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人外たちの日常  作者: 甘夏 みかん
第一部
10/66

10.カルト宗教の教祖に狙われる話


「ほ、本当に現れた」


「流石、教祖さま」


「また予言が当たった!」


 兎舞と白雪がカルト宗教団体の所有物である建築物に到着すると、目を輝かせている信者らしき人々の注目を集めることになった。否、口々に教祖への賞賛を上げて喜ぶ老若男女の視線には、目を丸くしながら考え倦み立ち尽くす兎舞しか映っていない。大半の信者は教祖の予知能力に手の舞い足の踏むところを知らず兎舞を見ている。が、中には兎舞の端正な顔立ちや華奢な身体に色めき立つ不埒な輩も混ざっていた。


「えっ、何? なんかとま、めちゃくちゃ見られてね?」


「兎舞ちゃんが来ることを知っとったみたいなこと言うてるな」


「その通りです。ようこそ、トラウマの浄化を目指す宗教ネコヤナギへ」


 面食らう兎舞に向けられる浅はかな目の先を、白い目で見ていた白雪は胸を悪くしながら肯く。すると、白雪の言葉を力強く肯定した貫禄のある男性が、マスクとサングラスで顔を隠した状態で姿を現した。胡散臭さを全身から醸し出している。

 にも関わらず、信者達は男の登場に歓声を上げて拍手喝采を浴びせ始めた。下らないものを見るような冷めた目で眺める白雪の服が誰かに軽く引っ張られる。そちらに顔を向けると、拳を作った片手を招き猫みたいにした兎舞が、首を傾げた。


「にゃんこ?」


「ネコヤナギは植物の名前やよ」


「……何で撮ったの?」


「猫のポーズをする兎舞ちゃんが可愛かったからに決まってるやん」


 あっけらかんと携帯で撮影しつつ答えた白雪は、兎舞のジトっとした半眼を刺されながら保存する。「消してよ!」「嫌や!」「気持ち悪いでしょ!?」「安心して、めっちゃ可愛えから」「可愛くないです!」と、狭い範囲で追いかけ合う白雪と兎舞。それにより、拍手の音が雲散霧消した。そのタイミングで、教祖が両手を広げ、天に高々に掲げながら信者に語る。


「皆さん、あの美しい鬼の意識を奪って捕らえ、浄化の塔の水晶に封印しましょう。そうすれば、鬼が皆さんのトラウマを増幅させるであろう厄を追い払ってくれます」


「うぇぇ、不気味です」


「兎舞ちゃんをうちらから引き離すんも、封印もさせるわけないやん」


「此処に居るのは犯罪に手を染めたことがない一般人。いつものように簡単に殺してしまって良いのですか?」


 根拠のないことをペラペラと大きな声で告げる教祖の言葉に、マインドコントロール済みの信者達が一斉に鬼こと兎舞を捉えた。自分の身体に突き刺さる無数の不躾な視線に引き気味の兎舞と、大切な仲間を狙われた怒りで巨大な鋏を構える白雪に、教祖が勝ち誇った表情で口角を上げて訊く。

 二人は依頼で裏社会の人を何人も絶命させてきた。依頼してきた警察と水綺の手腕で事実は揉み消され、既に事切れた状態で引き渡しても罪に問われない。今回も手を回してもらえる為、教祖の脅しは無意味だ。が、何の罪もない一般人の命を奪うのは、流石の二人もかなり躊躇してしまう。


「爆破予告を出してるとはいえ、確かに今はまだ何もしてへんな」


「これ、とまとシロさんじゃなくて、ずっきーの方が適任だったでしょ」


「さぁ、美しい鬼様。私達にその身を捧げなさい」


 兎舞も同じらしく二人で顔を寄せてヒソヒソと作戦会議を行う。棍棒で一振りしただけで人間を粉砕してしまう鬼と、切り取っただけで寿命を根こそぎ奪ってしまう死神故、人選の交代をすることにし、手を差し伸べる教祖を無視して逃げた。

 人外特有の身体能力の高さで、人間に追いつけない速さを発揮して身を隠す。「どうする、シロさん?」「隠れて水綺ちゃんを呼ぼう」と、白雪が首を傾げる兎舞に答えて携帯を取り出した。兎舞は自動販売機の陰から顔を出し、近付いてくる足音の方向を確認している。今の所、人の気配はない。


 すると、広い廊下を赤ん坊が一人でハイハイしていた。まだ立てもしない年齢の男の子は、何を思ったのか兎舞の足元に来て、和服の裾をグイグイと引っ張る。反対側を監視していた兎舞は目を丸くしながら、幼児の小さな身体を両手で抱き上げた。


「あうう、うーあー」


「どした、おチビ。迷子か? って、うわあっ!」


「兎舞ちゃん!」


 水綺の連絡先をタップして応答を待つ白雪の隣で、身を乗り出して赤子をあやしていた兎舞が捕まる。子供好きで夢中だった為、完全に油断していた兎舞に、あっという間に信者達が群がっていき、姿が見えなくなった。瞠目した白雪は咄嗟に立ち上がるも、邪魔だったらしく押し退けられる。黒いローブに包まれた白雪の身体が、数メートル先に吹き飛ばされて少し地面を擦った。


「細っ!? いや、ほっそ!?」


「柔軟剤の優しい香り!」


「何を食べたらこんなにスタイルが良くなるの?」


「ちょっ、一斉に群がってくんなです、おチビが怖がるだろ! 痛ってぇ! なんでスタンガンなんて持ってんだよ!」


 ギュッと着物を不安そうに掴む赤子を抱き締め、兎舞が四方八方から伸びる手から身を捩って逃げる。バチバチッと火花が散って息を呑んだ白雪だったが、スタンガンだと把握してホッと肩の荷を下ろした。妖怪である兎舞に人間用の武器なんて効かない。

 ついでに、コール音に耳を傾けながら明らかに匂いを嗅いでいる変態の顔を覚えておく。あとで、水綺によって身動きを封じられた男の、反応している股間を踏み潰そうと決めた。背筋を凍り付かせるような計画を練り始めたところで、ようやく繋がった携帯電話の向こうから水綺の声が届く。

 「もしもし? 白雪先輩?」と呑気な声で紡いだ水綺と裏腹に、白雪は爆破予告で誘き出されたことと信者に手を出せないこと、そして、兎舞の危機を簡潔に告げて拠点に来てと助けを求めた。焦燥に駆られた声色で報告したからか、緊迫感と危機感を十分に伝えられたようで、「すぐに行きます」と言い終わると同時に慌ただしい足音が響く。


「う、ああっ……効かないけど、痛いんだって……やめろ! ん、ふぅ……角に、触んなです……ッ、ふ、ふふふっ、何で腰を揉んでんで、す!」


 甘く艶っぽく響いたかと思えば、痛そうな怒りっぽい音に変わり、堪えきれない笑いを含む兎舞の声。キョトンとしている赤子を両腕で抱いて、横向きに倒した身体を丸くし、様々な刺激に身を捩って抵抗している。しかし、赤子の存在により、全くもって信者達の魔の手を振り払えていない。


「水綺ちゃん、早く! 兎舞ちゃんが赤ちゃんを庇って好き放題されとる!」


『もう着いて希威先輩が大暴れしてます。希威先輩なら兎舞や白雪先輩と違って、殺さずに攻撃できますので』


 どうにもできずもどかしく感じながら、白雪は電話越しの水綺に現状を伝える。いっそのこと、全員の寿命を奪ってやろうか。そう思ってしまうほど、苛立ちを膨れ上がらせていた白雪だが、水綺からの朗報に落ち着きを取り戻す。それを最後に通話が切れた。そして、ほぼ同じ頃合いで現れた水綺が、場に似つかわしくない拍手を轟かせる。


「はーい、全員注目ー」


「えっ」


「う、浮いてる!?」


「くそっ、加勢か!」


 目を合わせることで自由自在に操れる超能力者の水綺と、視線をかち合わせた全ての信者達が、一斉に宙に浮かび上がった。ジタバタと手足を暴れさせる老若男女の下で、肩で息をしながら乱れた着物を整えた兎舞が、赤子を抱いたまま身体を起こす。


「はぁ、はぁ……痛いし、気持ちいいし、こちょばいしで、頭がおかしくなるかと思った……」


「兎舞ちゃん、大丈夫!?」


「兎舞、痛いところはない?」


 色づいた頰と潤んだ瞳なうえ熱っぽい吐息を漏らす兎舞に、白雪と水綺は駆け寄った。兎舞の上でもがいていた信者達は、催眠術で眠らされてこぞって床に伏せていた。スタンガンが効かないと分かったのを利用し、違う方法で気絶させようとするフリをして、色々なところを触りまくったらしい。「やっぱり全員の寿命を奪えば良かった」と怒気を含んだ低い声でボソッと呟くも、兎舞は特に気にした様子もなく頭を垂れる。


「ん、平気です。おチビ、大丈夫か?」


「あうあー、あーあー」


「めちゃくちゃかわいい!」


「兎舞ちゃんはホンマに子供大好きやな」


 自分のことより元気満々な赤子を気遣う兎舞と幼児のやり取りに、肩透かしを喰らってすっかり怒りを鎮火された白雪は、呆れと微笑ましさを孕んだ顔で相好を崩した。どういう訳か短時間で懐き一生懸命喋る赤子の姿に、兎舞はハートを乱舞させながら骨抜きにされている。正直、白雪の目からすれば、幼児と戯れる兎舞の方がかわいい。


「おい、終わったぞ。教祖含めて全員気絶させといた」


「有難うございます、希威先輩。じゃあ、依頼主に報告して警察に来てもらう手続きをするので、希威先輩と白雪先輩は兎舞を連れて帰ってお風呂に入れてください」


「えっ? 別に風呂に入るほど汚れてないよ?」


 一人で暴れ回った希威の合流を合図に、携帯を出した水綺が三人に指示を出す。色々な刺激で悶えさせられたとはいえ、血液も泥も付着していない着物に目を落とし、兎舞が不思議そうに小さく首を傾けた。しかし、水綺の意図をしっかりと汲み取った希威は、テキパキと兎舞から赤子を回収して水綺に渡す。


「了解。ほら、兎舞。赤ん坊は離せ」


「知らん奴らの臭いと手垢、ぜーんぶ洗い流そうなぁ。兎舞ちゃん」


「ああっ、おチビー!」


 それに便乗してお別れに後ろ髪を引かれる兎舞を横抱きした白雪は、希威と共にカルト宗教団体の施設の天井をぶち抜き水綺の家に向かった。そして、名残惜しそうに赤子を見つめる兎舞を浴室に突っ込み、彼女が逆上せてぐったりするほど、時間をかけて見えない手垢と臭いを念入りに洗い流させた。

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