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人外たちの日常  作者: 甘夏 みかん
第一部
11/66

11.妖怪化したチョコレートと戦う話

「本当だわ、ここの湖だけ水が一滴もない」


「水がチョコレートに変わった挙げ句、自分で歩いて移動してるって噂はホンマやねんな」


「甘い匂いが森全体に充満してて、どこに行きやがったのか分からねぇな」


「ここで待っていれば会えるでしょ」


 依頼を受けて森に来た水綺の後ろから、ひょっこりと顔を出した白雪と希威と兎舞が、彼女に倣う形で湖だった場所に視線を落とす。水が根こそぎ雲散霧消しており、大きな落とし穴みたいになっていた。鼻を動かした希威の言う通り、生い茂る全ての木々の隙間から、チョコレートの甘い香りが漂ってくる。すると、脳天気に湖の縁に屈んだ兎舞に、突然、黄褐色の液体で出来た太い腕が降ってきた。


「ふみゃっ!?」


「兎舞ちゃん、猫みたいな鳴き声やったな」


「かわいかったわよ」


「いきなりそんなかわいいことすんじゃねぇ。撮れなかったじゃねぇか、もう一回」


「そんなこと言ってる場合じゃないです! とま、捕まってんだけど!?」


 愛らしさに口元を緩ませる白雪と水綺、携帯電話を取り出して人差し指を立てる希威に、チョコレートの手に握られた兎舞が叫喚する。地響きを轟かせながら現れた腕の主は、全身、黄褐色に染まった大きな山だった。高く盛り上がった身体の左右から二本の腕が伸びている。そのうちの片方に握られた兎舞が、空中で細長い脚をぶらぶらさせていた。


「ほんまや、お出ましやったんやね。兎舞ちゃんが可愛くて視界に入ってへんかったわ」


「おい。兎舞に猫の鳴き真似をさせてぇから、早くそいつを離して消えろ」


 完全に兎舞しか視界に入っていなかったらしい。白雪と希威が厭わしそうに山を睨む。希威に至っては、まだ撮影を諦めていない。そのうえ、両腕を封じられていないのに、兎舞は敵の掌外沿に肘を突き、頰を手に乗せて暇そうにしている。水綺は疑問をぶつけた。


「兎舞、自分で逃げれないの?」


「とまが殴っても効かないんです。液体だからかな」


「それは、兎舞と相性最悪だな」


「水綺ちゃん、あとはよろしく」


 どうやら一応、捕まった直後、抵抗したという兎舞が、つまらなさそうに不貞腐れる。物理攻撃を弾くと聞き、遠距離攻撃可能な希威が、ようやく撮影を諦めて携帯を片付けた。しかし、面倒臭さを隠しもしない白雪により、水綺に全てが押し付けられる。

 確かに、物理攻撃しかできない兎舞と、人間の寿命しか奪えない白雪。炎を出せるも攻撃性に乏しい希威より、条件さえ満たせば何でも操れる水綺が適任だ。水綺だってそれを理解している。が、苦笑を頰に含ませて口を引き攣らせ、困った顔で助けを求めた。


「はい、そうするつもりなんですけど、彼女奴の目ってどこにあると思いますか? 生き物だと認識されてるみたいで動かせないんです」


「一丁前に生き物枠とは、随分と生意気じゃねぇか」


「目どころか鼻と口も見当たらへんな」


 何故か好戦的に光らせた双眸で喧嘩を売る希威の横で、白雪が額に手を翳し眩しそうに目を細めて山を見上げる。ちなみに兎舞は、攻撃もしてこない巨大な山に、「お前、なんでとまのこと捕まえてんです? 人質?」と、友達感覚で話しかけていた。口がどこにあるかも分からないのに、黄褐色の山と意思疎通できているようで、ジトーっとした嫌そうな視線を突き刺す。


「チョコレートでコーティングしたら一番美味そうだから? とま、食い物じゃねぇからな?」


「なんで彼女奴は会話ができてんだ」


「でも、これはチャンスやない?」


「そうですね。兎舞を食べようとした瞬間を狙えば、目鼻口の場所が大体わかります」


 希威が両腕を組んで呆れを含んだ笑みを溢す中、期待を双眸に滲ませた白雪と顔を合わせて肯く水綺。この作戦だとギリギリまで兎舞を助けられないが、「もうチョコレートが染み込んだだろうから食べる? とま、食い物じゃないってば」と、唇を尖らせる彼女なら簡単には食べられないはずだ。

 妖怪特有の五感の高さで聞こえていたのだろう。作戦を把握している様子の兎舞は、苦虫を噛み潰したような顔だが、チョコレートの山に近付き始めても無抵抗だ。ジワジワと距離を詰めた黄褐色の山は、眼前まで兎舞の身体を持ってきてから、山の中央に大きな隙間を作る。恐らく口だ。よく見れば、その近くに小さな穴がある。


「見つけた!」


 口の上にあるなら目に違いない。水綺は顔を明るくさせて大きく跳躍し、兎舞を掴む腕に着地して山と視線を合わせる。突然、腕に乗った変な男により動きを止めた山は、きちんと水綺を見てくれたようで催眠術にかかった。水綺は勝ち誇った表情で口元に弧を描き、双眸を鋭く光らせて思考を操る。


「兎舞を解放してお家に帰りなさい!」


 刹那、黄褐色の巨大山が兎舞をあっさりと離し、のそのそと湖を溜めていた大穴に戻って行った。湯船に浸かる時みたいにゆっくりと中に入り、全身の力を抜く。何で歩き回ってたんだとツッコミたくなるほど、穴の中で安心感に包まれていた。

 その隙に依頼主から貰った妖怪祓いの錠剤を湖に落とし、水綺は透き通っていた水を濁した元凶を追い出す。湖から逃げるように飛び出してきたのは、ひとかけらのチョコレートだった。強い感情が芽生えたことで自我を持ったらしい。

 食べ物が妖怪になった姿を初めて見た水綺は、驚きつつ一口サイズのチョコを粉砕しておく。小さく息を吐き湖に視線を戻せば、鏡みたいに透明感のある綺麗な水が凪いでいた。と、一通りの作業を終えたところで、それを眺めていた希威が口笛を吹き、茶化した口調で拍手をする。


「ヒュー、さすが水綺」


「やっぱり超能力ってええなぁ。うちも使ってみたい」


「うへぇ、チョコレート塗れです」


 羨望の眼差しを向ける白雪の近くのチョコ溜まりに座り込み、端正な顔を顰めて頰に付着した黄褐色の液体を親指で拭う兎舞。手の甲を汚すチョコレートをペロッと舐める仕草が艶かしい。大きな手で肩から下を掴まれていた所為で、身体は顔より酷くほとんど茶色に染まっていた。


「あっ、兎舞ちゃん。大丈夫?」


「うん……って、シロさん? どうしたの?」


 駆け寄ってきた白雪に肯いた兎舞が、凍りついた彼女を見上げ首を傾げる。白雪は催眠術にでもかけられたみたく虚な目になり、甘い蜜に誘われる蝶の如くフラフラと兎舞に近付いた。チョコレートで汚れるのも気にせず、戸惑う兎舞を抱き締めて首筋を舐めた。

 ビクッと肩を跳ねさせ、慌てて逃げようと暴れる兎舞を抑え、今度は甘噛みをする。訳も分からず首筋を食べられて目を白黒させながら、兎舞は唇を噛み締めて甘い声を堪えていた。が、耳朶を唇で挟まれた瞬間、堪えきれなかったのか「うあっ」と鳴いた。それにより我に返った水綺と希威は、顔を見合わせて頷き合い、兎舞と白雪を引き離す。


「はーい、白雪先輩ストップです」


「兎舞、湖の水で身体を洗うぞ。チョコレートを全て落とさないと白雪に食われる」


「えっ、何で? シロさんがとまを舐めてたのは、お腹が空いて食べ物と見間違えたからでしょ?」


 水綺が理性を失った白雪を羽交締めにしているうちに、少しだけ潤んだ目を瞬く兎舞の手を握り湖に向かう希威。あんなに甘噛みされていたのに、自分が対象だと分かっていない兎舞を座らせ、湖の水をたっぷりと汲んで正面からかける。手だけじゃ少しも落とせない為、頭を左右にプルプル振る兎舞に、今度は町で借りたバケツに汲んで浴びせた。

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