15.全人類ご飯派計画を止める話
白米の研究をしているはずが、資金不足で農作に追われている。そんな研究施設を崩壊させる為、水綺は三人を連れ拠点に来ていた。正直、潰すほど人々に害を与えていないと思うが、警察が依頼してきたのであれば受けておくべきだろう。今は無人の研究施設を調べ回った結果、地下にある畑に辿り着いたところだ。そこでは、研究員であろう大勢の人々が畑仕事をしていた。
「今は忙しい、おかえり願おう」
「そうはいかないわ。此処を潰すよう依頼を受けたのよ」
「ならば貴様等で秘密兵器を試してやる」
農作業をする人を模した格好に白衣を羽織った一人の男が、引かない水綺に不適な笑みを浮かべて近くの部下に指示を出す。琴線に触れる言葉だったらしい兎舞が、興味津々に目を輝かせて身を乗り出した。
わざと試されに行く未来しか視えない。故に、今すぐにでも飛び出しそうな兎舞を、希威が呆れた表情で羽交締めにする。鬼の関心を惹くことに成功した男は、満更でもなさそうに機嫌良さげに語り始めた。
「我々の畑で収穫した米を売る為にはどうすればいいか。食べてもらえないのであれば、全人類を白米しか食べられなくすればいい。我々の最高傑作は制限時間になると爆発し、ここら一体にその波動を放つ。つまり、強制的にパン派をご飯派に変えることができるのだ」
よほど嬉しかったらしく、目に見えて口数が増えている。早口で捲し立てるように説明され、聞き取れなかった兎舞が首を傾げていた。唯一、興味を持った鬼の困惑などお構いなく、男は両手を高らかに広げる。
それと同時に、さっき指示を受けた部下が、何かのスイッチを押した。地下室の床を埋め尽くす広大な畑が真っ二つに割れ、地響きと轟音を鳴らしながら中央に大きな穴を作り出す。男が得意満面に合図した。
「出でよ、我らの最高傑作!」
声に従う形で大穴からゆっくりと押し出されたのは、一般の一軒家より大きな椀と上に山盛り積まれた白米。山盛りのそれは炊き立てらしく、ホカホカと白い湯気を噴き出している。米粒は透き通っていて艶やかな色合いをしており、硬さや粗さのないふっくらと炊き上がっていた。そして、お椀に貼られた電光掲示板で、カウントダウンが始まっている。
「うわっ、でっかぁ! リアルで家より大きい敵と遭遇することってあるんだ!」
「素直に褒めてる場合か」
「そうやで。彼女奴を何とかして止めな、ここら一帯の人達がご飯派にされてまう」
胸を躍らせてはしゃぐ兎舞に軽く手刀を落とす希威に肯く白雪。二人とも呆れを宿しつつも、微笑ましそうな顔をしている。咎めるという名目で、髪を撫で回していて楽しそうだ。水綺も参加したい。
が、どうしても眼前に佇んでいる巨大なお椀に、目が釘付けになってしまう。大きな食器の横側、赤色のボタンが、押してくれと言わんばかりに存在を主張していた。水綺は戯れている三人の輪に入らず、口元に笑みを貼り付けて尋ねる。
「お椀の横に大きいボタンがあるけど、まさかあれを押したら停止しないわよね」
「そ、そそ、そんなわけがないだろう! ハッタリで動揺を誘うのはやめてもらおうか! 我々の最高傑作がそんなに分かりやすく止まるわけがないじゃないか!」
途端、男があからさまに周章狼狽し始めた。満面に漲らせていた余裕の色を雲散霧消させて焦りまくっている。不自然なほど焦燥に駆られた視線を彷徨わせ、ダラダラと目に見えて額に脂汗を滲ませていた。大正解だと全身で伝えている。
「正解みたいやな」
「嘘吐くの下手すぎです」
「んじゃあ、背中のボタンを狙うとしますかね」
「白米しか食べられなくなる波動を放つまで、あと十分です。急ぎましょう」
戯れていた白雪と兎舞が馬鹿を見るような目を向けた。そんな二人のそれぞれの頭に手を置き、希威が好戦的に瞳を輝かせて口の端を釣り上げる。それに肯いた水綺を先頭に兎舞と希威が揃って巨大なご飯に駆け出した。死神の白雪は、邪魔すれば寿命を奪うと、地下室に集まる全ての人間を脅している。
「信じられへんねやったら誰かで試したろか?」と大きな鋏を揺らし、余計な不安まで煽っていた。故に、巨大ご飯のボタンを押すなど、赤子の手を捻るようなものかと思いきや、ご飯が天井に届くほど高く積み上がり降ってくる。炊きたてで熱い米粒の雨に、ボタンへの道を阻害された。
「うぇぇ、口の中に入ったです……へっ?」
うぇーっと嫌そうに舌を出していた兎舞が、自分の縮んでいく身体に目を丸くする。素っ頓狂な声を漏らした兎舞は、そのまま小学一年生ほどまで小さくなった。手が指先まで振袖にすっぽり隠れている。大きく開いた襟の間から小さな身体が覗いていた。
長くなりすぎた帯を手早く結び直し、裾を踏まないように気をつけながら、小さな手を床に突いてヨロヨロと立ち上がる。しかし、まるで力が入っていない身体を上手く動かせず、ポテっと前に倒れて転んだ。精神も身体に引っ張られているらしく、べしゃっと地面に打ちつけて涙目になっている。
泣いている子供がいれば、駆け寄りたくなるものだ。と胸を突かれた白雪が慌てて兎舞の側に行き、頑張って泣くのを我慢しながら涙を拭う彼女を抱っこする。ダボっとした大きすぎる和服に包まれた小さな身体は、白雪の腕の中にすっぽりと収まっていた。兎舞がキュッと白雪の服を両手で掴み、胸板に顔を擦り付ける。白雪は兎舞の幼さに改めて驚いた。
「お、おおっ。兎舞ちゃんが幼くなっとる」
「ははははっ、白米を忌み嫌う奴は成長が止まって子供のままになってしまえ!」
「どんなのろいだよ!」
傲岸不遜に高言する男の胴間声を聞き、頰を膨らませた兎舞が両腕を振って拗ねる。今すぐ抱きしめたい衝動に駆られるほどかわいい。何なら水綺の足は、欲望に背を押されて、無意識に一歩踏み出していた。男が勝ち誇った顔で人差し指を四人に向ける。
「行けぇ、我らの最高傑作! 邪魔する奴等は全員子供に戻してやれ!」
「おっと」
太く長い腕の形を模した大量の米が食べさせようと襲ってきた。希威が薄透明の結界でそれを弾くと、白雪の方に狙いを定められる。白雪も地下室の床で歩く練習をしている兎舞を脇に抱えて飛び退く。
「あっぶなぁ」と宙に浮かんだまま、右手の甲で額の汗を拭う。精神も幼くなっている兎舞が高い景色に目をキラキラさせている。結界の中でお茶を飲んで一服し終えた希威がお椀の前を指差した。
「水綺、波動が打たれるまで、残り五分になってる!」
「ボタンを押すのが間に合わないなら、私が催眠術で操って自爆させます! 希威先輩と白雪先輩は気を逸らしといて下さい!」
「了解」
水綺は手で口を押さえてくぐもった声で叫び、余裕綽々な男の元に近付く。囮役を命じられた希威が、結界の中で煎餅を食べながら、片手を挙げて軽く横に振る。腕を模した米の大群が結界を壊そうと奮闘するのを、せんべいを咀嚼してお茶で流し込みながら鑑賞していた。
「待って待って。うち、兎舞ちゃんとか希威くんみたいに、運動神経良くないんやけど!?」
「シロさん、がんばれー」
一方で身を守る術もなければ運動神経もない白雪は、呑気に声援を送る兎舞を俵担ぎしジタバタと逃げ回る。マスクをしていて、口からの侵入を阻害できてはいるが、隙間や耳の穴から体内に入られるかもしれない。
連続で叩き付けられる米の腕を避けるたびに、兎舞がキャッキャっと楽しんでいて微笑ましい。少し変わった避け方をしたくなる。と、調子に乗ったカッコつけようとして転んだ刹那、水綺はそんな白雪を背に庇う。虚ろな瞳で自分を見る男にニヤリと嗤い、巨大飯を自爆させるように指示を出した。




