14.妖怪化したとんかつと戦う話
本日の敵は三度目の妖怪化した食べ物。旨みをギュッと閉じ込めた肉を、大量の衣で包んで揚げたとんかつである。ただし、妖怪になると巨大化するのが特徴なのか、大食い選手もドン引きな大きさだ。そのうえ、剥き出しで空に浮かんでおり、自我を持っている始末。
そんなとんかつ、誰も食べたいなどと思わないだろう。が、こういった妖怪化した食べ物は、自我を持つと誰かに食べられたくて暴走するものだ。このとんかつも同じく、水綺達に食べられようと、必死にアピールしてきていた。
「さぁ、食え! 我を食え!」
「熱烈に迫られると気持ち悪っ」
「変態じゃねぇか」
荒い息遣いで自分自身にソースをかけつつ、自分を食べろと圧をかけてくるとんかつ。顔を顰めて身を引いている白雪と希威の言う通り、見知らぬ人に道端で趣味嗜好を曝け出されている気分だ。水綺が宙に浮かぶ大きなとんかつに顔を引き攣らせていると、不思議そうな兎舞に首を傾げて訊かれた。
「ていうか、食べても問題ねぇの?」
「大体は黄泉戸喫になるわね」
「そんなことにはならん! ただ、我を食べた暁には、二度ととんかつ以外の食べ物を食べられなくなる!」
「尚更、食いたくねぇよ」
割と大きめの代償に、希威が間髪入れずにツッコむ。とんかつは好きだが、それしか食べられなくなるなど、誰だって御免に違いない。食事の楽しみが失われるのだから。とんかつばかりの日々を想像して、少しだけゾッとした水綺含む三人に、兎舞が面倒臭そうに厭わしそうに疑点を口にした。
「ねぇ、何で自我を持ってる食べ物は、それしか食べれないようにしてくんです?」
「プライドが高いんじゃね?」
「不安からの嫉妬やろ」
「食べ物界隈の事は私達には分からないわね」
適当に吐き捨てる希威と白雪の冷たさに苦笑する水綺。基本的に妖怪化する原因は廃棄。つまり、食べられたくて食べられたくて仕方がないのだろう。なんて考察している最中、勝ち誇ったような馬鹿にしたような声で、とんかつが居丈高に吠える。
「ごちゃごちゃ言ってないで早く食べろ! でないと、大量のとんかつソースが、あと三十分で近辺を水没させるぞ!」
「ソースで沈没って何だよ」
「変なルールを追加すんな」
兎舞と希威がジトっとした半眼で毒を吐く。辛辣な二人に気圧されてとんかつがたじろいだ。のも束の間、冷や汗の所為か少し衣をふやけさせながら、引き攣った笑い声を溢して何とか取り繕う。そして自身の周囲に空飛ぶ巨大な箸を召喚した。
「な、なるほど。近隣を人質にしただけでは足りないというのか。ならば、これでどうだ!」
「おわっ、帯を奪おうとすんなです! あっ、着物を乱すな! うあっ!? ちょっ、腰をつつくなです!」
宙に浮かぶ大きな箸達が兎舞の帯を挟んで引っ張り、着物を脱がそうと肩付近の布を摘む。挙げ句の果てに、抵抗する兎舞の細腰をツンツンつついて妨害していた。兎舞はまんまと邪魔されており、腰を守るのに必死で着物に集中できていない。身を捩らせる兎舞を助けずに、水綺は正直な感想を吐露する。
「巨大なお箸に襲われてる兎舞、いいわね」
「……確かに悪くないな」
「取り敢えず、撮っとくか」
「助けろ、ばかぁ! にゃはあぁぁぁっ!? 背中を撫でるなです!」
顎に手を当て食い入るように見つめる白雪と、携帯電話で録画を始めた希威が兎舞に罵倒された。それと同時に、巨大な菜箸にツツーっと背中を優しくなぞられた兎舞が、ビクっと大きく肩を跳ねさせ弓のように身体を反らす。
正直に言おう。涙目で猫みたいな鳴き声を漏らした兎舞はめちゃくちゃかわいかった。それはもう、思わず加虐心を煽られる愛おしさに駆られるほど。そんな中、突然、兎舞に大量のソースが降ってきた。バケツをひっくり返したみたいな量に兎舞は逃げ場を失う。
「わぷっ!?」
「あら、何故か兎舞にソースが……」
「何で?」
「美味しそうやけどな」
そのうえ、虚を突かれたことで、ソースをまともに浴びる兎舞。流石に意味不明すぎて、液体を滴らせる兎舞にときめくどころじゃない水綺と希威は困惑した。そんな中、一人だけ食欲を唆られ、身を乗り出して興味津々な大物の白雪。水綺は改めて観察してみる。
細い体躯を包む和服が焦茶色に染められ、全身からソースのいい匂いを漂わせていた。前髪から垂れた茶色の液体が頬を伝い、顎から首筋に進んで着物の中に入る。引きこもり故、日焼けを知らない白く滑らかな肌に、濃い色のソースはよく映えていた。
「ハッ!? くそっ、鬼が極上のとんかつに見えて、ついソースをかけてしまった! 何という卑劣な罠だ……ッ」
「罠じゃねぇです!」
散々な目に遭わされた挙句、罪をなすりつけられた兎舞が、柳眉を逆立てて怒鳴る。わざと欲を掻き立てる反応をしたというとんかつの主張に、先程までの甘い声を思い出してカァーっと紅くなる頰。照れて勢いを削がれた姿は、ますます美味しそうだ。
「あ、あんなことされたら、誰だってああなるだろ」と、面映そうに視線を彷徨わせて不貞腐れるという追い打ちに、とんかつが胸を撃ち抜かれたみたいな呻き声を漏らす。と、兎舞の可愛さに悶絶するとんかつに、希威の殺気のこもった声がかけられた。
「そういうことなら、これ以上は兎舞の声を聞かせるわけにいかねぇな」
「そうやな。うちらの大切で可愛い兎舞ちゃんが、うっかり食べられでもしたら嫌やし」
「兎舞は渡さないわよ」
「近辺を人質に取った時よりも本気!」
低く暗い声の三人から敵意を向けられ、とんかつが汗と涙で不味そうな姿になる。先程までのおちゃらけた雰囲気を一変させ、敵が戦慄するほど冷たい空気を醸し出した。いつ地雷を踏み抜かれたのか理解していないらしく、兎舞は双眸に敵意を装填する水綺達に困惑している。
戸惑う兎舞にニコリと優しく微笑みかけた後、事前に打ち合わせでもしていたのかというほど、水綺は希威と白雪と同時にとんかつに襲いかかった。普段、人間以外の敵相手だと消極的な白雪も、げしげしと蹴ったり衣を剥いだりしている。結果、フルボッコにされたとんかつは、怨念を上回った恐怖により、妖怪化から解放された。




