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人外たちの日常  作者: 甘夏 みかん
第一部
12/66

12.妖怪化したうどんと戦う話

 宙に浮かぶ巨大なうどん鉢。中に入っているのは当然ながら熱々のうどん。誰かに食べてもらって美味しいという言葉が聞きたい。その想いだけで動き出し、喋るようになった妖怪である。強い感情で妖怪になった食料と遭遇したのは、チョコレート以来だ。最近、どういうわけか、こういった内容の依頼が増えている。

 出汁の良い匂いを周囲に撒き散らしながら、希威達の眼前で出来上がるまでの過程を見せたうどん。食欲をそそられる実演だったが、動いて喋っている所為で、食べたい気持ちは芽生えた瞬間に消えていった。きっと白雪、兎舞、水綺も同じだろう。が、口なんてどこにも見当たらないのに、うどんは勝ち誇った声色で告げた。


「これで終わりだと思ったか? 今からここに、とびっきり美味い具材を投入するに、決まっているだろう?」


「くっそ、どんなものを入れるのかちょっと気になるです」


「お前が具材になるんだよ!」


「うぇぇ、とま!?」


 何を投入して起死回生の大逆転をするのかと、好奇心を刺激されて悔しそうに歯噛みした兎舞が、器から伸びてきた太くて長い麺に捕まる。そのまま自慢の馬鹿力で引きちぎる隙もなく、華奢な身体に巻き付いたうどんごと食器の中へと連れて行かれた。

 瞠目して思わず身体を強張らせた希威の視界で、兎舞が「ぷはっ」と汁から顔を出す。うどんに不平を鳴らす兎舞の反応から察するに、白い湯気を立てているものの、火傷するほどの熱さではなさそうだ。ホッと胸を撫で下ろす希威を、うどんが誘惑する。


「若くて綺麗な鬼の出汁をたっぷり染み込ませたうどんだ。垂涎ものだろう?」


「確かに、食欲はそそられる」


「正直、めっちゃ美味そうやな」


「兎舞ってどんな味がするのかしらね」


「とまを食べる方向で話を進めんなです!」


 割と興味を膨らまされて唇を噛む希威の横で、呑気に兎舞入りうどんの味に想いを馳せる白雪と水綺。仲間達に別の意味で食べられそうな兎舞が、身体中を縛る麺と格闘しながら叫ぶ。鬼の力でも解けないほど丈夫なのか、四肢の自由を取り戻すどころか、麺の数をどんどん増やされていた。小鼻を轟かせていると想像できる声色で、うどんが勝ち誇る。


「さぁ、我を食え。今なら若くて綺麗な鬼の出汁が染みて美味しいはずだ」


「お前を食べても害はないって保証があるんやったら食べてもええけどなぁ」


「流石に得体の知れないものは食べられませんよねぇ」


「妖怪だから死にはしないだろうけど、痛みとか苦しみはあるだろうしな」


「なっ!?」


 しかし、軽く引き気味の白雪に続き、水綺と希威もやんわり拒否した。食べてもらえると自惚れていたうどんは、泡を食ったような声で驚嘆を溢す。そんな敵に捕獲されている兎舞は、何だかんだで食べようとしない仲間達に感極まっていた。


「みんな……ッ」


「でも、兎舞ちゃんの味は気になるから、出汁だけやったら飲んだってもええよ」


「そうだな」


「いただきまーす」


「裏切り者ー!」


 兎舞の希望をあっさりと打ち砕いた白雪が、ふよふよと空を飛びうどん鉢の縁に立つ。希威も白雪の背中を追い掛けて同意を示し、隣に立った水綺は満面の笑みで両手を合わせた。大量の麺に手足を拘束され、碌に抵抗することも出来ない兎舞が、涙目で叫喚する。

 やだやだとジタバタ暴れようとし、麺により失敗している兎舞に顔を寄せ、希威はたっぷりの出汁で濡れた頬を舐めた。それに倣って指を甘噛みする白雪と、項に舌を這わせる水綺。皮膚に与えられた甘い刺激で、ギュッと目を閉じている兎舞の身体の力が抜ける。


「うまっ」


「飲んだら力が湧いてくる」


「兎舞のいい匂いがそのまま味になった感じね」


「そうだろう、そうだろう。鬼の身体から取っているのは、出汁ではなく妖力だからな」


 美味しさのあまり希威の口からポロッと本音が漏れた。白雪も驚いたように出汁に目を落とし、手のひらを閉じたり開いたりしている。水綺に至っては二口目を味わい始めている為、うどんが両腕を器に当てて縁を上げた。まるで、胸を張っているみたいだ。

 鬼の力で引きちぎれないのではなく、常に妖力を奪われ続けていて力が入らなかったらしい。いつまでも踠いていた理由を察し、希威はグッタリした彼女に目を向ける。水綺に頸の出汁を堪能されて、だいぶ敏感にされたか、余韻で身体が小さく震えていた。


「だから、兎舞は大人しく捕まってたのか」


「……うん」


「ごめんって、すぐに助けるから拗ねんなよ」


 唇を尖らせた兎舞に不貞腐れながら視線を逸らされ、優しい笑みを浮かべて謝罪をした後、機嫌を取る希威。全然助けてもらえないうえ、色々な箇所を舐められて、涙目で拗ねている兎舞は、宥める希威に耳を貸さない。少し揶揄いすぎたことに気付き、水綺も不満気に頰を膨らませる兎舞に呼びかける。


「帰ったら美味しいドーナツを作ってあげるわよ」


「今ならコンビニの納豆巻き付きやでー」


「……——焼肉も奢ってくれたら許すです」


 好物を並べられて食指を動かされた兎舞が、納豆巻きでトドメを刺した白雪に条件を出す。恐らく三人のお金でたらふく食べたいのだろうが、納豆巻きを奢る発言により白雪が目をつけられていた。が、白雪はホッと安堵の息を吐いてニコリと顔を綻ばせる。俺も奢るぞと存在を主張するべく、希威は白雪の頭に手のひらを乗せて割り込んだ。


「分かった分かった。奢ってやるから、機嫌直して大人しく待っとけ」


「すぐ助けたるからな」


 妖力を吸われないよう縁の上に屈み、兎舞の身体に巻き付いた麺を切っていく。特にやる気をに漲らせた白雪は、死神故に妖力を吸われない為、出汁の中にズカズカと入って引きちぎっていた。次々と迫る太麺を物ともせず切る三人に、うどんが焦燥に駆られたような声で怒鳴る。


「我を食べずに鬼だけ奪うなど許さんぞ! 一口でも良いから食べろ!」


「しつこい奴やなぁ」


「一口だけだぞ」


「ふあっ!? あっ、んぅ……」


 白雪と希威は煩わしさを隠しもせず溜め息を吐くと、兎舞の和服に手を突っ込み滑らかな肌を撫でてから、職務放棄して服の中に入り込んでいた麺を掴んだ。目を丸くした兎舞のしっとりとした肌を堪能し、うどんを引っ張り出して端の方を齧った。遅れて水綺が両手を入れて兎舞の反応を楽しんでいる。


「ほら、食べてやったぞ」


「兎舞ちゃんの身体に付着した麺の欠片だって食べたことに含まれるはずやもんな」


「これで兎舞は返してくれるわよね?」


 食べるところを見せつけるようにして口に入れた希威と白雪は、モグモグと細かく咀嚼した麺を嚥下してから悪戯っぽく笑った。くすぐったそうに身を捩って疲れたらし兎舞を受け止め、水綺が有無を言わせぬ張り付いたような笑みを湛えて訊く。

 刹那、巨大うどんが全員を振り落とした。そして、少し驚いたものの軽やかに着地した四人も、ずいっと距離を詰めて弾んだ声で問いかけてくる。心なしか全身から期待と不安を醸し出していた。


「あ、味は! 味はどうだった!?」


「めっちゃ美味しかったで」


「出汁が効いてて何倍でもイケるな」


「今まで食べたうどんの中で一番美味しかったわよ」


「……よかった」


 顔を見合わせた後、三人が次々と本音を曝け出すと、面食らったのか固まったうどんが、消え入りそうな安心してような声で呟く。そのまま、神々しく淡い光に包まれ、ゆっくりと空気に溶けるみたく消えていった。満足して成仏したのだろう。

 ちなみに兎舞は、妖力を空っぽ寸前まで奪われたこと、弱い箇所を集中的に舐められたこと、肌を撫で回されたことなど、様々な理由で疲れ切ったらしく寝ていた。居た堪れなくなった希威は、最高級に美味しい焼肉を奢ろうと、携帯を取り出して店を検索し始める。隣で白雪と水綺も各々の担当する食料について、携帯で検索をかけていた。

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