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人外たちの日常  作者: 甘夏 みかん
第一部
13/66

13.薬で自我を失う話

「やばい、希威くん! 兎舞ちゃんが迷い込んだ野良猫を庇って薬を浴びてもうた!」


「つーことは、兎舞が暴走させられるってことか? そりゃ、不味いな」


 焦燥に駆られた表情で応援に来た希威と水綺に走り寄る白雪。今回依頼を受けた施設は、妖怪の自我を強制的に無なくし、見境なく暴走させる薬を研究していた。つまり、引き攣った笑みを浮かべた希威の言う通り、敵の近くで気を失っている兎舞が、敵味方関係なく鬼の腕力を振るうかもしれない。


「何も問題ないありませんよ。確かに兎舞は強いですが、私達は彼女の弱点なんてお見通しでしょう?」


「取り敢えず、まずは棍棒を奪うか」


「そうだな」


 余裕綽々に温和な笑みを咲かせた水綺の励ましで、そういえばそうだと焦りを雲散霧消させる白雪と希威。敵地で呑気にじゃんけん大会を決行した結果、白雪が囮となって兎舞の注意を引くことになった。人間相手にしか役立てないというのに、死神使いの荒い二人である。白雪は小さく溜息を吐いて、数秒前にグーを出した自分自身の手を恨んだ。


「あいつら、仲間を暴走させられたのに、随分と余裕ですね」


「ふっ、何やら作戦会議をしているようだが、この鬼が目覚めれば何もかも無駄になる」


 余裕の色を乗せた顔にうっすら汗を滲ませ、研究員達が蜘蛛の子を散らすみたいに逃げる。地下に残ったのは、身構えることもせず呑気に立つ三人と、意識を失って端正な寝顔を晒したまま倒れている兎舞。苦しそうな様子は一切なく、ただ眠っているだけみたいに穏やかだ。


「う、あ?」


 兎舞の閉じられていた瞳に赤色の花が咲く。パチパチと何度か瞬きをしながら起き上がり、虚ろな表情でボーッと白雪達を見つめていた。かと思えば、ゆらりと地面に投げ捨てられた棍棒を持ち、高い跳躍力を披露して襲いかかってくる。

 地割れを起こす威力で地面に叩きつけられた棍棒を避ける三人。味方だと頼もしい戦闘能力だが、敵になると厄介すぎる。兎舞は白雪に狙いを定めたらしく、棍棒を大きく振り上げて近付いて来た。白雪は何とか巨大鋏の刃で棍棒を受けると、兎舞の手首を掴んで濁った眼差しを向ける。


「兎舞ちゃん、ほんまにうちのこと忘れてもうたん? これは、二度と忘れへんように、徹底的に身体と頭に刻みこまなあかんなぁ」


「ひっ」


「えいっ」


 闇を色濃く滲ませた笑みと台詞に、兎舞が上擦った声で身体を竦ませた。涙目で固まった兎舞の一瞬の隙を突き、ニヤリと悪戯っぽく口角を上げた白雪は、巨大な鋏で棍棒を遠くへと弾き飛ばす。完全に不意を突いた為、容易く手から飛ばせた棍棒が地面に落ちた。その音で兎舞がハッと我に返る。


「あっ、棍棒が……えあっ!?」


「隙だらけだぜ、兎舞」


「……ッ、離せです!」


 動揺と驚きで平常時のように無防備な兎舞を、希威が飛びついてギュッと腕の中に閉じ込めた。華奢な身体を強張らせた兎舞は、まだ仲間だと認識できていないらしく、身を捩って抜け出そうと踠いている。希威は揶揄を孕んだ双眸を意地悪く眇めた。


「離してほしかったら、俺の腕から抜け出せよ」


「あ、うぅ。頭、撫でんなぁ」


「気持ちいいだろ?」


 兎舞は気を許した相手に頭を撫でられるのに弱い。案の定、柔らかい髪の毛を梳きながら、ニヤニヤと笑って茶化す希威の腕の中で、気持ち良さそうに目を細めて脱力していく。頑張って耐えていた兎舞だったが、遂に快適さに負けて抵抗を止めた。


「……ん、気持ちいいです」


 恍惚とした瞳で見上げてきた兎舞のご満悦な微笑が、胸を撃ち抜くどころじゃない尊さと可愛さを放って、爆弾を間近で食らった時みたいに希威を吹き飛ばした。横向きに身体を倒して丸くなり、恐らく悶えているのであろう希威は、本当に攻撃された訳でもないのにピクリとも動かない。

 が、先程の上目遣いで微笑む兎舞の破壊力は、土砂崩れや雪崩に匹敵する破壊力だった。無理もない。と、羨望と憐憫を織り交ぜた瞳で希威を見ていた白雪の視界に、四つん這いで動かない彼へと近付く兎舞が入り込む。兎舞は希威の横で止まって腰を下ろし、ジーッと彼を見下ろしていた。

 かと思えば、敵だと認識しているはずなのに攻撃せず、両手で希威の右手を持ち上げて自分の頭に乗せる。そのまま、伏し目がちの目を細めて、グリグリと希威の手の平に頭を擦りつけ始めた。薬を浴びていない普段通りの兎舞の行動である。


 可愛らしいことをしている兎舞の近くで、希威の身体が愛おしさのあまり震えていた。白雪は元に戻ったのか確かめる為、二人の方に急いで駆け寄る。希威が兎舞を封じた隙に全員倒した水綺も来た。兎舞が希威の手を離して困惑気味に白雪と水綺を見上げる。


「あっ、シロさんにずっきー。兄さん、動かなくなっちゃったんだけど」


「あら、私達のことが分かるってことは、薬は切れたみたいね」


「兎舞ちゃーん!」


「うわっ、シロさん!?」


 話しかけられたことで正気を取り戻したことを察し、ホッと胸を撫で下ろして片笑みを浮かべた水綺の声を聞き、白雪は安心感のあまり衝動的に兎舞へと飛びついた。虚を突かれた兎舞が目を丸くして白雪を受け止め——ようとして失敗し、地面に押し倒される。飼い主に擦り寄る大型犬みたく上に乗ったまま、白雪は戸惑う兎舞の身体を抱き締めた。


「あの感じだと、薬で操られてた時のことは、覚えてなさそうだな」


「そうですね。それにしても、何で元に戻ったんでしょう」


「そこで伸びてる奴に訊けば良いじゃねぇか。なぁ、所長さん?」


 その間、何とか復活して立ち上がった希威が、水綺の問いに勝ち誇ったような低く怒った声を出す。兎舞に見せない為に押し倒した状態で、白雪はチラリと後ろを見た。邪悪な笑みを浮かべた希威と水綺が、気絶したフリをしていた所長に歩み寄る。冷たく笑う二人は、見なければ良かったと後悔するほど、白雪から見てもめちゃくちゃ怖かった。


「ひっ」


「薬のこと、ぜーんぶ吐いてもらおうか」


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーッッ!!」


 当然ながら迫られている所長の恐怖は白雪の数倍だろう。上擦った声で悲鳴を漏らした男の前に屈み、希威が柳眉を逆立ててニヤリと口の端を吊り上げた。哀れな所長の絶叫が施設内に響き渡る。残念ながら、部下達は水綺により死屍累々で助けは来ない。


「何かすっげぇ絶叫が聞こえたね」


「希威くんと水綺ちゃん、何しとるんやろ」


 大人しく押し倒されている兎舞に、不思議そうな顔で聞かれるものの、正直白雪に、もう一度、見る勇気などない。好奇心を刺激されたのか起きあがろうとする兎舞を抱き締め、悲痛な叫び声が鳴り止むのを待った。

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