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人外たちの日常  作者: 甘夏 みかん
第一部
16/66

16.人間に化けたまま戦う話

 ビーチテントを組み立てている水綺と希威を見ていた兎舞に、ふわりとした金髪を風に靡かせた女性が声をかけてきた。何をするつもりかと白雪は身体を硬くして女を警戒する。大切な兎舞を狙う迷惑な輩は誰だろうと許さない。口の中のかき氷を咀嚼していた兎舞が、小さく頭を垂れる。

 ビキニの金髪美女が腰まである髪を手で払い、兎舞の眼前にビー玉ほどの球体を見せつけてきた。兎舞がキョトンとして数回瞬きをし首を傾げると、女によって遥か遠くの海底へと投げ込まれる玉。

 どうやらあれは何かの生物の卵だったらしく、傍迷惑な量の水飛沫を撒き散らして現れる妖怪。怒っているような真っ赤な身に八本の足を持ち、突き出しているみたいな細長い口の巨大な蛸だ。


「神聖な海の中に変なものを不法投棄すんなです、ばーか!」


「ふふふ、どうする? こんなに大勢の人間が居る中、妖怪の姿に戻って戦うのは不味いんじゃない?」


「こらぁ、蛸! とまが遊ぶ前に海を汚すなです!」


「なっ、まさか人間の姿のままで!?」


 楽しみにしていた海に汚物を混入されてご立腹な兎舞が、勝ち誇った笑みを浮かべる女を無視して蛸の方へと走る。鬼の姿に戻らず駆けて行く兎舞の背中に、鳩が豆鉄砲を食ったような顔を向けて、女性が聞き捨てならないことを言った。

 白雪は思わず兎舞の指輪へと視線を送る。きちんと装着していた。何故、彼女は兎舞を鬼だと知っているのか。放って置くと身バレに繋がってしまうだろう。これは、何としてでも彼女を捕獲し、見破った方法を聞き出す必要がある。


 力んだ顔つきで女を睨め付けた刹那、水綺の携帯が着信を訴えて震え始めた。電話の相手は兎舞。水綺がスピーカーにして、全員に聞こえるように出る。それは、巨大蛸の頭に乗って怒らせている兎舞からの、水綺と希威にだけ出された協力の要請だった。


『ずっきー、兄さん、手伝ってー!』


「りょーかーい」


「楽しそうなことしてくれんじゃねぇか」


「あれ!? 兎舞ちゃん、うちは!?」


 水綺が呑気な声で返事をして重い腰を上げ、希威も双眸を爛々とさせて戦闘体勢に入る。呼ばれなかった白雪は、水綺の携帯を手で掴み、泡を食った声で訊く。確かに、人間以外だと何もできないが、唖然として固まっている女を捕まえるとか、そういうことを頼んでくれてもいいではないか。除け者にされた不満と焦りが脈を打つ。


『シロさんは荷物番です!』


「何でやねん!」


 兎舞の茶目っ気全開の声に渾身のツッコミを披露。電話の向こうで兎舞が満足気に楽しそうに笑っていた。きっと悪戯気味に揶揄を孕んだ笑顔だろうに、笑ってもらえたことに満更でもない気持ちになる。その時、と胸を突かれて我に返った女が、余裕の色を失くした顔で逃げた。


「私はさっきの女の人を捕まえてきます。希威先輩は兎舞を助けてあげて下さい」


「あいよー」


 テキパキと指示を出して駆け出した水綺に続き、希威まで楽しそうに兎舞の方に向かう。白雪は楽しそうな三人を恨めしく睨んだ後、拗ね気味に唇を尖らせて財布を手に取る。そして、ズカズカと大股で海の家に行き、自棄になって全てのメニューを注文した。人間に化けていてもよく聞こえる聴覚が、往復中、蛸と戯れる希威と兎舞の声を捉える。


「兎舞、どんな感じだ?」


「今のところ何ともないけど、こっちの攻撃も全然通んないです。人間の力弱すぎじゃね?」


「いや、あんなもんだろ。むしろ、ちょっとやりすぎかもな」


 ちょっと見ていない間に、蛸が満身創痍になっていた。勿論、兎舞は無傷だ。むしろ、もっと攻撃したいと顔にありありと書いて、文句を聞いた希威に宥められている。女性を拘束もせず後ろに着いて来させて、水綺が警察に連行しているのも確認できた。

 合流した水綺の話だと、女は姿を偽っている者だけ光って見える、特殊なコンタクトを入れていたらしい。しかも、作成したのは女自身。水綺と二人で指輪の強化を考える。と、希威に頭を撫でられ注意された兎舞が、不満気に眉を下げ嫌そうに吐露した。


「えー、もっと制御しなくちゃいけないの? 面倒臭ぇな」


「いや、気にする必要ないんじゃねぇか? 正体がバレない指輪はついてるわけだし、ちょっと派手に暴れたって俺達には辿り着かねぇだ、ろ!」


「ああっ、兄さんずるい! とまも暴れるです!」


 水綺特製の指輪をつけた右の中指を見せ、希威が邪悪で好戦的な笑みを浮かべて突撃。蛸の脳天を陣地を超える威力で殴る彼に、兎舞が機先を制されて拗ねながら攻撃する。当然だが鬼の腕力は妖狐よりも圧倒的で、巨大蛸の頭を風船みたいに萎ませていた。可哀想。

 勝ち目のない勝負をさせられている妖怪に、白雪が憐れみの視線を送っていた矢先、遂に力尽きて姿を一気に縮めていく蛸。見ているこっちが、幻の痛みを感じてしまいそうなほど満身創痍だ。どんどん小さくなっていき、最後はビー玉ほどの球体へと姿を変える。それを海に落ちる前に希威が受け止めた。


「いや、だからって派手にやりすぎやろ」


 綺麗な砂浜や海の景色を侵食する無数の撮影機器や人集りに、白雪は厭わしさを隠しもせずに仏頂面で外の景色にうんざりする。白雪も海の家とテントを往復して注目されたが、棚に上げていた。ちなみに、注文した際、拍手喝采までされていたりする。


「バレてはないけど、浜辺がマスコミだらけね」


「妖怪ってバレるよりマシだろ」


「そうそう。それより、早く焼きそばとか食べようよ」


 水綺と希威が砂浜の人集りを見て苦笑すると、喜色満面な笑顔で目をキラキラと輝かせて、ビーチテントに広がる食べ物を見下ろす兎舞。テントのほとんどを独占するみたく鎮座する、海の家に売っている全メニューに目を走らせ、どれから食べようか心を踊らせながら迷っている。水綺がテントの入り口を閉じて、笑顔で兎舞に同意した。


「そうね、食べましょうか」


「白雪がやけくそで大量に買った昼飯な」


「うちも兎舞ちゃんの助太刀したかったんや!」


「ごめんって、シロさん。次はシロさんも呼ぶから」


 希威の言葉を聞いて、ムスッと不貞腐れた白雪に、兎舞が悪びれもなく謝罪をする。お詫びのつもりなのか、白雪のフランクフルトの上に、一口分の焼きそばを乗せていた。

 だが、眉間に皺を刻んで顔を顰めた白雪は、フランクフルトを傾けて焼きそばを返却。そして、兎舞にずいッと顔を近づけ、強張った真剣な顔で強くはっきりと告げた。


「……いや、行ったところで何もできひんから、戦いに巻き込むんはやめて」


「どっちだよ」


 焼きそばを持った兎舞が肩を震わせる。砂の上を駆け回る足音や騒々しい取材、撮影に興奮しはしゃぐ声から隔離され、気の置けない四人の静かで平穏な空間。何の邪魔も入らず楽しく料理を食べる。が、指輪の効果もありテントも閉じているのに、そんな平和な時間はすぐに失われた。

 何度も何度も声を掛けられ、四人の容姿に見惚れた人々に質問攻めをされ、挙げ句の果てにスカウトまで受ける始末。指輪で妖怪だと露呈していないのに、別の意味で大変な目に遭い続けて辟易した結果、四人揃って砂浜を駆け出し海の中に逃げた。ちなみに、貴重品やその他諸々は、希威の結界によってしっかりと保護済みである。

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