守る。全ての瞳が唇に固定されている為、ようやくキスをねだられていると気付いた兎舞。自分の唇を人差し指の腹でゆっくり撫で、艶美に微笑みながら小さく首を傾げた。
「とまの唇が欲しいの? うーん、駄目♡」
自分の唇の前で人差し指を交差させた兎舞が、妖艶に目を眇めて悪戯気味に口角を上げる。瞬間、ウサギとヒヨコのぬいぐるみが、空気を抜いた時みたいな音を奏でた。口からどんどん綿が抜けていき、溶けたチーズのように地面で蕩ける。胸を撃ち抜いた兎舞の色気に体内から綿を溶かされたかの如く萎んでいた。あまりにも摩訶不思議な現象に、研究員達が目を剥いた。
「ぬいぐるみが萎んだ!?」
「そんな機能はつけてないぞ!?」
「何なんだ、あの鬼は!?」
可愛らしいかと思いきや、唐突に色気の塊へと変貌した鬼を見て、口々に焦りの感情を漏らす複数の研究員。ぬいぐるみ達は萎んでいるのにまだ動いており、デレデレに蕩けた身体を兎舞に擦り寄せてハートを乱舞させていた。ただの布切れと化したぬいぐるみ達を兎舞が順番に撫で始める。
それにより、地味にえげつないことをするイースターエッグは、完全に骨抜きにされ無力化された。つまり、相手の研究組織は、ただの人間の集まりだ。白雪は水綺に視線で許可を取り、死神としての仕事をこなした。様々な兎舞を見るキッカケをくれた為、特別に全部の寿命は奪わなかったが。




