第三話 おじさん、健康診断前に説得。
サエ&コウのカップルチャンネルによる追放配信も終わり、俺はギルドの酒場の中心で四つん這いになっていた。絶望しているわけではない。
絶望的に身体が重い。
俺は床についていた手に力を込める。全身が悲鳴を上げる。立つのしんどい。
いつからこうなってしまったのか。身体は弱り、目も耳も鼻も調子が悪い。元々強い冒険者ではなかったが、ここ数年でとんでもなく身体が弱っていった。40前後で驚くほど変わるというがこんなに変わるもんだろうか。視線の先にある手はボロボロだ。
「おい」
ぼやっとした視界に大きな肌色の何かが差し出される。目を凝らすと手だった。
痛む肩と首に耐えながら顔を上げるとそこには見知った茶髪の男。
「災難だったな! カイエン!」
俺の身体を知っており大声で話してくれるので助かる。そして、手を貸して俺を立ち上がらせてくれたのは、ゲイル。俺のようなおっさんにもいろいろと融通してくれるやさしい商人だ。
「ああ、ゲイルありがとな。まあ、でも、いつかはこうなると分かっていたからな。Gランクの冒険者からすれば十分稼がせてもらってありがたかったよ」
そこには嘘偽りはない。俺のようなGランクの人間には、ダンジョンの浅い層のゴミ掃除や街の美化などしか割り当てられず稼ぎもよくない。サエ&コウはそれよりはくれた。
「オレはその分、損したよ。もう少しお前が早く音を上げる方に賭け続けていたのによ!」
前言撤回。こいつはやさしい人間ではない。多少でも金を出してくれる人間にはやさしい守銭奴だ。遠くで何かが揺れている。恐らく手。そして、ゲイルに稼がせてもらった「俺がサエとコウの二人のチームにい続ける方」に賭けていた奴だろう。
「アイツがよ。お前に稼がせてもらったからオレとお前の分おごるってよ。ほら、のめ! オレのやけ酒に付き合え!」
そう言って、ゆらゆら揺れる恐らく手を挙げている人物にゲイルが手を挙げ返すと、カウンターの方に俺を連れていく。カウンターには既にエールが準備されており、ゲイルはそれをあおるとおじさんらしく息を吐いた。
「ぷはー、げぷ」
「汚いな、ゲイル」
おっさんらしいげっぷでゲイルが身体をびくりと震わせる。
「おっさんは汚いもんなんだよ。アイツらに言わせればな! ……なあ、カイエン。お前もそろそろ潮時なんじゃねえか」
声を荒げているわけでもないのにその言葉は妙に俺の耳にはっきりと届いた。
『潮時』
ゲイルはさみしそうに、そして、諦めたように吐き捨てた。
「お前はもう身体も限界だろう……? もう、いいんじゃねえか……?」
「……え? なんだって?」
今度は聞こえなかった。
「お前の! 身体はもう限界だろうって言ったんだよ! 耳もめちゃくちゃ悪いじゃねえか!!!!」
今度は聞こえた。確かに身体は限界だ。元々貧弱だった年のせいかどんどん弱っているし、エールも一気に流し込むと内蔵しんどいのでちびちびしかいけない。脂っこいものも最近しんどい。
「もう冒険者なんてするなよ! そんな身体で続けてどうするんだ!? ジー7みたいに老害なんて言われながら続けるつもりか!?」
ゲイルがびしっと指さした先には、老人達が7人。多分いる。なんか灰色と白とちゃいろっぽいなにかがよぼよぼしている。
通称、爺7(ジーセブン)。
クレイ爺、エナ爺、シナ爺、テクノロ爺、パン爺、ファ爺、アポロ爺の7人。俺より先にサエ&コウに追放された元おっさんの爺さん達だ。今は、冒険者ギルドでも最低ランクのGランク依頼をしながら稼いだ小銭で、酒場でちびちびやるのが趣味の老人会だ。
「ゲイル、ジーセブンだって、立派に働いているんだ。何も恥じることはない」
俺は彼らを尊敬している。全員よぼよぼの爺さん達ではあるが、それでも、街の為に働いてくれているのだ。
「俺はな、世界を救う英雄とまではいかなくても、少しでも何かの力になれるならがんばりたいんだよ」
俺がそう告げると、ゲイルは目を隠すように手を当てて、大きくため息を吐いた。
「……分かったよ! お前がそう言うなら! だけどな! 引き際って言葉もある! それに、お前は力はないが人望はある。いつだってウチで雇ってやるから! ちゃんと考えろ! じゃあな!」
ゲイルはエールを一気に飲み干し、俺にも聞こえるような大きな音で器をカウンターに置くと立ち上がり離れていった。そして、外へ……
「おーい、ジーセブン! いい健康器具入ったんだが買わねえか!?」
行くわけではなく、ジーセブンに自分の商品を売り込みに。あの守銭奴。爺さんたちからぼったくるなよ。
それにしても……。
「これからどうするかな……」
ゲイルにはああ言ったものの、本当にどうするかしっかり考えないといけない。
全身ガタのきたおっさんを仲間に入れてくるチームなんてコウ達のようなちょっと悪意のある連中か、本当に慈善活動としてお情けで雇ってくれる子達だろう。前者はともかく後者の足手まといになるのは申し訳ない。ジーセブンに加入してジーエイトにしてもらうか。
幸い、貯金はおっさんの趣味だ。それなりにある。
この一年はサエ&コウに付き添っていたからゆっくりも出来なかったし、40を過ぎたせいか一気に老けた気がする。
「まあ、でも、動けるうちに動いて……いてっ」
ズキリと頭に痛みがはしる。そして、何かが絵として頭に浮かんでくる。
白い天井を見上げ手を伸ばす。なんだ、この光景。その手には、何か細長い管が刺さっておいる。誰かがやってくる白衣を着た医者らしき男と、同じく白い服の女性だ。
なんだ、こんな場所に俺は、行ったことがないぞ……これは一体誰の……。
『●×▲さん、あなたはもうすぐ死にます』
絵だけではない幻聴まで聞こえた。さっきの白衣の男が口を開いた瞬間聞こえてきた声。
もうすぐ死ぬ。
その声は決して他人事ではなく、自分に投げかけられたように聞こえ、俺は身体を震わせた。
どうせ、最低ランクだ。いつかは死ぬ。
だが、ダンジョンの罠や魔物によっていきなり死ぬことは受け入れられても、確定した死の結末に引きずり込まれていくことは怖い。
俺だって一度は英雄に憧れていた。人々を救い称賛される英雄に。
だけど、俺の貧弱な身体では無理だった。どんなに頑張っても強くなれなかった。一生懸命人を救おうと身を挺して戦い続けたが、ほとんど役に立たなかった。
ただただ、怪我だけが増え、身体にガタがきて、疲れと痛みに耐える日々だった。
それでも必死にあらがい続けてきたのだが限界なのかもしれないな。
ゲイルに言われた通り、ゲイルの元で商売を学んでいくのもいいのかもしれない。
そんなことを考えていた時だった。
「ああん!? ババア! もう一度言ってみろ!」
ギルドの酒場の向こう、クエスト依頼受付で大声で叫ぶ大男と受付嬢が俺の目にうつった。
ぼんやりと。
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